私と肺炎 <自己紹介シリーズ>
熱をだす
小学校2年のころ、私は肺炎になった。
正確には風邪をこじらせて、結果的に肺炎になった、だ。
ある水曜日に熱がでて学校を休んだ。
畳の部屋に布団を敷いて、一日中寝ていた。
常備薬もなかったので、本当に安静にしていただけだった。
食事もまともに摂らず、ポカリスエットで喉を潤し、あとはずっと寝ていただけだった。
ちょっと寝ようとするが、苦しいのですぐに起きる。起きると頭痛が気になるので、天井を見ながらボーっとする。蛍光灯を見たからなのか、視界が狭まって、赤や黄色、青などの丸い輪がいくつも見えて、そっと目を閉じる。
やっぱり寝れない。
たまに、トイレに用をたしに行って。
その繰り返しだった。
夜になると、熱が増してきた。水銀の体温計で測ると38度くらい。
母がタオルと水を入れた洗面器を準備して、濡らして絞ったタオルをおでこにのせてくれた。
正露丸
木曜日になっても体調は変わらず、私は38度~39度の熱にうなされていた。
また学校を休んだ。
苦しむ私を見て、母が気休めなのか年功なのか、長年の知恵なのか、
よくわからないが正露丸を持ってきた。
言われるままに私は正露丸を飲む。
途中苦みで吐きそうになったが、ポカリスエットで強引に流し込む。
飲んだあとも、正露丸の匂いが吐き気を誘うが実際に吐くほどではなかった。
それでも体調は快方に向かわず、苦しくて途中泣きそうになった。
金曜日になっても体調は変わらず、私は38度~39度の熱にうなされていた。
また学校を休んだ。
このころになると、布団は私の大量の汗でしっとりしており、またぺしゃんこになって、いわゆるせんべい布団化していた。
替えの布団なんてない。せんべい布団のせいなのか、寒気もしてきた。
金曜日の夜になると熱は40度を記録した。
しかし、閉まっているからなのか両親はいっこうに病院に連れて行こうとしない。
土曜日も38度~40度の熱で一日中うなされていた。
意識がもうろうとしており、あまり覚えていない。
死ぬとかは思わなかったが、苦しいのが早く終わってほしい・・・
と泣きそうに必死に耐えていた。
最高記録
日曜日も変わらず、うなされていたが、
夜になるとついに41度を記録した。
私の生涯最高記録だ。
この段階になると、ただの風邪とは思えず、
さすがに両親も危機感をあらわにした。
病院へ
月曜日の朝に急いで近くの小児科医院へ行った。
診察結果は肺炎で、即入院だった。
入院する際に点滴を打つのだが、点滴の針が思いのほか太く。
これ刺すの!?と冗談のような本気のお医者さんに面食らった後に、手の甲に刺すというのだから。さらにびっくりした。
いまだかつて注射を打ったことのないところである。
それでも強い私は何とか泣かずに点滴の針を打つことができた。
目には大量の涙を浮かべて、点滴の管を残しながら刺した針を抜くのを見ていたのを憶えている。
入院すると1,2日目は苦しかったが3日目からは途端に快方に向かい、体調は元どおり元気になった。3日目以降、ご飯を食べれるようになり病院食が初めて出た時には少しわくわくしたが、あまりおいしいとは思わず、その後はデザートだけが楽しみだった。
私は1週間くらい入院した後、無事退院した。
退院日に点滴を抜くのだが、めちゃくちゃ痛くて、片方の目から水がながれるほどだった。「痛い!」と言っていたので痛がるほど元気になったということだろう。
ちなみに、言わなかったが母も一緒に付き添いで入院していた。
お好み焼き
退院した後、病院のとなりにお好み焼き屋さんがあるので、そこでお好み焼きを食べた。
病院食とは対照的な濃いソース味のお好み焼き。
とても美味しかったのを憶えている。一緒に飲んだコーラの爽快感も”生きててよかった”を実感させるものだった。
身体には良くないかもしれないが、心の健康、心に活力を与える食べ物だと考えると「バランスの取れた食事」の本当の意味を考えたくなる。
少なくとも私の記憶に長く残っている食事だ。
この時以降、両親は昼夜問わずに私をすぐに病院へ連れて行ってくれるようになった。
そして、私と両親は病院帰りにお好み焼きを食べて帰るのが鉄板になったとさ。
お腹も膨れて、お会計をしてお好み屋さんを後にする。
店の扉を開け、外に出る私。
鬱屈した気持ちと、病院から自由になった解放感を存分に感じながら
次は何をしようかとワクワクしながら軽やかに車へ歩き出した。
車に乗る際に、点滴のせいで貼られた左手甲の止血用絆創膏に気が付く。
”勲章はもう少し残しておこう” と、そのまま車のドアを閉めた。
念のため車の窓を開けて、車が動き出すのを待つ私が居た。
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