「13号エレベーター」・・・ホラー短編。建て増ししたデパートの怪は。
最近では、エレベーターガールという呼び方もしなくなりました。
そもそも自動運転になってエレベーター係が乗っていることの方が
珍しいですね。
お正月などに振袖姿で乗っているデパートのエレベーター係は、
当時の風物詩として、マスコミの取材もあったのですが、今は昔ですね。
ただ、今でも、
全く外が見えないで移動するエレベーターは、何か別の世界に繋がってしまうのではないかと、時々不安になってしまうのですが・・・それは私だけでしょうか。
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『13号エレベーター』
十数年前、不況のあおりを受けて倒産した、地方の老舗デパートがあった。
地方百貨店とは言え、一時はその街の中核として繁栄し、
建て増しを重ねてフロア面積を広げてきた。
その為、最上階までの直通エレベーターが無く、
7階建ての上層階には4,5階上ると別のエレベーターに乗り継がなければならなかった。
不便だと言う者もいれば、予想外の商品への購買意欲を喚起するという者もいたが、
開店当時の贅沢な装飾が残されているエレベーターは、良くも悪くもこの店の特徴でもあった。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
ドアが開き、エレベーターには誰も乗って来なかったが
明るい制服を着た二人の女性が挨拶をした。
あまり客の利用しないエレベーターは、新人の訓練にも使われる。
二人きりの箱の中で、新人のエレベーターレディ、栗原晴香が、
指導役の先輩大森瑤子に話しかけた。
「主任。前から気になっていたんですけど、
どうしてこのエレベーター13番なんですか?」
大森は上がっていく階数表示のランプを見上げた。その上には、「13号機」と小さく書かれている。
「ここはね、昔バックヤードだったのよ。
何年か前に家具を大規模に扱うようになって、売り場に転用したの。
元々のお客様用は、一桁。スタッフや貨物用は二桁って区別されてた時の名残りね」
「ああ、だから。これだけ妙に大きいんですね」
晴香は後ろを振り返った。30、いや無理すれば40人は乗れそうなくらい
中は広かった。
「私たちは反対したんだけどね、縁起の悪い番号だから。
でも当時のオーナーが気にしない人で、そのままになったの。でもお陰で変な噂が・・・」
「噂ですか?」
「気にしないで、無駄口はこれくらいにして。笑顔を忘れないでね。
次の階で私は下りるんだから、あなた一人で大丈夫?」
「はい。頑張ります」
晴香は大森の方を向き直って、にっこりと笑って見せた。
当時花形職業でもあったエレベーター係は
行先階を聞いてボタンを押すだけの簡単な仕事と思われがちだが、
見た目ほど楽な仕事ではない。
客に何がどこにあるか聞かれることも多いので
売り場や催し物の情報も覚えておかなくてはならないし、
一日立ちっぱなしで、決められた時以外にトイレにも行けない。
このデパートでは、新人は半日だけ先輩と同乗し、後は任されてしまう。
4階から6階までの雑貨と家具売り場の間だけ移動する特殊なエレベーターは
客の利用が少なく、新人が慣れるにはうってつけなのである。
「6階輸入家具売り場でございます」
「6階輸入家具売り場でございます」
次のフロアに着くと、乗ってくる客数人と入れ替わりに、大森は降りていった。
「よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げる主任を見送って、晴香は少し緊張した。
大森が漏らした「噂」の話は、新人研修の夜に同期から聞いて知っていた。
店員が一人でエレベーターに乗ると、どこからも乗っていないはずなのに
いつの間にかお客さんが後ろに乗っていて、じっとこちらを見ている。
という良くある怪談である。
「幽霊より、生きてる人間の方が怖いわよ」
晴香はエレベーター係に配属されて、先輩から警告されていた。
「お客様の中にはガラの悪い輩もいるからね。
特に若い女性だと分かると後ろから近づいて悪戯したり、
耳元でナンパする男もいるから、気を付けなさい」
もちろん、そのような場合の対応マニュアルもあり、
最悪の場合、操作パネルの一番下には、警備室に繋がる非常ボタンもある。
だけど、二人きりになるとさすがに緊張する。
何度目かの往復の後、4階から上る時に、晴香に最初の試練がやって来た。
スーツ姿だがネクタイもシャツも歪ませた男性が一人でふらふらと乗り込んできた。
昼間だと言うのに少し酒臭く、目も座っている。
「ご利用の回数をお知らせ下さい」
「屋上までやってくれ」
「申し訳ありません。こちらのエレベーターは6階どまりでございます。
屋上へは6階から階段または別のエレベーターをご利用くださいませ」
「おお。そうか」
他に客はおらず、とりあえず晴香は6階のボタンを押した。
ドアが閉まると、男の態度が急変した。
「なんだ、コラ。ケチ臭い女め。屋上行け言うたら行けや」
離れていても匂う酒臭さがすぐそばまで来ると尚更きつく感じる。
晴香が何度説明しても、男はただ絡んでくるだけである。
『これくらいのことで、非常ボタンを押して、大事にして良いのだろうか、
マニュアルでは、どうだったかな。お客様を不快にさせないことが大前提って
教わったけど。こんな時は・・・』
酒臭さと男の熱気で気持ち悪くなってきた晴香は、
非常ボタンに手を添えて、押すかどうか迷った。
その時、ガタン、と音がして、照明が何度も瞬くとエレベーターが止まってしまった。
晴香は慌てて、操作パネルのボタンを何度も押した。
上の階、下の階、開く、閉じる。どのボタンも消えたままで藩王が無かった。
「なんで? こんな時に故障?」
「こんな奴といる時で悪かったな。こんな時こそ好都合やないか」
こんな時、という言葉が、酔っ払いの耳に入ったらしく、男は体を揺らしながら
更に近づいてきた。
晴香は両手で押せるだけのボタンを押した。勿論、非常ボタンも。
すると、照明が再び瞬き、エレベーターの中の温度が急に下がって来たような気がした。
男が体に触れようとする瞬間、晴香は男の肩越しに立っている男の人を見た。
着ている青い服よりもさらに青白い顔をして、無表情で断っている。
「いつの間にもう一人乗られたんだろう。乗った時に私、頭を下げただろうか」
妙に冷静な気持ちで晴香は仕事の作法を頭に浮かべた。
だが、乗っていたのはひとりではなかった。
青白い男の後ろにさらに3人。その後には5人。同じように無表情な男たちが立っている。
だが、中の空気は冷たいままだ。こんなに大勢が乗ったら、空気が熱く感じる筈なのに。
晴香は男たちの後ろをよく見た。
「ひえ!」
晴香は思わず声を上げた。
青白い服の男たちは、エレベーターの両方の壁から湧き出るように現れていた。
あっという間に、40人乗れるエレベーターが一杯になった。
「いつ。こんなに乗って来たんだよ、ああ?」
酔っ払いが突然の混雑に混乱していると、ドアが開いた。
そして、まるで氷が流れ出るように、青白い男たちは冷気と共に一斉に外へ出て行った。
「あっ」
人の流れに巻き込まれて、酔っ払いの男も外へ連れ出されてしまった。
晴香が手を伸ばす間もなく、ドアは閉じてしまい、ウィーンと静かなモーター音をさせて
エレベーターは動き始めた。
ほど無くしてモーター音が止まり、再びドアが開いた。
そこには、見慣れた6階の家具売り場が広がっていた。
乗ってくるお客がいないとわかり、やってはいけないと思いながらも
晴香はその場にしゃがみ込んで呼吸を整えないではいられなかった。
家具売り場の隅から新人の仕事ぶりを遠目に見守っていた大森が
不穏な空気を感じ取って駆け寄って来た。
「大丈夫?」
「あの青い人が・・・」
とそこまで言ったところで大森は、晴香の言葉を遮った。
「もう今日は良いわ。上がって帰りなさい。」
「でも、仕事が・・・」
「良いから。後は私がやるから。良い。何も聞かないで、それと何も言っちゃだめよ」
エレベーターから追い出されるようにして出た晴香は、そのまま仕事を終えて自宅に帰った。
翌日から晴香は、なぜか元からある一桁番のエレベーターの担当となり、
一週間、大森が同乗してくれた。
あの日の酔っ払い男がデパートを出て行くのを見た人は無かったが、
きっと気が付かないうちに出て行ったんだろうと、晴香は自分を納得させた。
デパートは、さらに改装が行われ、家具売り場とは反対の敷地に別館が建てられたことで
13号機にエレベーター係が乗ることは無くなったという。
おわり
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