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エッセイ:食べ物の匂いと文化

昔々,40年程前のイギリスでの事。

あるスイス人の友人からこう聞かれた

「Japanese eat raw fish 日本人は生魚食べるだろう」

まあ,そうだと答えると,「気持ち悪い」と言われた。

Raw fishは確かに生魚なのだが、この表現を使うと、生けすや海,川で釣った魚を生のまま頭からばりばり食べる、という事になる。

筆者はイタリア料理のカルパッチョを例に出し、薄く切った生の魚を食べる( Eat sliced fresh fish)と訂正した。魚のカルパッチョならオリーブオイルとバルサミコ酢で食べるが、日本人は醤油をつけて食べる,と説明した。

何となくイメージが湧いたようで,とりあえず魚を生のまま頭からバリバリ食べるわけではないと理解してくれた。

生魚をraw fishと呼ぶのは現在でもネットで日本を紹介する記事に沢山出て来る。
もう何年も前に刺身を説明するために言った言葉がそのまま残っているだけの様だが、Raw fishを食べるのは、水から取り出した魚を頭からばりばり食べるという印象を与えてしまう様だ。「気持ち悪い」と言われるのも無理はない。

その後、そのスイス人の友人は、「魚のカルパッチョを食べた」と言っていた。どうだったか聞くと「悪くない」と言っていた。山に囲まれ、おそらく川魚くらいしか無いと推測されるスイスの人とあっては、よくぞ生魚を食べたものだと思った。口に合ったようでほっとしたものだった。

それから数か月後。筆者と家族は街中で夕食を取るレストランを探していた。
道沿いに大きなショーウインドーが現れ、牡蠣や魚などが陳列されているウインドウディスプレイが目に入って来た。

予約をしていたわけでは無かったので、席があるかと聞いてみた所、「席はございます」と中に通してくれた。しかし、我々が席に着くころ、我々を店に入れてくれたウエイターさんが、「魚をよく知っている日本人が来た!仕入れは大丈夫か?!」と厨房にかなり大きな声で伝えていた。

注文を取りに戻って来たウエイターさんに、「魚のスペシャリストでは無いので、気にしないで欲しい。今日のシェフのおすすめを教えて欲しい」と尋ねた所、ウエイター氏は再度厨房と我々の席を往復して、「メニューに載っているものはすべてお勧めの品でございます」と言った。

メニューには魚のカルパッチョがあった。生魚を食べられる機会など滅多に無いので、家族全員が前菜にカルパッチョを注文した。

食事のオーダーを終え、フォークやナイフを起きに来たウエイター氏は「醤油でお召し上がりになることも出来ますがどうなさいますか」と尋ねた。

これを両親に日本語で伝えると、「醤油は匂いがするから、他のお客様の迷惑になるのではないか」と懸念を示した。それをウエイター氏に伝えると、ウエイター氏は再度奥に戻っていった。

次に現れたウエイター氏は、大盛にした白身魚のカルパッチョの皿をテーブルに並べ、その後小さな皿を差し出した。「これはお醤油です。これだけ少なければ周囲には分からないと思います」と言ってまた厨房へと戻っていった。

私達は恐る恐るオリーブオイルやバルサミコ酢がほとんどかかっていない魚の切れを醤油に少し付けて見た。

すると紛れもない白身魚の刺身の味が口の中に広がった。

欲を言い出したらきりが無いが、これでワサビがあれば言う事が無かったかもしれない。
家族で小皿の醤油が一滴も残らないよう綺麗にぬぐい、残りはバルサミコ酢の少し強い味で大盛のカルパッチョを食べきった。

恐らくこのレストランに以前来た日本人が何らかのクレームを出したのか、はたまた醤油を所望したのかは今となっては分からないが、小皿の醤油の粋なサービスには家族そろって感激したものだった。その日、父が妙にチップを多めに弾んでいたことが記憶に残っている。

その数か月後、ロンドン中心街にあったスイスセンターという所に言った。今もあるかどうかは分からないのだが、一階にはスイスのお土産などが陳列されており、二階がレストランになっていた。

その一年前にスイスを駆け足旅行した筆者と家族は、かの地で食べたチーズフォンデュの美味しさが忘れられず、もう一度チーズまみれの食事をするべく夕方にスイスセンターのレストランを目指して足を速めた。

スイスセンターで出されたチーズフォンデュは期待を裏切らない美味しさで、パンの他ブロッコリーなどの野菜を出してもらい、目の前でぐつぐつ煮立っているチーズフォンデュに取り掛かった。

筆者一行が「美味しい美味しい」と大騒ぎしながら食べていた所、店の人が巨大なチーズの乗ったトロリーを持って現れた。あまりに大きなチーズだったので、筆者は思わずチーズと背比べをしてみた。トロリーが五〇センチくらいの高さだとしても、半分に切ったその巨大チーズは筆者の肩とほぼ同じぐらいの高さまで来るほどの大きさだった。

「お客様はチーズが好きなようですから、これから特別な料理を作りますね」

そう言うとお店の人は熱く熱した小さな鏝の様な器具を取り出し、チーズを半分に切った断面に当てていく。じゅうじゅうという音を立ててチーズが溶けていき、お店の人は器用に溶けたチーズを小皿に乗った小く切ったジャガイモにかけて言った

「ラクレットという料理です。軽い一品だから、まだフォンデュもお楽しみいただけるでしょう」

その後スイスでのチーズ作りの話などを聞いて,その日は美味しいチーズと野菜をお腹いっぱいになるまで食べて家路についた。

翌日、学校の日本人の子達に、「スイスセンターでチーズフォンデュを食べた」
と言ったら、全員がドン引きしてこう言った。

「気もち悪い!」「あんな臭いものを食べるの?」

何人かの子は鼻をつまんでいる。

「それじゃピザは?あれもチーズがたっぷりかかっているよ?」

確かにピザのチーズは美味しいが、チーズフォンデュはチーズが臭くて食べられないと言う。

これを見ていたくだんのスイス人学生は、驚愕していた。

「チーズフォンデュ」という言葉と、鼻をつまむ動作で、日本人が何を話していたか分かったのだろう。そして筆者が本当にチーズの匂いは気にならなかったのかと聞いてきた。

気になるどころか、チーズたっぷりの料理とあって、天国にも昇るような気持だったと答えた。スイス人は納得してくれたが、他の日本人生徒の反応がかなりの打撃になっていたようだった。

後年、海外旅行を扱う旅行会社に入社してチーズフォンデュをツアーの企画に入れてみてはどうかと発言したところ、「チーズフォンデュは臭くてクレームになるから、日本人にはオイルフォンデュという油で野菜や肉を素揚げする料理を出すんだよ」と説明を受けた。

チーズはそれこそ何百種類もあり、味や香りや熟成度もまちまちだ。
チーズフォンデュで使うグリュイエールチーズは恐らくピザの上に乗っているモッツラレラよりも匂いがきついのだろう。

そして白ワインにチーズを溶かして調理するため、良く沸かして食べなければワインの残り香も合わさって臭い事この上ないことになってしまうのだろう。食事時間を一時間しか取れない日本からの団体旅行では、いい塩梅でワインのアルコールが抜ける前に食べることになるのかもしれない。

国が違えば美味しいものも違う。

新鮮な魚を卸して薄く切って食べる刺身も、きちんと説明しなければ、生で魚を食べる習慣が無い人たちにはかなりインパクトのあるゲテモノ食いに思えてしまうだろう。

チーズフォンデュも、発酵食品の常で、馴染める人と馴染めない人が居てもおかしくない食品だ。発酵食品の独特な臭いと、それに混ざるワインも言うなれば発酵飲料の一つだ。この二つが合わさって、食べごろではない時に口にしてしまえば大変残念な経験になりかねない。

刺身を海外の人に説明するのはある程度自信が付いたが、チーズフォンデュを日本で大々的に広める勇気はない。よほどのチーズ好きでなければ一緒に食べに行こうと言う話にはならないだろう。

我が家では一時期チーズフォンデュを作る鍋とコンロの一式セットを買って、一年に数回はてチーズフォンデュを楽しんだ記憶がある。40年前のことなので親もまだ40代、筆者もまだ10代だったため、油っこい食事もまだ食べられた。家で臭いを気にすることなく、誰にも気兼ねなくチーズを食べられるのは至福の時間だった。

現在では家族のコレステロール対策のためにフォンデュを食べることも無くなった。翻って海外では寿司どころか刺身を出すレストランも徐々に増えてきていると聞く。

筆者が体験したのはもう過去の遺物だと思うが、美味しいものはいつでも人の胃袋を喜ばせてくれる。もう一度大盛のカルパッチョやチーズフォンデュを家族で食べられたらな、でも世の中変わってしまっているかな、と思う次第だ。


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