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(書評) 好きな短編から②---「風のない場所」ヘレン・マクロイ

1冊の本の紹介ではなく、好きな短編を独立して紹介するシリーズです。
noteからこんなお知らせが。お読み頂いた方、スキを下さった方、ありがとうございます。

(固定テンプレ)
洋の東西を問わず、長編小説より短編小説のほうが好きだ。
短いとか読みやすいとかではなく、作家の真髄が最も発揮されるのが短編だから。人生の一瞬を切り取り、光と翳を描く技が最も活かされるから。

「短編小説は、ただ短いことによって成立しているのではない。長くはないことが必要条件であるとしても、ただそれだけでは生れない。短さが鑿(のみ)となって刻み上げ彫り上げた世界が、短編小説を生み出す」
「短編小説とは小説形式の芯にあるものであり、何よりも小説の芸術性・文学性(社会性・娯楽性などではなく)と作品深部で強く繋がっているもの」
(黒井千次 エッセイ「書くことと生きること」より)

「物語のなかには短いほうがいいものもあります。私は実のところ、十五ページしか必要としない物語をよく思いつくんです。十五ページにしてもなお、魔法のようで、この上なく素敵な伏線も含まれるストーリーを。…私は短編小説を愛しています」(ジェフリー・アーチャー)

たとえば、好きな作家(私の場合は故人が大半だけど)の未読の短編集を読んでいて、胸に響く珠玉の作品に出逢った時の喜びは、私には「至福」としか言えない。読者にそう思われたなら、作家には本望じゃないかとも思う。

海外ミステリーの愛読者なら、彼女の作品を読んだことがなくても名前は知っているのでは?本格ミステリーとサスペンスを手がけ、女性で初めてアメリカ探偵作家クラブ(MWA)会長を務めた人(1994年没)。
私が国内外のミステリー作家で一番好きな人で、邦訳のある全作品を読んでいる。

彼女の作品は、そのレベルの高さや題材の豊富さ(女性にはレアな本格的暗号物ミステリー(アメリカ陸軍と海軍情報部のプロも解読できなかったとか)、超常現象、戦争等の社会状況を扱ったもの、SF…等)の割には本国アメリカでも正当に評価されているとは言えないらしい。


けれど日本では以前から「本読み」のプロを中心に人気が高く、知名度が高くない割には、玄人好みの作家として早くから翻訳・紹介されてきた。近年は再評価が進み、未訳作品が多数刊行され、「このミステリーがすごい」等にランクインして新たなファンを獲得している。
その理由としてミステリー評論家の千街晶之氏が「本格ファンにもサスペンス小説ファンにもアピールする作風だからだろうし、文章力が非凡なため、今読んでも古びた感じがしない」と書いていて、私も同感。


初めて彼女の作品を読んだ時から、ストーリーと構成の巧みさ、サスペンスフルな展開はもちろん、流麗で美しい、洗練された文章の虜になった。
といっても、いかにも女性的な作風では全然なく、知らずに読めば男性作家だと思うかも。怜悧さ、綿密さとエレガントさが共存している。
「…からくりが分かっても「正体見たり枯れ尾花」にならないのがヘレン・マクロイのミステリーだ。…謎が醸し出すムードが香水の残り香のように残る。私が思い出せるのは、その香りに陶然としたという事実だけだ」(山崎まどか)


ミステリー作家の深緑野分氏が、彼女の魅力を「映画的で色彩豊かな文章、人間の確執や愛情など、魅力は山ほどあって書き切れない」「頭の回転が速く、論理的で情熱的。視覚や嗅覚などの五感が鋭く、人間観察も得意…不安と喪失感を抱き続けたが、それでもなお、温もりと希望を求めた人だったのではないか」と書いていて、私も全く同感。


彼女は長編を多く書いていて短編はそれほど多くないが、名作のアンソロジーに取り上げられるような秀作を残している。
今回ご紹介する「風のない場所」は、私が読んだ古今東西の短編の中で最も好きな作品だ。
「えー? O・ヘンリー、サマセット・モーム、チェーホフ、芥川龍之介…、世界には名だたる文豪の名短編が沢山あるでしょ?」---というご意見は承知の上で、やはりマイベスト短編なのだ。


そう思っているのは私だけかなあと思ったら、ミステリー関係者の中にもこの作品をマイベストに挙げている人がチラホラ、しかも皆さん私と同様、彼女の作品を語ると熱い。ミステリーファン以外は知る人ぞ知る作品であり作家かもしれないが、知名度や数や売上が全てじゃない。真に理解してくれる読者に愛されること。著者として、これ以上の喜びはないと私は思う。

「世界の終焉を、かくも静謐に、かくも哀しく綴った小説を、筆者は他に知らない。」(千街晶之)

「短編集「歌うダイアモンド マクロイ傑作選」に「風のない場所」という、短くも美しい、喪失と絶望と温もりに満ちた名編が収録されている。私にとってはベストオブベスト短編に必ず挙げるほど大切な一編だ。」(深緑野分)

(ネタバレを含みます。知りたくない方はスルーを)

ほんの数ページの、とても短い小説なので、実際に読んで貰うのが一番いいけれど、簡単に内容を紹介すると-----

ある日突然、遠くで核爆弾が爆発して、主人公の女性の周囲の人間が1人また1人倒れていく。最後の1人になった女性と1羽の小鳥の物語。
「静かな感動」という言葉がぴったりの作品で、初めて読んだとき、胸がふるえる思いがした。風のない場所とは、放射能が届かない世界で唯一の小さな場所のこと。

人間の愚かさ。にもかかわらず、神様が下さったこの世界の美しさ。
主人公が、核について「私たちみんなの罪」と認識していることも、行き着く所まで行ってしまった今の地球に住む私たちには重く響く。
かといって説教じみた重いタッチではなく、淡々と、さらりと描かれる。

私は最後の数行を読む時、いつも感動がこみあげる。
もうすぐ命が尽きる主人公と、何も知らない無邪気な小鳥の静かなひととき。自然は、まるで何もなかったように美しいまま…。


↓この後のラスト数行が素晴らしいので、本でどうぞ。


たった一羽の、仲間も巣も卵も持たない鳥――最後の人類のために歌をうたう、残された最後の小鳥。

喜びに満ちあふれた歌に耳を傾けた。まるでその鳥も独りぼっちで寂しかったので、私に会えたのが嬉しくてたまらないようだった。
私には鳥がこう話しかけるのが聞こえるようだった。「綺麗だと思わない? 空も海も太陽も砂も。こんな素敵なものをみんなくれるなんて、神様はなんて優しいお方だろう」

小鳥の汚れなき歌声を聴いているうちに、爆弾が落ちてからはじめて、ゆっくりと、涙が私の頬を伝って流れ落ちた。」(「風のない場所」より)

                       

これが収められた短編集『歌うダイアモンド』は、優れた短編集として「エラリー・クィーンの定員」にも選ばれている。
彼女らしいバラエティ豊かな内容で、ミステリーのアンソロジーでお馴染みの名作「東洋趣味」やSF調の作品など、様々なテイストの作品が載っている。


「「風のない場所」のような小説は、単なるペシミストに書けるものではない。人類の営みがいかに愚かしくあろうとも、それを包み込む世界は常に豊かで美しいーー。人間のどうしようもなさを知り尽くしながらも、それを諦観をもって優しく包み込むようなまなざしが、ここにはある。

マクロイは、この不安と恐怖と謎だらけの世界が、同時にいかに美しいかも知っていた。それを表現しうるだけの詩神(ミューズ)のような文才に彼女が恵まれていたことは、彼女自身にとっても、私たち読者にとっても、幸せなことだったとつくづく思う。」(千街晶之)

彼女の長編から好きなものを少し。


閲覧ありがとうございました。





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樹山 瞳
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