小説|メルクリウスのデジタル庁の年末 第16話 ヘリオスの8次元(2)
サラさんのデスクの上の時計台が4時を打ち、私たちは引き続きテラの居住区の情報館から上がってくる要請に答え続けていた。例年もそうなのだが、今年もまた子供たちの閲覧によるファイルの破損が多い。保護者同伴で閲覧するのがルールなのだが、大人がほんの少し目を離したすきに魂の記録を呼び出し、ファイルを強いフォルツァで破壊してしまう。
情報館では定期的に子供向けのフォルツァのコントロール勉強会を開いてはいるものの、満月の日にやってくる子供たちは心のどこかに傷や悲しみを抱えている子が多く、感情を抑えきれずにあらぬ力を発揮してしまうケースが目立つ。
今年のテラは伝染病ばかりではなく、地震や山林の火事、大水、竜巻などの災害にも見舞われていた。例年の事とは言え、未曾有の伝染病の中での自然災害とあって、特に幼い子供たちの心が乱れているのは報告書からも読み取れた。
私が何度目かのグループソウルの記録を修復していると、ケビンさんが声をかけてきた。
「千佳、それが終わったら、ヘリオス・チームのヘルプをしてほしい。先ほどのCOICA派遣団の記録の最終確認とのことだ。各チームから応援が出るので、わからないことが出てきたらローザに相談してほしい。」
「承知しました。」
夜のない惑星ヘリオスを担当しているのが責任者のローザさんを筆頭としたヘリオス・チーム。皆メルクリウスに来る前は、夜という概念を少し忘れかけていたようで、初めて入局したヘリオス地区の人たちは「こんなに暗かったっけ」と笑っているのが常だ。リーダーシップを重んずるヘリオス星の人々らしく、自己責任で職務にあたり、何かあれば皆でエネルギッシュに問題解決にあたる。このチームのデスク周りは黄色を主体とした明るい雰囲気で、整理整頓も行き届いている。
ヘリオス・チームのローザさんからテレパシーが入って、彼女の明るく元気な声が聞こえた。
「皆さん、お忙しい所ありがとうございます。先ほどのCOICAの記録をすべて確認したのですが、数件バイブレーションの調整ができていなかったフォルダーが見つかりました。チームごとにフォルダーをバッチで割り振ったので、再度バイブレーションの調整をお願いします。ご自分の席でも、ここの島のソファを使っても、どこで作業をしてもOK。終了したらシステムから申請してください。それではお願いします。」
私は、少し気分を変えたくて、ヘリオス・チームのソファで仕事をすることにした。
タブレットを持って移動すると、同期のヨーストが先に来ていた。身長5cmの彼は、ソファに置かれたクッションの上を陣取り、自分のタブレットを広げていた。
フォルダーは10件もあった。こんなに見逃しがあったのかと正直不安になる。
「千佳、何件あった?こっちは5件だよ。あれだけ頑張ってもミスがこんなにあるなんて、原因は何なんだろう。」ヨーストが言った。
「うちは10件だよ。見逃しなのかね・・・ヘリオス・チームの方で点検してくれていなかったら、本当にまずいよ」
「そんな不安そうな顔をしなくて大丈夫だよ。単純に8次元のバイブレーションに達していないものか、鍵に不備があったものばかりだから。」不安が顔にでていたのだろうか、ヘリオス・チームのジェームスさんが声をかけてくれた。
レンガ色の長髪をポニーテールにしたジェームスさんは、いつもの白いゆったりとしたトーガ(長衣)を身にまとっている。
私は思い切ってジェームスさんに尋ねた。
「鍵なら何とかなりそうですが、それにしてもバイブレーションが基準に満たないなんて。確認してもこんなことがあるんですか?」
「ほんの少しの差なんだけれどね。魂の持ち主によっては、元居た惑星のバイブレーションがとにかく強くて、なかなか8次元のバイブレーションに収まらないケースもある。気にする必要はないよ」彼は気さくに言ってくれた。
私は自分のタブレットに集中した。自分のデスクから持ってきたタンビュライトのクリスタルも使って、それぞれのフォルダーを点検していく。
確かに8次元のバイブレーションに達していないものがいくつか見つかった。クリスタルも使って、次元上昇を試みる。どれもあと少しの調整で済みそうだ。
次元の上昇は気を張る仕事だ。特に7次元以上から8次元に達するまでの微妙な距離感をつめてくまでの作業をしていると、また息を止めて舞いたくなる。
私は作業の間、いつも唱えている祈りとは別の祈りを捧げた。
祈りで呼吸がうまくできたせいだろうか、フォルダーが徐々に上昇していき、白く光った。次元の上昇が完了した。
次は鍵の確認だ。8次元の鍵は、メタトロンキューブ神聖幾何学模様とフラクタル幾何学模様とベクトル平衡体の組み合わせ。これは通常の業務で何度もやっているので心配はなかった。一つ一つ点検していく。鍵を作った人の個性がはっきり表れている。メタトロンキューブとフラクタルだけでも組み合わせ方はいくつもある。自分で作った鍵もあった。
フォルダーのうち、一つ気になるフォルダーがあった。なぜか見覚えのあるフォルダーなのだ。先ほど自分で作業したフォルダーなのかと思ったが、私の作った鍵ではないので、誰か他の人が作業したもののはず。鍵を確認するために一度鍵を外した瞬間、フォルダーが自動再生された。中から、紛れもなく見覚えのある人物の記録が3Dで表示された。
「おじいちゃん・・・」
姿形は祖父のものとは違うが、バイブレーションは確実に祖父のものだった。COICA派遣団でテラに転生しているはずの祖父。
あわててフォルダーをしめたものの、周囲にはわかってしまったようだ。ヘリオス・チームのサブリーダーのマルゲリータさんが慌てて飛んでくる。
「どうしたの?フォルダーに不具合があったのかしら?」
「いいえ、違うんです。このフォルダーは私の祖父のものでした。祖父はCOICAに参加してテラに転生していたのです。家族だからか、自動的にフォルダーが再生されてしまいまして。まさか今回帰還するとは聞かされていなかったもので・・・慌てました。」
「まあ、それはそれは!帰還者用の休息所で休んだら、すぐに会えるわね。会うのは何年振り?」
「15年ぶりです。100年のプログラムに参加したはずなので、想定よりもっとずっと早く帰還したようです。」
「ご家族も喜ぶでしょう。直接お会いしてお話が聞けるのが楽しみね」
「はい。ありがとうございます」私は笑顔を隠せなかった。
たった15年とはいえ、祖父はテラの地上でどんな人生を送ってきたのだろう。あまりに短い期間だったので、かの地で何らかのアクシデントがあったのだろうか。
私は色々想像を巡らせながら、祖父のフォルダーの鍵を補強した。
ジェームスさんがまた来て言った。
「お爺さんのフォルダーだったんだって?」
「はい。今回はテラのヒベルニアにいたようです」
「そうなんだ!僕の祖父母もヒベルニアにいたことがあるよ。僕自身、テラ時代はアメリカで産まれてヒベルニアに移住したんだ。」
「偶然ですね!ジェームスさん、テラ時代の事をよく覚えていらっしゃいますね。」
「つい最近の事だからね。忘れられないことも沢山。懐かしく思うこともあるよ。」
「ヘリオスに転生すると、もう他の惑星に転生しない、と聞いたことがあるんですが、それは本当の話ですか?」私は尋ねた。噂話には聞いていたのだが、直接ヘリオスの人に聞いてみたことはなかった。
「いや、そんなことはないよ。COICAのように本人に技術さえあればどの惑星からでも申し込めるプログラムがあるし、お役目があれば転生も可能なはずだ。ただ、他の惑星での転生を完成させてしまうと、コスモでは最終的にはヘリオスかウラノスに行きつくことになるから・・・それに、ギャラクシー間で転生するのもあり得るしね。」
そうか、ギャラクシー間の転生。外務省で特に必要とされる経歴だ。
コスモ連合国の外務省はシリウスやアンドロメダ、オリオンなどの様々な銀河との交渉にあたることが主な業務だが、そういう時にそれぞれの銀河間での転生経験がものをいう。もちろん旅行や留学など様々な道はあるのだが、転生した経験があるとやはり実践で使える知識があるとみなされる。常識も習慣も異なる銀河での生活は、やはり違った文化に興味を持つ人たちがこぞってチャレンジする省だ。
「私もここに飽きてきたら、次は銀河を超えて転生してみようかな。でも、母さんが聞いたらどんな顔をするだろう?」
自分で自分に言ってみて、笑いそうになった。コスモ連合国内は旅行などで旅をしたが、コスモ以外の銀河にはまだ行ったことがなかった。来年の休暇の楽しみがまた一つ増えた気がした。
(続く)
(これはフィクションです。出てくる人物は実際の人物とは一切関係がありません)