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「麻田くんつかまる!」・・・イタリア旅行の果てに


「アドリア海の女王」とも言われる美しい街、ベニス。

ヴェネツィアとの呼ばれ、イタリア北東部のラグーナと呼ばれる潟にある水の都で、歴史ある建物の間をたくさんの水路が走り、ゴンドラや水上バスが主な交通手段です。

後輩の麻田くんがこの美しき歴史の都を訪れたのは、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」に感化されたためでした。

「映画に負けないくらい美しい写真を撮って、写真集を作るつもりです」

と宣言して、出発した麻田くんは、到着した初日からベニス中を歩き回り、
たくさんの写真を撮りまくったそうです。

その日の夕刻、麻田くんは水路から見上げた街並みを撮影しようと思いつきました。

ちょうど水上バスが出発しようとしていましたが、切符売り場はかなり離れた場所にあり、
「乗ってから車内で切符を買えば良いや」と思った麻田くんは
乗り場からチェーンをまたいで水上バスに飛び乗ったのです。

それを見ていたのでしょうか、水上バスの車掌が近づいてきます。
麻田くんはこれ幸いと手を振って、

「切符を持ってないんだけど、ここで買いたい」
と話しかけました。

ところが、車掌は、「無賃乗車だね。警察に行こう」と言うのです。

「いや。違います。切符を買う時間が無かったので、船内で買うつもりだったんです」

麻田くんが何度も頭を下げて必死に説明をしても、たどたどしい英語混じりのイタリア語では混乱が増すばかり、車掌は全く取り合ってくれません。

結局、罰金も加算され倍額を支払い、ようやく許してもらったのでした。

とまあ色々あったのですが、その後も撮影旅行は続き、麻田くんはたっぷりの写真と共に無事帰国することが出来たのです。

さて、帰国して数日経った麻田くん。現地のトラブルは忘れてしまい、
撮った写真を自慢したくてたまらなくなってしまいました。
そこで自宅に同僚3人を招き、凱旋報告会を開くことに。

「ベニスはもう見切ったね。ベニスで知りたいことがあったら、何でも聞いてよ」

酒も入って良い気分になり、撮影した写真に入ったipadを渡して見てもらいながら、麻田くんはいかにベニスが美しいかをとうとうと語り続けたのです。

ベニスかぶれの弁舌が最高潮を迎えた頃、
ひとりの女の子が話を遮って声を上げました。

「私、知りたいことがあるの!」

「え。何? あ、まあ、何でも聞いてよ」

「この写真はどんなシチュエーションで撮ったの?」

彼女が見せた写真は、
頭を下げて謝る麻田くんの困り果てた顔の写真。
肩越しに真っ赤な顔をして怒っている車掌さんまで写っています。

水上バスの上で謝っている時、手に持ったカメラのシャッターが、何かの拍子に押されていたのです。

まさかそんな写真が勝手に撮られているとは考えもしなかった麻田くんは
確かめもせずに、撮った写真のデータの入ったipadをそのまま友人たちに渡していたのでした。

「ねえ。教えてよ。ベニスで知りたいことは何でも教えてくれるんでしょ。
きっと面白いことがあったんでしょう? ねえ」

嬉しそうに聞いて来る友人たちの期待を裏切るようなことは、麻田くんには出来ません。根底に潜むウケを狙う気質がムクムクと顔を出したのでした。

「仕方ないな」

と困ったようなセリフで語り始めますが、その顔には嬉しさが滲んでいました。こうなるとipadをそのまま渡したのも、実は最初から企んでいたのか、と疑いたくなります。

その目論見(?)通り、その夜の凱旋報告会は爆笑の渦に包まれたのです。しかし翌日から、予想外のことが起こりました。

事あるごとに、友人たちが「切符持ってるか?」と麻田くんに言ってくるのです。

列車やバスに乗る時はもちろん、タクシーや営業用の社用車。果ては、エレベーターに乗る時にさえ、耳元で囁かれます。

「麻田。切符持ってるか?」

言われ続けて、一時はノイローゼ気味の麻田くんだったのですが、今では

「おかげで、定期券や財布を忘れる事が無くなったよ」

と、開き直っているのでした。


               おわり


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夢乃玉堂
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