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小説|メルクリウスのデジタル庁の年末 第1話  一日の始まり

(あらすじ)
宇宙にあるテラ(地球)地区に住む人間の魂である千佳は死と言う形で地球でのお役目を終え、晴れて宇宙にあるテラ地区の自宅に戻った。
長じた千佳は、コスモ連合の中の役所の一つであるデジタル庁に入庁した。
デジタル庁の職員は各担当の惑星で亡くなった人々の魂の記録を保管する作業を,各惑星の担当部署が助け合い、地上で亡くなった人たちが過ごしてきた一生分の記録を大切に保管する作業を主なっている。
年末は地上の様々な人たちが幽体となって宇宙に現れ、タブレットと呼ばれる過去の魂の記録を、様々な理由で図書館に閲覧しに来る。
年末最後の日のドタバタ劇と、魂の記録を保管する職員たちの一日を追ったスピリチュアル・ファンタジー。


「千佳、お弁当、持った?」

朝、出がけに必ず母はこう言う。社会人五年にもなって、毎朝自分のお弁当を作って出社しているのに毎朝これだ。私が子供の頃、しょっちゅうお弁当を家に忘れ、学校まで届けに来てくれたのがトラウマにでもなっているだろうか。

「持ったよ、大丈夫。今日は多分会社で夜食が出るから、夕飯は気にしないでいいよ」そう言い残して私は家を出た。

今日は満月、仕事が忙しくなる日。それも正月を控えた満月とあっては、うちの部署は毎年ながらてんてこ舞いだろう。

バイクのエンジンを入れ、リアボックスに荷物を入れる。会社のタブレット端末三台とお弁当、あと読書用の自分のタブレット。壊れないようにそれぞれケースに入れてあり、総務課ご自慢のクッション性のあるカバーのおかげで会社までの道のりは安心していられた。

メルクリウス行の道路は少し込み始めていた。星と星の間の往来が激しくなる年末。車運転の人たちがスピードを上げて移動するのをよけながら、私もバイクのスピードを上げた。

テラを出て三十分ほどで、メルクリウスの税関の入り口に到着する。毎朝のように銀河渡航書のチェックがあり、そこを通過するとテラや他の星から来た人たちは、メルクリウスのペリスピリットを身にまとう。メルクリウスの空気であるアリアは他の星から来た人には重力などの関係で合わないので、この作業をしないとまずこの星では仕事ができない。

五年前、メルクリウスのデジタル庁で私が勤務することになったとき、一番喜んでくれたのは祖母だった。私が小さいころから母が仕事でいないとき、自分の仕事が休みの時はよく家に来てくれ、祖母の美味しいおやつを食べた後、祖母の勤務先の情報館に行き、そこにあるタブレットの端末操作をよく教わった。

タブレットを目の前にして、祖母はある紙を私に渡す。「千佳、左が入力。右が出力よ。これで紙に載っている物をタブレットで検索してみなさい」私は目を閉じて、体の左、特に紙が置いてある左手のあたりに集中をする。そして右手をタブレットにかざして、紙に載っているものを検索する、という遊び風の訓練だった。

始めのうちはフォルツァがうまくコントロールできなかったので、タブレットに何か出てきても読み取ることができなかった。

「検索してフォルダーが出てきたら、フォルツァをゆっくり丁寧に出すんですよ。そうすれば動画の再生速度をコントロールできますからね」祖母はじっくりと教えてくれた。

体の右、とくに掌のチャクラから出てくるフォルツァをコントロールしようと、私はよく深呼吸をした。そのうち、タブレットのスクリーンの中から動画が浮かび上がってくる。

「若い男の人がいる。テラのスィーナかラポニアの人だと思う。そんな顔つき。黒い服を着て、金ボタンが縦に留めてある。下は黒いズボンと黒い靴。」

場面が切り替わって、今度はその男性が少し大きくなったところが見えた。

「さっきの人がスーツを着て、横には華やかなドレスを着ている女の人がいる。ラポニアの着物見たいな服。周りで大勢の人たちが食事をしながら楽しそうにしている」

祖母はうんうんとうなずいていた。

また場面が切り替わって、今度は子供たちが出てきた。

「さっきの男性と女性の子供たちがいる。男の子一人と、女の子四人。木でできた、ちょっとクラシカルな家に住んでいる。水は井戸から組んで、洗濯や掃除にはマシーンを使っていない。冬だというのに温かいのは家の一か所だけ。。。なんだろう?大きな土製のボウルのようなものの中に、黒い棒が何本か白っぽいさらさらした粉の上に置いてあって、時々棒が赤く色を発している。みんなこのボウルのそばに集まって、手を温めてるよ」

その子供たちは、全員だがなんとなく見たことのある人たちだった。

「これ、もしかしてお母さんと叔母さんと叔父さんの子供の頃?
テラに生きていたころの」

おばあちゃんは嬉しそうに言った。「大正解。紙を見てごらん」

私の左手には、祖父母と母、叔父、叔母の集合写真があった。

「へえ・・・生きてる頃とこっちに来てからでもやっぱり顔とバイブレーションに共通点があるんだね。」

こうした遊びを祖母が来るたびにやっていたので、私はタブレットから人の前世を読み取るのが人より早くできるようになった。

祖母はテラでの人生を終えた後、テラ出身の住人が暮らすエリアで長年情報館の職員として働いていた。専門はマザーコンピューターに直接つながった端末タブレットの管理で、利用者が気持ちよく使えるように整備をやっていたそうだ。

そのおかげか、この世界の全生物の記録が保存されているマザーコンピューターには幼い頃から憧れがあった。

そんな私がメルクリウスのデジタル庁で働くことになったときは、祖母が一番喜んでくれた。「孫がこんな仕事につけるなんて。なんて名誉なことか」と、今はテラの地上で何回目かの人生を過ごしている祖父の写真に手を合わせる。「おじいちゃんがこちらにいたら、きっと喜んでくれたと思うよ」と何度も繰り返して言ってたっけ。

一瞬祖母とのことを思い出したせいだろうか、バイクを駐輪場に留めて荷物を出そうとした私の手の中には、祖母と使ったクラッシックなタブレットが物質化していた。今の時代よりももっと古い、御影石のような材質のタブレット。古い絵画の周りを縁取る額縁のような淵飾りとスクリーンで出来ているが、スクリーンの表面には現在使われているタブレットと同じく、「使用上の注意」がびっしりと書き込まれている。

せっかく物質化したので、少し重いけれども、そのタブレットと荷物をもって私はデジタル庁内に入っていった。

メルクリウスのデジタル庁は、コスモ全体の情報管理システムを統括しているので、取り扱う情報の管理が半端なく多い。テラやメルクリウス、マルス、ウィーヌスなど数限りない場所で生命が宿ったとき、その生物のフォルダーが自動的にマザーコンピューターに生成される。そのフォルダーには、魂の持ち主の人生が音声や画像や文章のファイルに納められている。フォルダーは、本人、または本人の承諾を得た人であれば閲覧可能になっている。

うちの部署の仕事は、情報漏洩や閲覧禁止のフォルダーに誰かが誤ってか故意か侵入した場合の後処理だ。満月の日は地上の人間のエーテルが活性化してこちらに来やすくなるせいか、過去生を閲覧しに来る人達の数がぐんと増える。普段は簡単な検索で、短時間で終わってくれる人もいるが、中にはお仕事で大量のクライアントの情報を検索し、持ち帰らなければならない人たちも大勢いる。

私の仕事は、そのフォルダーを検証し、不正アクセスができないよう波動を調整し、他人が見てはいけない情報に鍵をかけることだ。このあたりの作業はそれぞれの星のバイブレーションが違うため、その星ごとに担当がいる。私のチームはテラの担当だが、横にいる私の同期のキアのチームはサトゥールヌスの担当、前にいる、やはり私の同期のヨーストのチームはネプトゥーヌスの担当。

メルクリウス以外の出身者は、全員ペリスピリットを身にまとっている。そうしないとメルクリウス出身の社員とコミュニケーションすらとれない。
ただし、各星の波動を読み取るためには手のペリスピリットだけは取り外してよかった。

自分のデスクにつき、タブレットの準備をしていると、外から大型バイクの爆音が聞こえてきた。「あ、トート長官、来ましたね」窓の近くにいたサリが早速気が付いて言った。

このデジタル庁の長官、トートさんは一風変わったおじさんだ。毎日テラの古い型のハーレイにまたがり、爆音をさせて空を飛びながら登庁する。ヘルメットを外し、ご自慢の肩までつくくらいの長い髪をなびかせ、人口革の革ジャンとズボン、ブーツで決め、エルメスのカバンをもって現れる。時々サングラスまでつけているが、ここデジタル庁はいうなれば彼の島のようなもの。気にする人はほとんどいなかった。

トートさんはむしろ皆に人気があった。仕事への情熱は人一倍、情報管理の道一筋で何度も様々な星に転生しては、図書館の司書やIT系のプログラマー、総務で契約書管理の仕事などに打ち込んできたらしい。庁のトップであるはずのトートさんは、現場第一主義で、今日のような年一回の繁忙期には必ず現場で指揮を執ってくれる。

端末から通報があった際、すぐにその端末の利用者を特定し、どの情報に不正アクセスがあったかを急いで調べなければならない。端末内の情報が壊れていないか、どこに脆弱性があったかを把握し修繕する。警備の人も不正アクセス者の取り締まりで大変だ。忙しさはこちらもどっこいどっこいかもしれない。

さあ、今日はどんな一日になるか。私はタブレットを準備し、右手に集中してスクリーンにアクセスした。


(続く)

(これはフィクションです。出てくる人物は実際の人物とは一切関係がありません)




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