「トラブルの多い怪談会」・・・ホラー短編。心霊現象が起こるという怪談会に参加してみると。
『トラブルの多い怪談会』
「心霊好き・怪談好き」と言っても皆が皆同じ事をするわけではない。
心霊スポットに行くのが好きな人。心霊写真やいわくのある秘仏やミイラなどを見るのが好きな人。怪談や体験談を聞いたり集めたりするのが好きな人など、色々なタイプがいる。
里谷恵一と私は、怪談会巡るマニアである。
怪談会の告知を見つけると、多少遠くても参加した。
その夜も関東近郊の地方都市で行われる、ある怪談会を二人で訪れた。
会場は2時間以上も電車に乗り、少し寂れた印象の駅からさらに15分ほど歩いた場所にある小さなライブハウスである。
なぜそんな場所まで足を延ばしたかと言うと、本当の心霊現象に出会える可能性があったからだ。
この怪談会は、初めて開催された時にマイクが途中で壊れ、予定していた話を半分以上残して中止となり、二回目は会場のビルが原因不明の停電。
三回目は会場を変えて行われたが、火災報知機の誤作動で消防車が出動、レスキュー隊員がドアを破って入室するというトラブルに見舞われた。
「今回は4回目だ。きっと大きな事件が起こるに違いない」
「何とか奇怪な事件を体験したい」
駅でビールを買い込み、ほろ酔い気分で会場に入った私たちの期待度は、開演前から最高潮に達していた。
私たちは、何かが起こることを求めてたくさんの怪談会を巡っていたが、今まで一度もトラブルに遭遇したことは無かった。
「奇怪な事件が起こる怪談会」として一部の怪談マニアの間では有名な、この会に賭ける思いは二人とも相当なものだった。
やがて開演時間になり客電が落とされると、壇上に4人の語り手が現れて、実際に体験したという怪談を語り始めた。
話しを聞きながらも、私たちの関心は「何かトラブルが起きないだろうか」であった。
しかし、その期待は見事に外れ、90分の怪談会は無事に終了。
特にトラブルなどは起こらず、主催者たちがホッと胸を撫でおろしているのが感じられた。
「こんなこともあるさ」
ライブハウスを出て、天空に輝く細い月に厚い雲がかかっていくの見ながら
私は呟いた。
だが、里谷は収まらなかった。
「こんな禍々しい月が出ているのに、怪奇現象が何も起こらないなんておかしい!」
大きすぎた期待が、アルコールも手伝って怒りに変わっていた。
主催者には全く責任の無い怒りである。それどころか、普通なら無事に会を終わらせた功績を称えられるべきで、観客たちも多少のガッカリはあっても満足していたはずであった・・・里谷を除いて。
ついに里谷は、
「一言文句言ってくる。先に帰っててくれ」
と私に言い残すと、ライブハウスに引き返していった。
憤懣やるかたない思いを、せめて残っているスタッフにぶつけて
うっぷんを晴らそうというのだ、さすがに付き合いきれず、私はひとり電車に乗った。
少しお酒も入っていた里谷は、
「ここに来れば心霊体験ができると思って新幹線まで使ってはるばるやって来たのになぜ何も起こらないのだ。怪談が実際の体験した話じゃなくて実は創作だったんじゃないか。そうでなければ、マイクも照明も故障しないで、不思議な事が全く怒らないなんておかしい!」
などと、おそらく30分以上は、主催者やスタッフを相手に、クレームを付け続けたようである。
ようである。・・・というのは、その夜から里谷の行方が、分からなくなったからだ。
翌日から会社に出社せず、自宅を訪ねてももぬけの殻。
心配になった私は、後日怪談会の行われた会場を訪ねて聞いてみたが、
不思議な事に、ライブハウス側にも主催者側にも、里谷にクレームを付けられたというスタッフは見つからなかった。
ただ一人、地元のスタッフが、ライブハウスから自宅に帰る途中、
電灯もない田んぼの真ん中で、一人で喋り続ける里谷らしき人物を見たと話してくれた。
そのスタッフは、目の前に誰もいないのに、恐ろしい形相で話し続けるその姿が怖くなって、声もかけずにその場を離れたという。
そして・・・今も里谷は消えたままである。
私はそれ以来、怪談会に行くのをやめた。
おわり
TVの怪奇特集番組などで、取材中に突然ライトが切れたり、カメラやマイクが不調を起こしたりするのをご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。
怪談会や百物語の会では、不思議な現象が起こる、という話をよく聞きます。観客の多くは、そういうトラブルを心待ちしているのかもしれません。
そんな心の隙には・・・。
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