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読書感想文|言葉と情緒を慈しむ

太宰治『女生徒』(角川文庫クラシックス)

いつか読んでみたいと思っていた太宰治。
でも、厭世、悲観、破壊主義といった先入観があって(愛読者の方に心から謝罪)、手を伸ばすまでなかなか至らなかった。
そんな中、いつぞや小泉今日子さんがこの『女生徒』を紹介されるのを見聞して興味を持った。
ただ、青空文庫なら無料で読めるけど、画面上の文字はどうにも目が滑る。そう二の足を踏んでいたら、神保町の古書店で巡り会えた。

はじめまして、太宰治さん。

女性独白形式の短編14編。
加えて、太宰小伝・作品解説も収録され、図らずも太宰初心者にはとてもよい入り口だった。

内容も文章もはたして自分に理解できうるものだろうか怖々と捲り進めていたら、あっという間に読了できた。
そしてわたしが抱いていた偏見を多少解消することができた。

とても読みやすい。
もちろん旧漢字や今では滅多に見聞きしない言葉も含んでいるけれど、それらが障害になることはなくて、むしろよい情緒として楽しめる。
文章の美しさがたまらない。秀麗。内容に没頭するというよりは、文章に惚れる。

語りが女性というのもよかった。女性言葉が滑らかで情緒があってとても好き。
女生徒、妻、母、そして百円紙幣とさまざまな女性の話に耳を傾けているような感覚。
女性作家さんが描く女性心理のような没入感や自己投影はなかったけれど、同性の誰かの話を聞くときのような、自分事でなくとも理解や共感はできる。そんな距離感。

「女生徒」の語り手とはお友だちになれそう。朝から晩まで脳みそが回転している感じ(一貫性はなくて雑多なのも含めて)。些細な出来事から三つも四つもあれこれ思考を巡らせる感じ。話が合いそうと思ってしまった。

夫や父として登場する男性があほうばかりなのには苦笑。売れない小説家というのにも。太宰の自己投影なのかしら。
「恥ずかしい」「いやらしい」という言葉がよく出るのも、わたしが抱いてきた太宰らしさに近しい。
日々の生活に戦争が入り込んでいるのは時代でしょうね。

14編の中でも「皮膚と心」「雪の夜の話」「貨幣」が好き。
太宰作品でこんな優しい気持ちになるなんて、と思ってしまった。
百円紙幣が主人公の「貨幣」は、先月読んだ村山由佳さん『ある愛の寓話』の「レディ・グレイ」が頭をよぎった。
無生物主語がわたしは好きなのかもしれない。

ところで、「女生徒」「雪の夜の話」で何度か「山形」という語が出現するけれど、太宰と山形の繋がりはどういったものなのだろう。
文翔館の資料によると、本書は飯豊町にゆかりがあるようだけれど、その詳細を知りたい。
「太宰治 山形」で検索しても意味がなかったので、これはまた国会図書館に頼るか。

『人間失格』あたりはまだ怖くて手に取る自信が湧かないけど、『ヴィヨンの妻』や他の短編集なら次の一歩を進められるそう。


こんなくだらない事に平然となれるように、早く強く、清く、なりたかった。

p. 23

自分から、本を読むということを取ってしまったら、この経験の無い私は、泣きべそを描くことだろう。

p. 23

私の自負していた謙譲だの、つつましさだの、忍従だのも、案外あてにならない贋物で、(中略)全く、愚鈍な白痴でしか無いのだ

p. 93

人間は命の袋小路に落ち込むと、笑い合わずに、むさぼりくらい合うものらしうございます。この世の中のひとりでも不幸な人のいる限り、自分も幸福にはなれないと思う事こそ、本当の人間らしい感情でしょうに

p. 184

地獄の思いの恋などは、ご当人の苦しさも格別でしょうが、だいいち、はためいわくです。

p. 209

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