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「麻田君、純粋なる犯罪を目撃す」・・・真夜中の映画館で起こったのは。



『麻田君、純粋なる犯罪を目撃す』


最近では珍しくなったが、麻田君の学生時代には、朝までオールナイトで映画を上映する映画館が、繁華街にはあった。

ビデオソフトは高価で、レンタルビデオが世に出る前だったので、昔の映画を観る機会は、名画座やオールナイトの特集上映くらいしか方法が無かったのだ。

オールナイト上映は、金曜日や土曜日の夜、通常のプログラムが終わった午後9時くらいから翌朝の5時くらいまで、4本から5本の映画を特別料金で上映する。


「文芸映画化特集」「ホラー映画特集」「キューブリック特集」など
様々な「特集上映」があり、普段見られない貴重な作品が上映されるとなると、世代を越えた映画フリークが大挙して訪れた。


麻田君は、純粋に映画好きというよりは、今で言う「オタク」。
好きだったのはもちろん「怪獣&特撮映画特集」
ゴジラやガメラなどの怪獣映画やマイナーなSF映画を狙っていた。

その夜、20年前の封切以来、リバイバル上映もテレビ放送もされたことが無いという珍しい怪獣映画が、オールナイトで上映されると聞いた麻田君は、ひと月も前から前売り券を購入し劇場に向かった。

劇場に入ると、すでに客席は満員。

「こりゃあ、立ち見だな」

座るのは諦めて、客席の後ろに回ると、通路の壁際でビデオカメラを三脚に乗せてセットしている若者たちがいた。

「電源ケーブルが足りないよ」

「事務所にあるんじゃないかな。借りてこようよ」

などと言っている。

『ああ。劇場のスタッフが記録か何かで撮影するんだろうな』

当時、家庭用のビデオカメラが出始めた頃で、
まだまだ個人で持っている人も少ない高価な品だった。


麻田君が、若者たちの横で映画が始まるのを待っていると、
しばらくして事務所に行った男性が戻ってきた。

「一度全員で事務所に来いってさ」

「ふ~ん。全員なの?」

「らしいよ」

「とりあえず行ってこよう」

若者たちは一度セットしていたビデオカメラを下ろし、
場所取りの三脚だけを残して出て行った。

そして、あと10分ほどで映画が始まるというところで、彼らは戻って来た。

全員、目を真っ赤に腫らし大泣きしながら・・・

『どうしたんだろう。電源ケーブルを持ってこなかったことが、そんなに怒られるようなことなんだろうか。代わりのケーブルを貸してあげれば良いのに』

と麻田君はのんきに考えていたが、真相はもっと深刻だったのだ。


若者たちに続いてその場に現われた中年の男性が、
静かに、しかし厳しい声で若者たちを攻め立てた。

「さっさと片付けろよ! お前らがやろうとしたことは泥棒だからな。
トロトロやってたら警察呼ぶぞ!」

通路は一瞬シンと緊張が走ったが、
事情が分かるとすぐに上映前の喧騒を取り戻した。

『この若者たちは、劇場のスタッフじゃなかったんだ』


まだ「著作権」という言葉が一般に知られていなかった時代。

20年ぶりという珍しい映画が上映される。
友人の父親が高価なビデオカメラを持っている。

・・・出来そうだ。やってみよう

そんな簡単な連想と、純粋な心の昂ぶりから行動したに違いない。
そこには罪の自覚など全く無かったのだろう。

無自覚に悪さをしてしまい、大人にこっぴどく叱られた幼い子供のような泣き顔が、麻田君のすぐ横にあった。

おそらく劇場の支配人にケーブルを貸してほしい理由を聞かれ、
素直に「映画を撮影します」と説明したのだろう。

当然、支配人は烈火のごとく怒る。

「それは犯罪だ!」「カメラを没収する」「警察に突き出して大学も退学にしてやる!」くらいは言われたかもしれない。


「20歳代の若者がビビりまくる姿は初めて見たな」

麻田君によると、その若者たちは泣きながらカメラと三脚を片付け、
朝まで大人しく映画を観ていたが、誰一人貴重な映画を楽しんでいる様子はなかったという。

「仕方ないとはいえ、ちょっと気の毒に思ったよ」

よっぽど印象に残ったのだろう、麻田君は映画館でデートをするたびこの話をするらしい。
余りに同じ話を聞かされるので、ついに彼女にこう言われた。

「気の毒なのは、同じ話を何度もリバイバルされる私の方よ」


                   おわり







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