「今宵、餃子があるバーで。」第1話 ハッカ飴が見る夢
『Bar ミカヅキ』で出てくるつまみは餃子だけ。店にはマスター選りすぐりのお取り寄せ餃子がストックされている。お手製の餃子は食べたことがない。
「私は占い師になりたいの」
そんなマスターに常連たちは将来を見てもらおうとするが、それが占いなのか、個人的なアドバイスなのかよくわからないままでいる。
今回は、「僕」が気になっている女の子との初デートを占ってほしいと頼んだ冬のはじめの話。
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デートの相談をされたら、間違いなくこのカードを切るわよ。
まずは浜松町で待ち合わせ、ここから船に乗れることを知っている人は意外と少ないの。浅草行き。浅草といえば、雷門も演芸ホールも花やしきもあるけど『餃子の王さま』に決まってるわ。
行列に並びながら
「名前が似てるけど、餃子の王将よりも創業は前なんだよ」
「へーーっ!」
なんて会話をすればいいじゃない。
昔ながらの佇まい、古くても掃除が行き届いている清潔感あふれる店内。映画のセットみたいな雰囲気の中で『王さまの餃子』を食べて、二人で「王さまだって~」とか笑い合えたら最高よね~。うん、いい感じ。
それからニラレバ炒めも断然必須よ。必ず頼むべき。「ここのは、レバーが苦手な人でも食べられちゃうんだよ」って言うの。あなたは食べたことないけど私が保証する、絶品すぎて盛り上がる場面よ。でも、彼女が無理そうならあなたが全部食べるの。この日いちばんセンスが問われるところね。
そして大事なのがお会計。ハッカ飴をもらえるから2つとも彼女にあげちゃいなさい。1つはその場で食べてもらって、もう1つは後でって。一緒に食べないのよ、ちゃんと覚えておいてね。
最後の注意事項、帰りは船に乗らないこと。行きが楽しかったのならなおさら。「また乗りたい」は次にすればいいの、今度会うための理由になるから。
*
その後、彼から報告があったの。
「帰りも船に乗りたいねー!って二人の意見が一致したから、浅草から浜松町行きの便に乗っちゃった。すごく楽しんでもらえたみたい!」
あら…、そうなると思ったから注意したのに。ちなみに、彼女が忙しくて次の約束がなかなか決まらないことに彼は少し焦ってるみたい。
そして「やっぱり、初デートでニラレバがまずかったんだ」って恨むように言うの。『餃子の王さま』のニラレバがまずいわけないじゃない、美味しいんだから。
そもそも、帰りも船に乗って楽しさ全部盛りにしてきたらそれで終わっちゃうじゃない。足りないくらいがちょうどいいの。人って、続きがある方が気になるものでしょ?
だからこそ、もう少し待ってみるといいわ。この2~3日、寒さが増してきたことだし。
彼女がコートのポケットに入れたハッカ飴に気付いたら…。
楽しかった記憶をきっと思い出す、そしてあの日の続きをイメージしたくなるの。連絡くるわよ、絶対。
連絡が来なかったらどうするのかって?
そんなの答えは出てるじゃない。
どちらにしても、ちゃんと前に進めてるってことなんじゃないかしら。
*
そろそろ閉めるわよ、おやすみなさい。
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■note創作大賞2022 応募作品
「今宵、餃子があるバーで。」
第1話 ハッカ飴が見る夢
第2話 誰が為にクラッカーは鳴る
第3話 視線の先
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