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小さな背中と窓ガラス
台風の影響で雨が続いている。
こんな日は敢えて部屋の電気を消して過ごす。曇天の仄暗さは湿気と低気圧で弱っている私に優しい。夕飯を作る時間まで休もうと横になると、視神経の鈍痛が睡魔となって瞼に比重を移していく。
微睡みの中で思い出すのは、幼い頃の雨の休日。
女手ひとつで子を養う母が寝返りも打たずに寝ている。兄弟はそれぞれの場所で母が起きるのを待つ。ベランダへ繋がる掃き出し窓の前が私の居場所だった。
ヒビ割れたワイヤー入りの窓ガラスに小さな背中を預けると、雨風で冷えていて気持ちいい。体感温度が下がったところで、度が合わなくなってきた眼鏡越しに児童書を読む。
文字を追うのに疲れたらもうやることがない。元々6人住んでいた2DKの空間をただ眺める。
寿命が近いエアコンの低く唸るようなモーター音。
畳まれずに積み上げられた洗濯物の山。
イヤホンをして対戦ゲームに興じる兄たち
兄たちの隙間で体育座りの弟。
棚からはみ出たジブリアニメのVHS。
父が置いていったブラウン管モニターとパソコン。
何度も雨が吹き込んで陥没した畳の縁。
きっとあれが私の原風景だ。
裕福ではなかった。あの頃は誰かのせいにするなんて考えもなかった。親になった今、母の苦労だって理解している。寂しいと思うことすら我が儘だと思っていた。
今は違う。幼いながらも感じたあの遣る瀬無さをなかったことしたくない。優しい記憶だけではきっと今の私は成り立たない。湿った感情や仄暗い記憶が影となり、足元から背中へと這い寄って私の輪郭を縁取る。
今は遠き、小さな私の休日。
私を形成した日々。
スマートフォンのアラームが鳴る前に現実へ帰ってきた。でも、まだ目の奥が重たいからもう少し寝ることにした。雲に阻まれてながらもようやく届いた光は、閉じた瞼によって完全に途絶える。さっきよりも激しい雨音だけが気怠い体に染みていく。
タオルケットに包まれているはずの背中がほんの少し冷えていた。