小説|メルクリウスのデジタル庁の年末 第12話 木星編
ペーターさんからテレパシーが入った。
「先ほどの魂の記録、こちらの分は完了したよ。鍵の修復もプロテクションもかけておいた。あとはまかせて大丈夫かな?」
「ありがとうございます、助かりました!一人じゃとても無理でした。」
「とんでもない。こちらの仕事でもあるしね。今日はまだ忙しいだろうけど頑張って!」
こういう声掛けをしてくれる職場は本当にありがたい。
テラとマルスの魂の記録に再度目を通していくと、2つのフォルダーがまだ破損したままだった。この2つのフォルダーからは、3次元とも5次元とも違うバイブレーションが出ている。気持ちを落ち着けて、その繊細なバイブレーションをよく感じとってみる。これはもう少し次元の違う惑星の転生履歴のようだ。2つのフォルダーはやはり破損し、鍵も壊れている。
先ほどネーダさんから受け取ったバイブレーションに近いが、マルスの記録と違って7次元なのか6次元なのか確証が持てなかった。私は戻ってきたばかりのケビンさんに早速相談をしてみた。
「ケビンさん、先ほどあるグループソウルの魂の記録が一気に開示された案件の作業をしていたのですが、スターシードのため、別の惑星の転生の記録があるんです。こちらの2つなのですが、どの惑星のものでしょうか?」
戻ってきたばかりのケビンさんは、水筒のお茶を一口飲みながら言った。
「どれ、見せてみて」
作業をしていたタブレットを渡すと、ケビンさんは即座に言った。
「これは7次元のバイブレーションだね。先ほどネーダと作業をしていた時のことを覚えているかい?彼女から出ているバイブレーションをもう一度思い出して、覚えておくこと。2つのうち、一つはバイブレーションが典型的なユピテルのものとは少し違うな・・・とにかくフォルダーの修理を進めよう。鍵の修復は、ユピテルチームにも応援を頼もう。あちらもおそらく忙しいかとは思うが・・・」
ユピテルにはテラでいうところの月のような衛星が83個あるため、チームはほぼ毎日ユピテルのどこかで起きているエーテルの活性化による仕事への影響があった。しかし、なにごともほんわかと落ち着いて仕事をするタイプのメンバーがそろっているため、髪を振り乱して大騒ぎしながら作業するテラ・チームと比較するとその違いは雲泥の差だ。
ケビンさんがアリさんとテレパシーで話をつけてくれたので、私はアリさんのいるユピテル・チームの所までタブレットを持っていき、状況を説明した。
午前中に一緒に働かせていただいたネーダさんは、ユピテル・チームを率いているエレガントで優しい女性だ。サブリーダーのアリさんも落ち着いた雰囲気の男性で、チーム全体が温かい雰囲気に包まれている。ユピテルの地の人達同様、チームメンバーは信仰心に篤い人たちが多く、一日に数回のお祈りを欠かさない。デスク周りは薄いオレンジ色をポイントにした温かな雰囲気がある。
「うん、これはユピテルの魂の記録だね。グループソウルはどうしても色々な星を転生しているから、そんなに気にしないでいいよ。サイード、今何やってる?」
「今最後の申請済の記録に手を付けるところです」
「わかった。それが終わったら、千佳の作業を手伝ってくれないか。破損したフォルダー2つと鍵の修理。急ぎの案件だそうで、なるべく早めに手を付けてあげてくれ」
「了解です」サイードさんは請け負ってくれた。
しばらくすると、サイードさんが隣にやってきて、「さあ、始めようか」という。
サイードさんご自身のタブレットで作業するものばかりだと思っていた私は、一瞬とまどった。
「フォルダー、二つだけでしょ?それならすぐ終わるから。心配しなくていいよ、テラの鍵とユピテルの鍵はそんなに変わらないんだから・・・」とあっさり言った。
鍵がそんなに変わらない?7次元のユピテルの鍵は、確かにフルーツオブライフ神聖幾何学模様とフラクタル幾何学模様と聞いたことがある。しかし、フルーツ・オブ・ライフとフラクタルの組み合わせはなかなか実践では扱ったことがなかった。
「ここの部署だと、ヘリオス関連の仕事が多くなりがちだから、8次元の作業に詳しくても、他の次元には少し疎くなっちゃうんだよね。7次元のは今から作業するからよく見ていて」
サイードさんは、そう言ってクンツァイトを取り出す。
「このクリスタルなら、次元上昇に一役買ってくれるよ。3次元の人達に合うと思う。」
そう言って、サイードさんは体の右側をタブレットに近づける。
ユピテルの人達は、ヒューマノイドではない。ペリスピリット越しに見えるその姿は、柔らかな白かベージュのベールか大きなスカーフに包まれた丸い流動的な塊だ。
精神的に非常に安定した人が多いユピテルの人達といると、先ほどまで血が逆流するような勢いで作業していた気持ちも、すっと落ち着いて気持ちが収まっていく。
サイードさんがタブレットの中のフォルダーを修復し始める。私の3次元のタブレットで作業ができるのか心配になった。
サイードさんは落ち着いて作業を進めていき、みるみるうちに2つのフォルダーの破損部分が修復された。
「次は鍵をかける番だね。3次元はたしかフラワー・オブ・ライフとフラクタルの組み合わせでしょ?その応用だから、よく見ていて。」
サイードさんが鍵の修復にあたる。フルーツ・オブ・ライフは13個の円の組み合わせで、一見フラワー・オブ・ライフよりも簡素に見える。しかしその13個の円をつなぐ直線の複雑とそこから生まれる立体系の繊細さは、フラワー・オブ・ライフの比ではない。
8次元で使うメタトロン・キューブに見慣れていても、7次元で使うフルーツ・オブ・ライフのパターンはこれまであまり触れる機会はなかった。
私はサイードさんが作っていく鍵を見つめていた。複雑な立体とフラクタル幾何学模様がどんどん組み合わさっていき、3次元のものとは全く別の鍵ができた。
今にこれを自分でも作れるようになりたい。そんなことは、スペシャリストの集まる私の部署ではめったにない出来事なのだが、私はその複雑さと繊細さに引き込まれていた。
「さあ、これで終わり。あとは祈りだね。さっきコーランが聞こえていたから、このフォルダーもコーランでまとめようか。」
いつの間にか、サブリーダーのアリさんも加わって、私たちは祈りの言葉を唱えた。
フォルダーの2つが、薄い菫色と乳白色に輝いた。
補強が成功した印だ。
「ありがとうございます。こんなに早く作業が完成して。」
私は二人にお礼を言った。
「さっき、サイードからのテレパシーで、重い人生を重ねた魂だから助っ人を頼まれたのさ。」アリさんが言う。
「せめて祈りだけでも補強しようと思ってね。一人の祈りよりも、複数の人間が心を込めて祈ればそれだけ強化が増すしね。」
「千佳も、クンツァイトがあれば、ユピテル関係のフォルダーの作業が楽にできると思うよ。こんど手に入れたら試してみて。僕たちはこれを毎日使っているんだ」
優しい、淡い色のクンツァイト。ユピテルの人々の雰囲気にぴったりだ。
私達テラ・チームがよく使うオニキスとはバイブレーションも性質も別のものだ。
私は自分のオニキスを握りしめ、7次元のバイブレーションでぼうっとなった気持ちを抑えた。私達にはグラウンディングが必要。バイブレーションの高い案件を扱う時は別の水晶が約に立つが、落ち着きを取り戻すには、私の場合はオニキスの様だ。
長かったが、他のチームの協力もあり、グループソウルの魂の記録の修繕・補強が完了した。
私はサラさんに報告をし、まだ途切れることもなく入ってくるテラの居住区の情報館からの連絡対応に戻った。
(続く)
(これはフィクションです。出てくる人物は実際の人物とは一切関係がありません)