#3 シュトーレンが食べたい〈1話完結ストーリー〉
「シュトーレン食いたいな」
アユミがつぶやいた。
シュトーレンとは、ドイツに伝わるクリスマス菓子の名前だ。
洋酒漬けのドライフルーツの入った、素朴な焼き菓子。
アユミの好きなものばかりを結集したようなスイーツだ。
アユミの「シュトーレン食いたい」は、竹井家の冬の風物詩だ。
日常、特に脈絡もなくつぶやかれる。
正確には7割が「牡蠣食いたい」で、3割が「シュトーレン食いたい」。これらはあまり効果のないサブリミナルのように、日常のBGMになっている。
しかしアユミは、スイーツ店やベーカリーでシュトーレンを見つけても
「3800円? この地味な見た目で、クリスマスケーキと同じ値段なんて解せない」
などと言って買わない。
結局いつもクリスマスギリギリに、スーパー店内の格安ベーカリーで、1000円くらいの「シュトーレン風菓子」を買うことになるのだ。
ある日、アユミは雑誌を買ってきた。ファッションとインテリアや料理などの情報が載った、主婦層向けの雑誌だ。
「珍しいね。雑誌買って来るなんて」
ヒデキが声をかけた。ヒデキは紙の雑誌が好きだ。今でも競馬雑誌「優駿」を定期購読している。写真中心の美しい誌面が良いのだ。
仕事ではパソコンやタブレットなどのガジェット漬けのヒデキだが、美しい誌面の雑誌を眺める幸福感は、何事にも代えがたいと思っている。
アユミはうれしそうに、雑誌をめくった。
「久しぶりに紙の雑誌も読みてぇなって。それに読みたい特集が」
言いかけてアユミは「えぇー」とつぶやき、ソファに座るヒデキに雑誌を持ってきて見せた。「なぁヒデさん」
「しばらく雑誌を読まないうちに、新しいファッション用語ができてるぜ。何だよ『メリージェーン』って。つのだ☆ひろしか知らねぇよ」
↑ こういうストラップパンプスを「メリージェーン」って言うんですって今
「メリージェーンといえば彼だよなぁ」
ヒデキも同意した。
2人は「つのだ」と「ひろ」の間の星が、★(黒星マーク)なのか、☆(白星マーク)なのかひとしきり議論し、結局スマホで正解を調べた。
すっかり本来の話題を忘れてしまい、アユミはソファから立ち上がった。
その時ヒデキは、ふと見えた表紙からあるものを発見した。
「あれ、シュトーレンの特集があるじゃん」
「あっそれだ!それ話したかったんだよ」
アユミは頷いた。手作りレシピの掲載されたその特集が目当てで、雑誌を買っていたのだ。しかしアユミは、弱気な表情を見せた。
「でもさぁ見てみたら、家にない材料ばっかりで。スパイスとかドライフルーツとか洋酒とか…買っても絶対余るじゃん」
「だろうな」ヒデキは頷いた。「アユミなら、強力粉も余らすだろうな」
アユミは素直に頷いた。
「絶対余らす。パン作りとかしねぇもん」
あぁどうしようかな。諦めて4000円近くの、出来上がってるやつ買うか…
大体、これじゃ材料だけで相当かかりそうだもんな…
アユミは頭を抱えながら、ぶつぶつつぶやいた。
数日後。小さな荷物が届いた。
「どうしたのこれ」
「手作りキットがあったんだよ。これで材料余らせないで済む」
らしくもない着手の早さで、アユミはシュトーレン作りに取り掛かった。やはり「食べたい」モチベーションがあると、取り掛かりの早さも違う。
菓子作りもパン作りもしないアユミには難しい所もあったが、2本のシュトーレンは思いの外上手にできた。
1本は大人向けに、洋酒に漬けたドライフルーツ入り。
もう1本は子ども向けに、シロップ漬けのドライフルーツ入り。
シュトーレンはクリスマスの数週間前に作って、切り分けながら少しずつ食べ、クリスマスまでの日を過ごすのがドイツ流らしい。
竹井家のシュトーレンは果たして、クリスマスまで持つかどうか。
おわり
なんだか今回はステマみたいになってしまった(もちろん違います💦)
手作りシュトーレン、意外といけます(子ども受けは悪そうだけど)。
来年も作りたい!