(書評) 短編小説の醍醐味がギュッと詰まった傑作集----『鳥』
旧作を中心におすすめの本を紹介しています。旧作でもマイナーでも良い本は沢山あるので、そういう本と出逢うきっかけになれば幸いです。
★「鳥ーデュ・モーリア傑作集」 ダフネ・デュ・モーリア(創元推理文庫)
「特に好きというわけじゃないけど実力を認めるに吝か(やぶさか)でない」人は、誰にでもいるのでは? たとえば「あの歌手の声や歌い方はあまり好みじゃないが、歌の上手さは群を抜いている」「この画家のタッチや色使いはあまり好みじゃないが、人物画を描かせたら当代一だと思う」等々。
私にとってダフネ・デュ・モーリアという人は、「特に好きなわけじゃないけれど、本当に巧いなあと思う」代表的な作家の一人だ。
ダフネ・デュ・モーリアといえば、何といってもゴシックロマンの金字塔
『レベッカ』の著者(『レベッカ』を未読の方は、ぜひ)。
そして彼女は『レベッカ』のような長編だけでなく、短編が凄く巧い。
この短編集はヒッチコックで映画化された有名すぎる『鳥』を始め、様々なテイストの傑作短編を集めたもの。"短編小説を読む醍醐味”が凝縮された、本好きにとっては、とても美味しい1冊になっている。
『鳥』の映画をご覧になった方も多いかもしれないが、映画と原作は結末が違う。原作のほうがずっと怖い。
平和で平凡な海辺の町を、ある日突然、無数の鳥が襲い始める。タカのような猛禽、カモメ、ありふれた小鳥…様々な種類の鳥の大群が、人家を壊して侵入し、住人を襲い(殺し)始める。実はその町だけでなく国中が鳥に襲われ始める。頼みの綱のラジオ放送もなくなり、人々はバタバタと死んでいく。
そんな中で何とか生き残った一家がいる。父親は、鳥たちが活動を休む数時間の間に家の窓に板を打ち付けたり、鉄条網を張り巡らしたりと、ほぼ不眠不休で妻子を守るために奮闘する。しかし食料の備えには限度があり、鳥たちの執拗な攻撃はいつ止むとも知れない。「悪意の集団」化したような鳥の大群を前に、人間はあまりにも非力だ。絶望的で恐ろしすぎる状況…。
この話の一番の怖さは「なぜ鳥が人間を襲うようになったのか」が全く不明な所だ。人間が環境を破壊し、多くの動物たちを絶滅に追いやっている事実への逆襲のようにも、聖書の黙示録的な終末の光景にも見えるが、著者はそこを深堀りせずにリアルに淡々と描写していく。
『林檎の木』という短編は、暗くて陰気な性格の妻にウンザリしていた夫の身に起きる怪談めいた話。
二人は性格も価値観も違い、話も合わず、田舎で長年仮面夫婦の生活をしていた。夫は何に対してもネガティヴな反応をする妻の、無言の恨みや非難めいた態度に耐えられなくなり、理由を作っては都会に息抜きに逃げる。
やがて妻は病気で亡くなり、夫は解放感と共に一人暮らしを楽しむ。
ある日、庭の古い林檎の木が突然実をつけ始める。貧相な不味い実。それから、今まで気にも留めていなかった林檎の木が妙に存在感を増してくる。
夫は圧迫感に耐えられなくなり、木を切る決心をする。木を切り倒し、ひと安心した後に雪が降り出し…。妻が憑依したかのような、意志を感じさせる不気味な林檎の木の描写が秀逸。
『写真家』は、裕福な年上の夫との単調な生活に飽きている美人の若妻が、旅先のリゾートで体の不自由な写真家の男性とアヴァンチュールを楽しむ。妻にとっては単なる気晴らしで、一途な写真家の心を弄んでいたが…。
『裂けた時間』は、平凡な生活を送っていた中年女性が、近所に外出する途中で数十年後の世界にタイムスリップしてしまった話。しかし本人はそれに気づいていない。日常の中の非日常の世界。荒唐無稽にならず、「あり得るかも…」と思わせる切ないストーリーだ。
切ないといえば、ラストの『動機』は、何とも言えないやりきれなさと苦さと哀切な余韻が胸に残る。探偵によって哀しい事実が明らかになる過程を、ウェットにならずに描くデュ・モーリアの筆も見事。
『番』も巧い作品。個人的には『モンテ・ヴェリタ』はイマイチかなあ。
「…こうして全八編を通読してみると、恐ろしい物語は恐ろしく、哀しい物語は哀しく、美しい物語は美しく…と、各編ごとにトーンを自在に変化させる、いわば万能の筆力をデュ・モーリアが持っていたことが判明するはずだ
(中略)彼女は天性の物語作家だったのであり、物語のあらゆる面白さを
自らの筆で表現することに、こよなき喜びを感じていたのだろう。
その涸れることのない泉のような旺盛な発想力、淀むことを知らぬ水の
流れのような自由自在の描写力には、難解さとか無縁なだけに見過ごされがちだが尋常ではない凄みが秘められており(中略) その作品群が、今なお色褪せない物語の醍醐味を多くの読者に伝えるであろうことを、私は信じて疑わない (千街晶之氏の解説より)」
ところで、冒頭に「特に好きではない」と書いたけれど、私は決してデュ・モーリアが嫌いじゃない。ただ、好きかと訊かれるとイマイチ違うんですね…これは個人的な感覚なので、説明するのが難しいのだけれど。
作家に限らず、私たちが誰かを好きになるか、ならないかの境界はとても
微妙だ。そこには各自の性格、考え方、人生経験、センス等が複雑に絡み合っていて、年齢と共に魅力的に感じる要素も変わっていく。
話は逸れるけど「2:6:2の法則」ってご存知だろうか?
この法則に当てはめると、世の中には、あなたが何をしても好きでいてくれる(応援してくれる)人が2割、あなたが何をしても何とも思わない(好きでも嫌いでもない)人が6割、何をしても(たとえ良いことをしても)嫌う人が
2割いる---ということになる。もちろん例外はあるだろうが、結構言えている気がする。
著者の立場から言うと、何を書いても離れずにいてくれる2割の人は本当にありがたい存在だ。
読者の立場から言うと、それほどまでに惚れ込める書き手に出会えたら、
読書人生の僥倖みたいなもの。
---というわけで、一人でも多く好きな作家に、大事な一冊に出会えたらいいですね。一冊の本がその人の人生を変えることもあるから。
●本好きなら長編『レベッカ』は必読。「ゆうべ、またマンダレーに行った夢を見た」…マンダレー…華麗でミステリアス、めくるめくゴシックロマンの傑作。
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子供向けに書いたものではないですよ。ご一読を。
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