6年3組 問題児選抜クラス 密告係K君
「いつも先生に捕まって怒られるのは僕だけさ」
この言葉を聞いたとき、とっさにある歌詞が思いつく方はいらっしゃるだろうか。いるとしたら、とてつもない記憶力の持ち主か、大の合唱ファンであろう。
答えは、合唱曲「see you」の中の一節である。
私が通っていた小学校ではこの歌を授業中によく合唱していた。
合唱に力を入れていた学校(どんな学校?)ということもあって、大人になった今でも歌詞を口ずさむことができるくらいには強く印象に残っている。
この記事を閲覧していただいた皆様の中には、「なぜこの歌詞が急に?」と思われる方も少なくないと思う。
なぜ唐突にこの歌詞が出てきたのかというと、この歌詞が脳裏に浮かぶ度に、それに紐づいたある事件を思い出すからである。既に解決済みであるため、ここで供養しようと思う。
それは13年前、小学6年生の頃の出来事だった。
*
「おい、図書館近くの森に"宝"があるらしいぜ!今度行こうぜ!」
給食を食べ終わった昼休み。給食当番が食缶を片付けるために給食室に向かって列をなす横を通り抜けるように校庭に向かっていた我々を、ガキ大将まさやの大声が止める。
「森」や「宝」などのワードは当時の僕たちにとってはゲームの世界でしか聞きえないような言葉であった。僕の脳裏には、緑の帽子と衣服に身をまとった鼻の高い少年がキラキラ光を放つ宝箱からアイテムをとる画が浮かんでいた。
「なにそれ、おもしろそ!」
友達のしょうたがノリノリでまさやの提案に乗っかる。
予定していた20分間のドッチボールは急遽ミーティングへと変わった。
まさや曰く、小学校から歩いて15分のところにある図書館の近くに大きい雑木林があり、そこに巨大な洞窟のような穴があるとのこと。そしてその洞窟の中には宝箱があるというのだ。
まさにゲームの中の世界じゃないか。胸が躍った。
我々の市は中央に小学校があるような地域で、校門を横切るように15分まっすぐ歩くと図書館がある。そしてその図書館の向かいには広大な雑木林が広がっており、よく子供たちが鬼ごっこをして遊んでいる。
私はその雑木林に隣接する幼稚園に通っていたため、その雑木林でよく友達と遊んでいたが、確かに広い土地であるので、私が知らぬところにまだ見ぬアドベンチャーが眠っている可能性は否定できなかった。
当時は秘密基地などを勝手に作って遊んでいた年頃である。満場一致でその宝箱を発掘しに行こうという話になった。
今でこそ自他ともに認める「超真面目人間」であるが、そんな僕ですら6年生の頃は悪ガキ真っ盛りであった。今思い返せば小さいことだが、6年生の悪知恵で思いつくことは全てやっていたと思う。他地区の小学校と共同で使っている公園では野球グラウンドの奪い合いで殴り合いの小喧嘩(と入っても「ぽかぽか」という擬音がお似合いくらいの、劣化版東〇リベンジャーズである)をしていたし、習い事でプールに向かうバスの中では他校の生徒と罵り合ってお互い持ち寄りのお菓子のグミを投げ合っていた。そんなしょうもないことばっかりやっていたが、当時はそんな愚行が、そんな愚行を必死にやっている自分と仲間が好きで、誇りに思っていた。たまたま6年に上がったタイミングで皆が同じクラスになり、「俺たち問題児選抜クラスだな」と笑い合っていた。井の中の蛙ここに極まれり、である。
そんなアホ小学生集団である。ただ宝箱を発掘しにいくだけではつまらない。僕たちがゲーム画面の中で見ていた主人公たちはTシャツ短パンのみで宝箱に到達することはありえない。宝箱を発掘しに行くのにも武器や防具、何よりも「ストーリー」が必要だ。作戦は来週の土曜日に決行。各自宝箱の発掘に必要な道具を買いそろえようという話になってその昼休みは終わった。
その「冒険」のパーティは以下の通りに決まった。といってもいつもと変わらないメンバーなのだが。
まさや・・・このパーティにおけるリーダーである。先頭を歩くまさやは、懐中電灯を持ってくる担当になった。「やんちゃ」を言語化したような存在で、しょっちゅう小さな問題を起こしては先生に叱られている。「小さな」というところが重要である。
しょうた・・・サブリーダー。実家が裕福で、きっと色々なものを持ってくるだろう。昔家に行ったときにエアガンの種類の豊富さを自慢されたので、きっとエアガン(武器)担当は彼で間違いない。
こうたろう・・・少し小太りの彼は、食べるのが大好きで、給食で休みの人が出た際のスイーツお代わりじゃんけんの常連である。集団で一緒に野球をして遊んでいると、一人勝手に抜けて10分歩かないと辿り着かないスーパーで10円ガムだけ買って帰ってくる。消費カロリーが見合っていない。
しゅんや・・・私の一番の親友。家も近く、幼稚園の頃からよく遊んでいた。沢山家にゲームがあり、よく家に遊びに行ってはゲームを遊ばせてもらっていた。
僕・・・野球では一番ショート。右投げ左打ち。
僕はしゅんやと〇ンキ・ホーテに行って宝箱の発掘に必要なものを買いそろえに行った。懐中電灯はまさやが持ってくるだろう。しょうたは親が裕福だ。エアガンなどの武器はしょうたにまかせよう。各メンバーの特徴、性格、実家の太さなどを考えて、自分たちに必要なものを探し売り場を1日中ぐるぐる回った。
あれこれ考えながらぐるぐるしていたが、結局買ったのはロープと人数分の軍手だった。(というか高いものを買えるだけのお小遣いは当時持っていなかった。)誰かがトラップの落とし穴に引っかかって落ちたらこのロープを垂らせば戻ってこれるだろうと思っていた。引っ張り上げるだけの握力があるかは重要ではない。ロープがある安心感が重要なのだ。軍手はそのすべり止めである。
これで必要なものはそろった、後は作戦当日を迎えるのみ、と買い物を終え意気揚々の僕たちは〇ンキ・ホーテを後にした。
それからも貴重な給食後の昼休みはドッチボールではなく宝探しのミーティングの時間にあてられた。当日何時に集合するか。並び順はどうするか。トラブルがあった際の合図は。一つ一つ作戦を丁寧に練っていく。
作戦を練れば練るほど、皆の結束はかたまり、この作戦で失敗するはずがないと誰もが思うようになっていった。
作戦決行の前日夜。布団の中で高揚した気分を押さえられなかった僕はずっと眠りにつけなかった。明日出会えるであろう宝と、それを阻む敵の存在に空想を巡らせ、僕はさながら物語の主人公になった気分でいた。
既に準備していたバッグの中には、購入物の軍手とロープがパンパンに入っていた。
作戦決行日の朝10時。空は旅路を祝福するかのように晴れていた。
各々宝の発掘に必要な道具を持参して、俺たちは森の入り口に集まっていた。打合せ通り、まさやは大きい懐中電灯を持ってきており、しょうたは人数分のエアガンを持って来ていた。ロープと軍手もバッグにしまってある。洞窟の近くで皆にお披露目だ。完璧な布陣だった。1点を除いて。
こうたろうが一向に姿を現さない。こうたろうくんは突飛な行動をとることはあるものの、根は真面目な性格で、遅刻をするタイプの人間ではなかった。こうたろうが遅刻することなんて珍しい。まさか今から行われる大冒険に恐れをなしてしまったのか。こうたろうが来ないまま10分が経過していた。
予想外の出来事に戸惑いつつ、こうたろうを誰が迎えに行こうか、という話をしていた時に、遠くから大きな音が鳴り響いた。
「ガシャン!ガシャン!ガシャン!」
休日の朝10時はまだ出かけている人も少なく、周囲は静かだった。とうてい静かな森には似つかわしくない大きな音が聞こえてきて、俺たちは音の方向に目をやった。
「ガシャン!ガシャン!ガシャン!」
そこにはバカでか脚立を引きずった汗だらだらのこうたろうが笑顔でこちらに向かって歩いてきてた。こうたろうのダサいTシャツは汗でグショグショに濡れていた。鼻水も垂れている。
皆は引いていた。俺たちはゲームの中で見るような冒険の感じをやりたかったのだ。洞窟の中を照らすライト。敵が現れればエアガンで倒し、ときに穴に落ちた仲間をロープで救い出す。そんな身に収まる範囲内で冒険を楽しむ予定だったのだ。
こうたろうはバカでか脚立を持ってきていた。あとで聞くとロープの代わりになると思ったという。それはミーティングで一切話題に挙がっていなかった。自分の身長を凌駕するほどの脚立を引きずるこうたろうを皆冷めた目で見ていた。こいつパーティに読んだやつ誰だ。
膝に両手をついて肩で息をするこうたろうを横目に、私たちは気を取り直し、冒険の準備を進めた。一行は森の中を目指す。案内役はまさやだ。洞窟に近づくにつれて、胸の高鳴りと比例するように、歩くテンポが速くなっていく。5分も歩けば宝箱があるとされる洞窟の目の前に到着していた。
「おお!」冒険をする少年たちの声は熱を帯びていた。
その洞窟の入り口には心を惹かれるものがあった。「入るな!」という看板の横に、木材を横に渡して入り口に封をしてある穴があった。恐らく穴を飛び降りると洞窟の入り口で、そこから中に進むような構造になっているのだろう。ペンキで粗暴に書かれた「入るな!」という文字と、経年劣化では今にも瓦解しそうな木材に、この洞窟の歴史を感じる。
まずは下に降りねばならない。ここは私たちの出番だと、俺はロープをほどき、木材をどけポッカリと空いた穴にロープを垂らす。友達は懐中電灯をつけて穴を降りる準備をした。ロープは細すぎて全然使い物にならなかった。木材をどけ、まさに穴に飛びこもうとしたときに、突如森林に怒号が響き渡る。
「おい!!!お前ら!!!何してるんだ!!!」
余りの怒声にまだ地上に残っていた俺たちは声のする方向を向いた。齢70くらいのおじさんがこちらに向かって剣幕の表情を浮かべながらこちらにむかってぐんぐんと歩いてくる。あまりの出来事に、縛りの呪文をかけられたように身動きがとれなかった。敵と呼ぶにはあまりにも人間過ぎて、エアガンを撃つのはためらわれた。「人に向かってエアガンを撃ってはいけません」お母さんの教えが脳裏に響く。固まっている間におじさんが俺たちのところまできた。おじさんは声を荒げて聞いてきた。
「何をしている!?どこの小学校だ!?名前は?住所は?」
我々はこの辺りで薄々気づいてきた。「あれ・・・?もしかして俺たち悪いことして学校に通報されそうになってる・・・?」
いや、しかし負けてはいけない。これは「ストーリー」攻略のために戦わなければいけない敵なのだ。たとえ学校や名前がばれようと、自分の正義を貫いて戦わなければいけないときがあるだろう。そんな奴らが集まったのが、この集団なのだ。今日は俺たちが人生の主人公だ。
しょうたが口火をきった。
「覚えていません。」
幼稚園生ですらつかない嘘だ。覚えていないわけがない。悪ガキを自称していたくせに先生などに怒られることに対して一段とビビり散らしていた俺たちは、「いえ、覚えてません」などと幼稚園生ですらつかない嘘をついていた。
「待っとけよ!今メモ取りに行ったん戻るから!!」
おじさんはメモを取りに一旦家に戻っていった。私たちの出自を書き起こし、学校に通報するのだろう。急遽臨時ミーティングが始まった。
「どうする?何ていう?嘘をつく?」
「いやでも学校近いしばれるって」
「知らないフリしてたら大丈夫だろ!!」
結論も出ぬまま焦り倒し、気づいたらおじさんはメモを持ってこちらに向かってきていた。誰かが叫びだす。
「逃げろ!!!!!!」
恥も外聞もなかった。誰の声かもわからぬその声にはっとなり、気づいたら皆走り出していた。逃亡を図ったのである。さすがにおじさん相手に走り負けるほど動きは重くない。5分も走っていればおじさんの視界からは消えるだろう。逃亡は成功だった。
1人を除いて。
「待ってくれ~~!」ガシャン、ガシャンと鳴り響く音が徐々に遠くなっていく。ただでさえかけっこが早くないこうたろうに脚立は負債すぎた。
逃亡のさなかチラッと後ろを振り返ると、鼻水と汗でぐしゃぐしゃになったこうたろうのTシャツは、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
皆が引くほどでかい脚立を持っていたこうたろうだけおじさんにしっかり捕まり、小学校の名前、共犯者の名前を一言一句、それはそれは正確にしっかり自白していた。
こうたろうの完璧な自白により、小学校に精度120%の情報が入り、俺たちは御用となった。担任の先生と校長先生、犯行グループで後できちんとおじさんに謝りに行き、実害もなかったとのことでこの件は解決した。
「お前らは最悪の人間だ。」
職員室で校長先生に言われたその言葉は今でも忘れられない。
「最悪の人間」という烙印を押されたまま小学校を卒業した僕は、中学校に上がってからは、真面目に学校生活を過ごすようになった。
*
今でもたまに懐かしくなって、当時合唱していた曲をYouTubeで聞いている。あれから月日は立ったが、今の私は「最悪の人間」と「see you」できているのだろうか。
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