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「麻田君、ホラに付き合う」・・・バイト先の社長の不思議な話。


『麻田君、ホラに付き合う』


麻田君はこれまでいくつか会社をバイトをしてきている。

そのうちの一つに、「大地球観光(仮名)」という会社があった。

大地球観光は都心の一等地に事務所を構えていたが
社長一人、ドライバー一人、バス1台だけの小さな会社で、
主に中小企業の社内旅行や大手のバスツアーに
応援でバスを出すなどして細々と営業していた。

当時、パソコンが一般に普及していなかった時代だったので、
ワープロと簡単な画像ソフトを使えた麻田君は重宝され
事務員の中年女性に使い方をレクチャーしているうちに
社長に誘われ、飲み会にも同行するようになった

もう還暦が近い社長は、酒が入ると話がどんどん大きくなった。

「今本社のあるビルは、自分の持ちビルだ」

というくらいは序の口で

「アメリカに支社があって、スペースシャトルの発射場まで
バスで宇宙飛行士を運んでいる」

「中国の高速鉄道に運転手を派遣している」

「オーストラリアにバスの車体30台を使った『バスホテル』を
開店したら、大当たりして連日満員」

などと、少し調べればすぐ分かるようなホラを周りに吹きまくっていた。

麻田君は、バイトの身分で高い酒を飲ませてもらうこともあり、
多少の罪悪感を感じながら、適当に話を合わせるのが常であった。
そうやって否定しないところが好かれていたのかもしれない。

そんなある夜、行きつけのバーで、中年の男性が声を掛けてきた。

「失礼と思いながらも、先ほどからの豪快なお話が耳に入りまして、
社長様のご名刺を是非頂戴させていただきたいのですが・・・」

中年男性は中里さんと言い、
若い頃から旅行が好きで、数か月前に
会社を辞めて小さなツアーを企画する会社を起業したという。

「以前勤めていた機械メーカーから、
お情けで社員旅行などをさせて貰っています。
国内は競争が厳しいので、いずれは海外に拠点を移そうと
思っているんですが、小心者で躊躇しています。
なんとか、社長様にお力添えを頂けないかと思うのですが」

中里さんは何かと言うと、『社長様』と言って持ち上げた。
これがいけなかった、
社長はいつも以上に話が大きくなっていった。

「ヨーロッパのサッカーチームが移動するバスは、
来年から、全部わしの会社で扱うことになったから、
その仕切りをあんたにやってもらおう」

どう考えても、眉唾な話だが、
中里さんはその話をありがたがって何度も頭を下げた。

さらに社長は調子に乗って、

「わしは、とにかく来るものは拒まずでやってきた。
この間も、女房と公認非公認合わせて18人の愛人と一緒に、
全員参加のバスツアーを開催したら大盛り上がりだった。ガハハ」

拒むほど仕事が来たことなんか無いのに
さすがにこんな話を信じる人はいないだろうな、
と麻田君は思ったが、隣を見ると、
中里さんは瞳をウルウルさせて
感極まったような表情で涙を流しそうになっている。

「流石でございますね。わたくしもあやかりたいものです。
嫉妬しあって争うような立場の人達でも
社長の魅力で仲良く集まってくるなんて素晴らしい!」

とすっかり危険レベルにまで心酔し、麻田君にも同意を求めてきた。

「麻田さん。社長様の、この何者をも引き付ける力は
一体どこから来るんでしょうか?」

麻田君は、『嘘ですよ。気づいてくださいね』という願いを込めて

「知りませんよ」

と答えたが、中里さんにはうまく伝わらず、
ニコニコ笑ってさらに社長の武勇伝を聞きたがった


夜も深くなってきた頃、社長がトイレに立った隙に、
中里さんが伝票を持って立ち上がった

「あ。それは・・・」

麻田君は、止めようと声を掛けたが、
中里さんは構わず財布からカードを出してマスターに渡そうとした。

ちょうどそこに社長が帰ってきた。

「何をしとる! バカモノ!
そんな事をする奴とは、金輪際取引などしない! 出入り禁止だ!」

烈火のごとく怒った

そして、伝票を奪い取って会計を済ませる
そのまま、バーを出て行った。

あまりの早業で声を掛ける暇もなく
麻田君と中里さんは、呆然としてその場に取り残されてしまった。

「麻田さん。どうしよう。社長様は
何が気に食わなかったんでしょうか・・・」

泣きついてくる中里さんを見ながら、麻田君は思った。

『あの社長、人に奢られるのは大嫌いなんだよな。
ホラを言って金を出させたら、詐欺になっちゃうから、
どんな時でも、絶対人には払わせないんだ。
それはそれで良いんだけど、
時々、こうして被害者が生まれるのは困ったもんだ』

麻田君は、中里さんが少しでも楽になるように、
欧州サッカーの件はまだ未定で中止になる可能性の方が
高いから、自社でも当てにしていない、と伝えて慰めた。


数か月後、中里さんからメールが届いた。

アフリカのサバンナツアーの会社を現地で立ち上げた
という案内であった。
添付されていた写真には、象の群れの前に立つ中里さんが、
底抜けに明るい笑顔で映っていた。

そして、メールはこんな言葉で占められていたという。

「おかげさまで海外に出る勇気をもらいました。社長様の怒った顔に比べれば、象もライオンも可愛いものです」


おわり





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夢乃玉堂
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