怠惰な大学院生、フリーランスのためのポモドーロ・テクニック論――方法・アプリ・メリット
■要約
本稿では、25分間ひたすら集中して5分休むサイクルを繰り返すことで作業のパフォーマンスを上げる「ポモドーロ・テクニック」という有名なライフハックを、提唱者のフランチェスコ・シリロに逆らい、ルールを削ぎ落しながら、怠け者のためのライフハックとして再解釈を行う。
大学院生のようにフリーランスに近い作業形態をとる人々におすすめなポモドーロ・テクニックとは、時間という究極的な「他者」に従属することで、これを巧く利用する方法である。その効用として、作業時間の圧縮や、努力の数値化がある。またコツとして、ポモドーロ・アプリの利用や、他人と「共在」しながらの作業がある。
■はじめに――提唱者に背を向けて
25分間、他には目もくれず目の前の作業に集中し、5分休む。これを繰り返す。たったそれだけで、研究が進み、日々が楽しくなり、世界はカラフルになる。
私は、ポモドーロ・テクニックがなければ修論が書けなかった。これは過言ではない。私はそれぐらいこのライフハックに心酔している。
だからポモドーロ・テクニックには一家言ある。所属研究室の一部にポモドーロ・テクニックを広めたのは自分であるという自負がある(※1)。
そんなわけで、そろそろ腰を据えて世に向けてポモ論を投稿しようと思ったら、ポモドーロ・テクニックの提唱者であるフランチェスコ・シリロの『どんな仕事も「25分+5分」で結果が出る――ポモドーロ・テクニック入門』が翻訳されていた。
「なんと良いタイミングだろう、これがあれば私が書かなくてもこの世にポモドーロ・テクニックが広まる……」読む前は、そう思っていた。
しかし、読んでみると、そこにはポモドーロの苦しみが書かれていないように感じられた。ポモドーロ・テクニックは、印象に反して本当に疲れる。「これから魔の25分間が始まる」と感じたことのない人間が書いたポモドーロ論なんて嘘だ。これは自分のような人間のためのポモドーロ論ではなかったと感じた。たとえ、提唱者みずからの手による解説であってもだ。
しかも、Getting Things Done(GTD)の亜種であるかのような方法論だった。
邪魔が入ったらメモって、後でタスクとして割り振る。大きな作業は小さなタスクに分ける……そういうGTDのテクニックはたしかに重要だ。自分も、『はじめてのGTD――ストレスフリーの整理術』を読んで以降、部分的には使っている。GTDが悪いわけではない。
しかし、「『25分集中して5分休む』のリズムを1ポモドーロとする」というたったこれだけの最も本質的なルールだけで、本来、もっと書くべきことはあるはずなのだ。このライフハックは、GTDとは切り分けて論じることが可能だと思うのである。
本稿は、私のような本当に怠惰な人間のために、ポモドーロ・テクニックのルールを削ぎ落し、再解釈を試みる。
■ポモドーロ・テクニックの方法の概略
・1ポモドーロ=25分間、取り組むべき目の前の作業だけに集中する。
・1ポモドーロは分割しない。たとえ10分で作業が終わってもポモドーロタイムは続く。また、邪魔が入って中断してしまった場合は、もう一度ポモドーロをやり直す。
・1ポモドーロが終わったら、5分間休む。
・4ポモドーロ終わったら、15分程度長い休みをとる。
本質的には、たったこれだけである。「1ポモドーロ」という時間を切り出し、何ポモドーロできたか数えるということのほかに、ルールは要らない。
提唱者であるフランチェスコ・シリロは、他にもたとえば「1ポモドーロに1タスク」というルールを設定していた。これは、守りたければ守ればいいと思うが、自分には合わなかった。
たとえば半ポモ(12分半ほど)でタスクが完了してしまったとき、シリロのルールを守るのであれば、「やり残しはないか」と見直したりすることになるのだけれども、自分にはこの時間は無駄に思えた。他にもやることはあるのだから、次に取り掛かればいい。
それから、実際には4ポモドーロもすれば相当疲れるので、15分といわずたっぷり休めばいいと思う。それに、1セットは別に2ポモでも3ポモでもよい。集中しきることができなかった自分を責める必要はなく、その日の自分の調子と相談しながらやればいい。
ただし経験上、5分の休憩を延長してしまうと、次ポモドーロに入るのが相当億劫になる。この休憩は伸ばさないように意識したほうがいいだろう(しかし守れなかったといって自分を責める必要はない。みなたいてい守れない)。
たったこれだけの決まりを守るだけだ。タイマーがあれば今すぐにでも始められる。
■ポモドーロ・テクニックがおすすめな人
自分のような、ちょっと本を読んではTwitterに逃げ、またちょっと読んではWEB漫画に逃げ、LINEを返信し……といった集中力のない怠け者におすすめしたい。特に、監視の目がなく自分で自分を律する必要のあるフリーランスや大学院生こそ、自分のサボり癖に悩んでいるのではないだろうか。
自分のような怠け者は、「今から集中するぞ」と“思うだけ”では集中できない。しかし不思議なことに、こんなに怠惰な自分でさえ、どうにでもなれっ、とポモドーロアプリのタイマーを押せば「必ず」25分集中できる。
確かにタイマーを押すのは自分だが、自分で集中する時間を決めているのではない。「タイマーに決めていただいている」という感覚のほうが正しいのではないかと思う。
つまり、時間という究極的な「他者」に従属することで時間を味方にする術こそがポモドーロ・テクニックなのだ。それなのに、ポモドーロ・テクニックをGTDの派生物のように扱ってしまっては、この本質を見逃してしまう(※2)。
ただし、こんなに怠惰だと、ただタイマーを押すだけで30分ぐらいかかってしまう(マジ)。したがって、一緒にポモドーロ・テクニックを行う具体的な「他者」がいるとなお捗る(※3)。この点については本記事の後半で述べよう。
本当は、「ポモドーロ・テクニックはすべての人におすすめできる」と言いたい。が、一人で何時間でも没頭して作業できる人には必要のないライフハックだろう。そういう人は、好きなだけ作業して、好きなタイミングで休めばいいのだ。
だがそういう人にとっても、何時間も没頭するための最初の一押しのためにポモドーロ・タイマーを使うのは大いにありだと思う。25分経ったときに「まだいける」と思うのならば、無心に集中すればいいのだから。
また逆にいえば、つい過集中してしまい、作業後に抜け殻のようになってしまう人にとっては、忘れずに休憩するためのライフハックとして有用であるといえる。
■ポモドーロ・タイマー、ポモドーロ・アプリについて
言い忘れたが、「ポモドーロ」とはイタリア語でトマトのことである。提唱者のシリロが、トマト型のキッチンタイマーを使って25分+5分を測っていたことがその由来だ。
この伝統にのっとり、カチカチと音がする昔ながらのキッチンタイマーを使うべきだと言う人がいる。たしかにレトロで可愛いし、「形から入る」ことの効用は重要だ。キッチンタイマーを巻く、という動作が、心を落ち着かせるルーティンワークになると言う人もいる。
しかし、やはり専用のアプリのほうが多機能で、断然便利である。
ポモドーロ・アプリは様々あるが、私のおすすめはProductivity Challenge Timerだ。
無料でStatisticsが使え、日・週・月・年などの期間にどれだけ、何のタスクのためにポモったのか確認できる。
そして、いわゆる「業績解除」「トロフィー」のおかげで、ゲーム感覚で続けられる。
たとえば、直近7日間で日平均何ポモしたかによってランクが上昇していく。
さらに、1日に6時間以上(≒15ポモ以上)作業すると「Harder than it sounds」という業績が解除され、1日2時間以上(≒5ポモ以上)の作業を7日間続けると、「And on the seventh day...」という業績が解除されるなど。
なお業績は、課金後のプレミアムモードで26種用意されている。
⇒ 「ポモドーロタイマー・アプリ〈Productivity Challenge Timer〉のAchivements達成条件一覧(和訳)」
英語版しかない点だけはデメリットかもしれないが、所詮はタイマーなのでそんなに難しい英語が必要なわけではない。
■ポモドーロ・テクニックのメリット
1ポモ=25分間は集中して作業し、休むときは休む。ただそれだけのライフハックなのに、様々なメリットがある。
・仕事の時間を圧縮できる
1時間だらだら作業するよりも、メリハリがつく。結果、仕事以外の「生活」や娯楽にあてられる時間も増えたように感じられる。
たとえばあるブロガーにとっては、週の仕事量は40ポモドーロで十分だったようだ。この感覚には自分も同意する。
40ポモドーロとは16.7時間だ。まだポモドーロ・テクニックに挑戦したことのない人は、「1日8時間労働で週に5日間勤務すれば40時間。ということは1日16ポモ×5日間=80ポモはしないといけないんじゃ?」と感じるかもしれない。
しかし、1日16ポモ=6時間40分なんて、ふつうの体力じゃとても無理だ。実際にやってみれば、普段どれだけぼんやりサボりながら作業しているかわかるはずだ。
ポモドーロ・テクニックを使い始めてから2年ちょっと経つが、1日に16ポモできたことなんて4~5回しかない。シリロの『ポモドーロ・テクニック入門』には、昼休憩までに8ポモするスケジュール例が書かれていたが、こんなのは絵に描いた餅だ。もしそんなに作業できるなら、ポモドーロ・テクニックなんて使わなくたってバリバリ働ける人間だ。
もちろん、大学院生ならば、ゼミや研究会に出たり、バイトをしたり、先生と面談したりすることもあるだろう。フリーランスでも、会議や打ち合わせがあったりするはずだ。その外部に、自分のために使える時間が40ポモあるということである。
なお、個人的には週40ポモではやや足りなく感じてきたので、最近は週50ポモ、月200ポモを目標にしている。しかし、週50ポモはときどき達成できることもあるが、月200ポモはなかなか難しい。今後の課題である。
大学院生やフリーランスは、会社勤めと違って平日も自由に遊べる分、土日も仕事の不安に脅えなければいけないという苦しさがある。「今は休んでいい時間だ」という安らぎは、自分の手で工夫して作り上げなければならない。
そんなとき、「今日は10ポモした」「今週は40ポモした」という数値に表された自信が、不安を拭い去ってくれる。
ポモドーロ・テクニックは、集中力を増すためのアクセルとしてだけでなく、仕事が「生活」を侵さないためのブレーキとしても機能するのだ。
・やった量が数値化できる
上記の内容と連続するが、自分がどれだけ作業したのか数値に表れることも効能の一つである。集中しているんだかしていないんだかわからない時間を過ごすよりも、パフォーマンスが比較的均一に保たれるポモドーロでカウントしたほうが、数値化は正確である。
シリロは、紙にチェックを入れたり、Excelにまとめたりしてポモドーロ数をカウントすることを推奨しているが、ポモドーロ・タイマー用のアプリを使った方が簡単に統計がとれることはすでに述べた通りだ。しかもProductivity Challenge Timerの場合、ポモを積めば積むほどランクが上がったり業績解除できたりして、承認欲求が満たされる。
また、世の中には私のようなライフログ・フェチ、つまり自分史が統計データ化して蓄積されることそれ自体にうっとりしてしまう人間もいるだろうと思う。
「ポモドーロを稼ぐことが自己目的化してしまうのではないか?」という批判があるかもしれない。つまり、「今日中にこの論文を読む」「今週中にレジュメを書き上げる」というタスク重視の目標よりも、「今日は論文を読むのに6ポモあてる」という本質的でない目標を掲げてしまうことになるのではないか、という批判である。
これは一理あると思う。たとえばシリロも、「私たちは時間に勝とうとしてしまうことがある。たとえば、1日のポモドーロの数で新しい記録をつくろうというように。そう思った時点で、実はもう負けているのだ」と前掲書で書いている。
私は実際、ポモドーロ・テクニックのコツは、自分を「ポモる機械」に化して、タイマーに従属することではないかとすら思っている。しかし、これはそんなに悪いことではない。
自分のようにサボり癖のある人間は、まず量をこなさなければどうにもならない。「なんでもいいから10ポモする」というかたちで努力が自己目的化していたとして、「レジュメを書き上げる」という漠とした目標だけではその努力すらできないし、何だかとてつもなく高い壁のように思えてくるものだ。しかも、実際に手を動かさなければ、目標を具体化することさえできない(※4)。
ポモっているうちに、いつの間にか論文は読めているし、レジュメも書きあがっている。そういうものだ。
何より忘れてはいけないのは、ポモドーロ・テクニックがそもそも「良質な25分」を過ごすためのテクニック、つまり作業時間の圧縮を目指すものであり、「量」を減らして「質」を上げるためのライフハックであることだ。これによって、「量の目的化」とバランスがとれていると私は考えている。
自分の頑張りが目に見えるのは良いことだ。大げさに言えば、ポモドーロ・テクニックとは現代の予定説のようなものである。
「こんなにポモドーロを積んでいるのだからきっと私は成功する」。現代人も、こういう安心を与えてくれる魔術に頼ってかまわない。
・「火事場の馬鹿力」スイッチになる
〆切がないと人は書けない。
これは、大学院生にしろ、ライターにしろ、イラストレーターにしろ、作曲家にしろ、広い意味でクリエイティブな仕事をしている人にとっては言わずもがなの常識である。「〆切」という「他者」をコントロールすることが、創作をコントロールすることにつながる。
ポモドーロ・テクニックは、あなたがあるタスクに何ポモかけるか計画できるのであれば、「25分後に〆切が来る」ことで火事場の馬鹿力を半強制的に発揮させるライフハックとして解釈しなおせるだろう。
あるいは、「ここまででいい」と作業を「有限化」する技術でもある。
たとえば、1ポモでメールを5通返そう、と計画を立てた場合、「メールはこの程度丁寧であれば十分。敬語は少しぐらい間違えてもいい」と作業の完了が優先される。実際、メールなんて適当でいいのだ。
ただし、はじめに書いた通り、「××ポモでこのタスクを完了させる」といった計画を立てるのは、このライフハックに必須ではないと考える。これは、われわれのような怠け者にとっては、よほど調子のよいときにしかできない、高度な心の技術である。
・自分の作業能力が計算可能になる
「1時間」より「1ポモドーロ」の方が、パフォーマンスは比較的均一である。したがって、たとえば「この本は1ポモドーロで10ページ読める」と分かれば、計画が立てやすくなる。
ただし繰り返しになるが、1ポモドーロで1つのタスクをする、1つのタスクに何ポモかかったか記録する、という作業は必須ではない。
もちろん、これが実現できるならば素晴らしいことではある。しかし、元来は一つの物事に集中できなくて困っている怠惰な人間が求めたライフハックなのだから、はっきりいって相当困難だ。
何ポモかかるか計画する→ポモる→計画と実際のずれを記録して修正する、というシリロが提唱した方法は、実際にはかなり高度な心の技術である。
1日にこれだけポモれた、ということがわかれば実際には十分。計画が立てられたら天才、ぐらいの心持ちでよい。
また、1日のタスクが何ポモで達成できるか計画することも大事だけれども、何か継続したい作業のために毎日1ポモドーロを割くというのも有効である。
たとえば、毎日1ポモ=25分書くだけで、クリエイティブな仕事は相当進む。
ポール・J・シルヴィア『できる研究者の論文生産術――どうすれば「たくさん」書けるのか』は、その実、「毎日書け」「とにかく書け」「嫌でも書け」「書くことがなくても書け」と、言い方を変えながらそれだけを何度も主張している本である。だからこそ名著だ。
シルヴィアは、毎日あるいは毎週、決まった時間に机に向かえと書いている。しかしこれもまた、高度な心の技術だ。われわれにはなかなかできることではない。
だからせめて、1日のいつでもいいから、1ポモでいいから書く。これだけで、産みの苦しみは相当軽減される。
■ポモドーロ・テクニックのデメリット
もちろん、このライフハックは長所ばかりではない。
・サボった量も数値化されてしまう
これが、個人的には唯一にして最大のデメリットだ。
たとえば、特に予定のない一日だったのに、なんだか訳もなく精神的につらくて2ポモしかできなかったとする(よくあることだ)。精神的に疲れていると、「2ポモしかできなかった」という事実が余計に重くのしかかる。すると、さらに心にダメージを負う。そういう負のスパイラルが存在する。
いまアプリを確認してみたところ、私が修論が書けずに鬱々とし、ついに留年を決めた修士課程2年目の8月は、合計でたった62ポモしかしていなかった。そして9月は48ポモだ。自分が研究に向かえていないことが客観的に示され、自分を追い込んでしまう面はある。ポモドーロ・タイマーという「他者」に従属するがゆえの最も恐ろしい結末だ(※5)。
だが、これは「自分の頑張りが数値化される」というメリットと表裏一体のものとして受け入れなければならない。修論提出1か月前の修士課程3年目の11月は、合計で312ポモしている。「俺は1か月で312ポモできる人間なんだ」という事実が、今の自分を勇気づけている。負のポモドーロサイクルもあれば、正のポモドーロサイクルも存在する。
・せっかく集中したところで休憩がきてしまう…?
というデメリットを挙げる人もいるかもしれないが、すでに述べたように、何時間でも集中できるのならば、無理にポモドーロ・テクニックを続ける必要はない。「まだいける」と思うのならば、無視して作業を進めればいいだけだ(逆に過集中を防ぐ効果があることも上述した)。
あるいは、25分=1ポモドーロというサイクルが自分に合っていないだけかもしれない。30分=1ポモドーロと定義しなおしてもいいし、50分集中して10分休憩するサイクルでもいいだろう。
■コツとしてのグループ・ポモドーロ
すでに述べたように、ポモドーロ・テクニックの本質とは、タイマーを押せば「必ず」25分集中できること、つまり、時間という究極的な「他者」に飼い慣らされることによって作業効率を飼い慣らすことにある、と私は考えている。
だが、ポモドーロ・テクニックは非常に疲れる。押せば25分間も集中しなければならない、というだるさは、われわれのような怠け者には非常にこたえる。タイマーのボタンを押すだけなのに何十分もかかってしまうことだってざらにある。ほぼ毎日だと言ってもよい。
経験上、タイマーをポンポン押すためには、具体的な「他者」がいるといい。つまり、複数人でその場のポモドーロ・タイマーを共有し、同じタイミングで作業に取り掛かり、同じタイミングで休むのだ。たったこれだけで、驚くほどポモドーロ・テクニックのつらさが軽減される。
なお、『アジャイルな時間管理術――ポモドーロテクニック入門』は、他人と一緒に進めるポモに若干批判的であるように感じる。だが、これはとんでもない話だと思う。魔の25分間と闘うためには、誰かと一緒の方がいい。
他方、フランチェスコ・シリロの『どんな仕事も「25分+5分」で結果が出る――ポモドーロ・テクニック入門』は、グループ・ポモドーロの方法論にかなりのページ数が割かれていた。
しかし、そこでは複数人で同じ作業ないし同じ目標に協同することが前提されていた。それはそれで価値あるテクニックだと思うが、本記事では、「協同」ではなく「共在」、つまりメンバーがそれぞれ別のことをやっていたとしても、タイマーを押すタイミングを合わせるだけでその場のポモドーロが捗っていくのだということを強調したい。
ポモドーロ・タイマーのボタンは、核ミサイルのボタンの次に押し難い(※6)。押してみれば案外すんなり25分間作業できると頭ではわかっているのに、結局Twitterに逃げ、YouTubeに逃げ、LINEに逃げ、WEB漫画に逃げてしまう。
だが、共用のポモドーロ・タイマーを押さなければ、他のメンバーが作業できなくて困る。そういう静かなプレッシャーが、あなたにタイマーを押させるのだ。言い方は悪いが、ここでもやはり「他者」に従属することが、「他者」を巧く使うコツである。
もちろん逆に、誰かが休憩から戻ってこなくてあなたが作業を始められずに困る、という場面もあるだろう。だが、それはお互い様というものだ。それに、他のメンバーに引きずられて休憩時間が長引いてしまうことがあったとしても、平均的には、サボる時間は1人で進めるよりずっと減っているはずである。
なお、本稿では他者との「共在」の効用に関して、「タイマーを押す」というその一瞬についてしか論じない。タイマーを押してからの25分間については、タイマーという「他者」によって集中させられるのが、ポモドーロ・テクニックであると考えているからだ。
つまり、「共在」が25分間の作業効率にどれほど影響するのか、という疑問に対する答えを、本稿は持ち合わせていない。
けれども、ちなみに社会心理学では、「共在」だけでその場の作業効率が上がる現象は「社会的促進」、逆に作業効率が下がる現象は「社会的抑制」と呼ばれているらしいので、関心のある方は調べてみてほしい。
教科書的な理解では、簡単な作業では社会的促進が起こりやすく、難しい作業や慣れていない作業では社会的抑制が起こりやすいようである。が、主観的には、グループ・ポモドーロで効率が落ちたと感じたことはない。
また、ここまで本稿では、ポモドーロ・テクニックを怠け者のためのライフハックとしてルールを削ぎ落しながら再解釈し、努力を自己目的化することでまずは集中できる作業時間の「量」を重ねるための方法であると論じた。つまり、私のような怠け者には、他者の存在が少しぐらい社会的抑制を起こしたとしても、まずは作業時間を確保することがすべての前提となる第一の目標なのである。
■終わりに
ポモドーロ・テクニックは、25分間ひたすら集中し、5分間休むというただそれだけのライフハックである。タイマーがあれば、今すぐにでも始められる。
そして、たったそれだけのルールであるがゆえに、いくらでも自分に合わせて修正可能である。本稿は提唱者であるフランチェスコ・シリロに逆らった再解釈を試みたが、本稿の読者がまたさらにこの再解釈を試みる余地はいくらでも残されている。その懐の広さもまた魅力の一つだ。
さあ、まずは目の前のタイマーを押してみよう。
■注釈
※1 『どんな仕事も「25分+5分」で結果が出る――ポモドーロ・テクニック入門』によれば、シリロがポモドーロ・テクニックを思いついたのは、社会学の試験勉強のときであったという。社会学を研究する私がハマったのもきっと運命だったのだ!
※2 なおシリロは、「ポモドーロ・テクニックの実践を始めて間もないうちは、タイマーに操られているという気持ちになるかもしれない」と、それが悪いことであるかのように書いている。まあ実際、「従属」というからには特有の苦しさがつきまとうのは事実だ。
しかし、タイマーに操られているのでなければ、なぜタイマーを押すというただそれだけのことでわれわれの集中力が増すのか、説明できない。ポモドーロ・テクニックが「自分自身を高めるために、あくまでも自発的に用いる手法として編み出されたもの」であることを忘れてはいけないとしても、タイマーが動き出したら、タイマーの奴隷となる苦痛と悦びに身を浸そう。
なお、本記事が「従属」をキーワードにポモドーロ・テクニックを論じているのは、もしかすると、私がフーコーの従属化=主体化の権力論を用いてポルノグラフィという「性の装置」を社会学的に研究していることと、どこかで関係しているのかもしれない。が、自分でも整理できているわけではない。
※3 ちなみに、ポモドーロ・タイマーを押すための技術として、他にも「気楽な作業から始める」というものがありうる。
自分の場合は、1日あるいは1週間の反省やスケジューリングをしたりしている。これは、論文を書くよりよっぽど簡単である。思いついたまま手を動かせばいい。
※4 不安を煽る「〇〇しなければ」を「〇〇する」という単純なタスクに落とし込む技術は、ポモドーロ・テクニックそのものに備わっているわけではない。ぜひ、Getting Things Doneについての本を読んでみてほしい。
※5 ポモドーロ・タイマーに従属するということは、「努力」したか否かがタイマーにすべて決められてしまうということだ。しかし、もっとも広い意味でのあなたの「努力」(無理せずに寝ることを優先できた、恋人を笑顔にできた、アルバイト先で褒められた、自炊して節約できた、etc.)は、本来的にはポモドーロ・タイマーなんかに決められるものではない、ということを頭の片隅に置いておくことが重要である。
そして、研究や仕事がつらいときは、ひとりで悩まずに周りに相談するか、さっさと病院に行こう。負のポモドーロサイクルは、自分の力だけではそう簡単には抜け出せない。
※6 ただの雑学。〈核発射ボタンをだれも見たことはないが誰しも赤色と思う〉(松木秀)という短歌もあるが、実際には、アメリカ大統領の場合「核発射ボタン」なるものは存在しない。代わりに「核のフットボール」と呼ばれる大量の書類が入った黒いブリーフケースが軍事顧問によって携帯される。