小説|メルクリウスのデジタル庁の年末 第14話 土星(その2)
やがて、こちらにやってきたラージさんはサリの方を見て言った。
「サリ、すまなかったね。私が仕事を割り振るときにミスをしたようだ。フォルダーを見せてくれるかい?」
ラージさんは魂のフォルダーの中身を開けた。
「これは・・・人生の中で、次元が3次元まで下がった人の魂だね。これはよくあることで、3次元の惑星のテラでも4次元の世界に生きている人は沢山いるんだ。それでよくサトゥルーヌ・スチームにフォルダーが回ってくることがあるんだよ。
人は、ある惑星に住んでいたとしても、その人その人の生活や考え方によって異なる次元に暮らす場合がある。今見ている魂も、その典型的なケースだね。サリ、本来なら君にはお願いしないようなケースなんだけど、今回でこのようなフォルダーがあるということは理解できたかい?
これは、3次元でフォルダーが生成されたけれど、サトゥルーヌスの次元で保管すべき案件だ。千佳、このフォルダーを4次元にするところまで手伝ってくれないかい?そのあとの鍵の作成は、サリ、自分でできるよね?」
「了解です。サリ、まず自分でやってみる?うまくいかないときはヘルプする。」私はサリに言った。
「それが・・・3次元のフォルダーの上昇をやるのは初めてなんです。」サリは恥ずかしそうに言った。
「わかった。それじゃ、まずフォルダーのバイブレーションを上げることからやってみよう。3次元のバイブレーションはわかるよね?途中で分からなくなったら、私のバイブレーションを思い出して。それをサトゥルーヌスのバイブレーションに変えていくの。」
サリはオニキスを左手に握りしめて、フォルダーに右手をかざしていく。
「すごく重く感じるかもしれないけれど、それを少しずつ精妙な、もっと軽いバイブレーションに変えていってみて。あ、オニキスはもういらないよ。自分のクリスタルは持っている?そっちを使った方がいいと思う」
サリはうなずいて、オニキスをデスクの上に置いた。
「やっぱり、重いです。原子レベルまで分解できない」
「大霊に祈りを捧げながらやってみて」私はサリの様子を見ながら言った。通常なら、フォルダーのバイブレーションが上がってくるはずなのだが、なかなかうまくいかないようだ。
いずれにせよ、申請済のフォルダーは、処理を早く済ませなければいけない。
私はサリと一緒にフォルダーの次元を上げることにした。
「手を貸すね。一緒に祈りをささげる」
私はスクリーンの中のフォルダーに右手をかざした。すぐにサリの手の甲の感触があった。ほんの一瞬、今朝ネーダさんやモーリーンさんと一緒に仕事をしたことが頭をよぎる。バイブレーションを少しずつ引き上げていく。サリがその身体から4次元のバイブレーションをすでに出しているので、それに合わせれば良い。
私は大霊に祈りながら、バイブレーションを引き上げていった。
次の瞬間、フォルダーが薄い黄緑色と白色に輝いた。これでフォルダーは完成だ。
「千佳さん、ありがとうございました。こんなに重いフォルダーは初めて扱いました。バイブレーションを上げている間、聞いたことにない祈りが聞こえてきて・・・」サリが少しぼんやりしたように言う。
「テラの古い祈りの言葉を使ったの。これで4次元のフォルダーになったね。次は鍵だね。自分でできるよね?」
「はい、通常通りサトゥルーヌスの鍵を作ります」
本当はいけないのだが、他の惑星の鍵に興味深々だった私は、引き続きタブレットを見つめた。
4次元の鍵は、フラワー・オブ・ライフとランゴーリ(吉祥模様)、フラクタル幾何学模様、それに正二十四胞体が組み合わされている。
サリは器用にフラワー・オブ・ライフとランゴーリ、フラクタルを組み合わせ、それを胞体の立方体に組み合わせていく。なるほど、4次元から立方体の鍵が出てくるんだ。
そして最後に、祈りでフォルダーの強化をして締めくくる。
サリの選んだ祈りは次の様なものだった。
作業を見ていたラージさんが、口を開いた。
「サリ、よくできたね。今回の案件は本来ならキアにお願いすべきものだった。繰り返すが本当に申し訳なかった。千佳にヘルプを頼んだようだが、次回このような判断に迷う案件が出てきたら、僕かパロルに相談してほしい。万が一どちらもいないような場合があったら、マーヤやパンディットに相談してくれてもいいんだよ。」
「でも、ご迷惑をおかけしてしまうのでは・・・」サリはうつむいて言った。
「そんなことはないよ。内容によっては、パロルに相談したり、課長にエスカレートさせたり、SEにエスカレートさせたり、対処の仕方が案件ごとに違う。一つの事の判断も、誰かに相談をすれば解決することがある。もっとチームのみんなを頼っていいんだよ。」
それを聞いていたキアが口をはさんだ。
「そうですよ、私たちもいるんだから、もっと頼って!
ラージさん、いつも思うんですけれど、サリにはそろそろもう少し幅広い案件を任せてあげてもいいんじゃありません?今回だって、まだサリが担当してもいないテラのバイブレーションを自分で言い当てたわけでしょ?サリの様に様々な惑星の転生経験があるなら、それが生かせるようにもっと幅広い経験を積ませてあげた方がいいと思うんです。これではサリは飼い殺しになってしまいますよ。」
「そうは言っても、サリもまだ覚えなければならないことが沢山あるからなあ。一づつしっかり覚えて言って欲しいので、あまり急がせていないんだが」
「サリは、いつまでもあなたの羽の下でくるんで守るためのひな鳥ではないんですよ。可愛い子は旅をさせろというじゃありませんか。彼女はもう入庁3年目ですよ?それなのにまだテラの案件も扱ったことがないなんて。もっと早くに教えてあげてもよかった話じゃないですか。今回はたまたま特殊な案件だったから仕方のない事かもしれませんが。
あと、過保護が関係しているかわかりませんが、サリをほったらかしにしては可哀そうです。いつも一人でできる案件ばかり渡して。それだから彼女も周囲に遠慮してばかりするようになるし、これではいつまでたってもチームの一員になれませんよ?」
キアは、常日頃思っていることをぶちまけているようだ。
「わかった、キア。それじゃ今回サリが3次元のフォルダーを扱った事もあるし、君の所でやっているテラの案件から少しずつ慣れて言ってもらってはどうだろう?3次元のフォルダーは今体験したわけだし、これから実地を積んでいけばすぐに慣れていくだろうから・・・サリはうちのホープなんだから、しっかり教えてあげてもらえないだろうか?」
「もちろん!喜んで」キアの顔が輝いた。
「組織も若手をどんどん育てなくては・・・サリの様にバイブレーションの違いに敏感な子はすぐに伸びますよ。私もすぐ抜かれるかもしれません。嬉しい事ではありますけれどね。どんどん成長していってほしい。」
「そうすると僕もすぐに追い抜かれるかなあ。」ラージさんは屈託なく笑った。
「せっかく新人が入ったのに、その子が力を出し切れないような職場じゃいけないと思います。しっかり基礎から教えるのもいいけれど、実践も積ませてあげないと、どんどん優秀な人材が逃げて行ってしまいますよ。早く魂の記録一覧やグループソウルの記録も担当できるようになればいいですよね。」
「君の言うとおりだな。僕も少し過保護だったかな。パロルと一旦相談してみるよ。サリの事だから、きっと首を縦に振ってくれると思う。サリ、どうかな、テラの案件をやってみないかい?それとも他の惑星の案件の方がいいかな。」
サリの顔がみるみるうちに生き生きとしてきた。
「テラの案件、やってみたいです。本当を言うと、少し業務に退屈してきていたんです。申請のあった魂のフォルダーの処理の後は、ずっと申請なしの魂のフォルダーばかり担当していて。このままでいいのかなとは思っていましたが、他の人達がどんな仕事をしているかよく把握していなくて。今日、千佳さんと実地もできたし、これをマスターできるなら嬉しい限りです」
「わかった。善は急げだ。パロルに相談してみよう。改めて連絡をする」
そう言ってラージさんは急いで自分のデスクに戻っていった。
(続く)
(これはフィクションです。出てくる人物は実際の人物とは一切関係がありません)