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「境界域知能」を調べて、「自尊感情」が生きづらさを生んでいる可能性を知った。

今の社会の中にはなじみにくい特性を持った方々に向け、「ギルドケア」という支援活動をつづけている私たち。「保護を与えるのではなく、機会を与える」という考え方のもと、一人ひとりの状況を理解し支援内容を調整しながら提供しています。
(ギルドケアについてはコチラの記事で紹介しています)

今の社会に生きづらさを感じる方々の実態を私たち自身も深く理解し、また多くの方にも知っていただき、一緒に支援に取り組む仲間になれたらと思い、noteでの記事更新をつづけています。


一見ふつうに見える人の生活を知り、「なぜだろう?」と感じた

ギルドケア活動を通じて、私たちは日々多くの方々と接しています。市役所などの協力先から続々と支援相談が届くため、多い月には数十件の支援相談に対応します。住む場所に困っているケースでは、支援対象者に私たちの寮を提供することもあります。そのため、仕事面での支援だけでなく、支援対象者の生活に触れる場合も出てくるのですが、彼らがさまざまな背景を持っていることに毎回気づかされます。

毎日おいしいお酒を飲むことを楽しみに働いている方や、ゲームが好きで新しいゲームが発売されたら躊躇なく購入して遊ぶために働いている方、植物を育てるのが好きでお部屋の中でも大切に観葉植物を育てている方など、本当に人の数だけ価値観があり、それぞれの生活の形があるのだと実感します。私たちも一番近くにいる他人として、おせっかいではありますが、一部の方に対して飲みすぎを注意したり、お部屋の掃除を促したりすることもあります。そうした関わりの中で、ごくたまに気になる状況にであいます。

基本的な立ち居振る舞いは問題なく見えるのですが、ほんの少しコミュニケーションにずれが感じられる方が稀にいらっしゃいます。仕事で一つ先の対応を想定できなかったり、急に集中力が低下するのを感じたり。そんな方々の生活を見ると、私たちの想像を超える状況だったりするんです。
たとえば住んでいるお部屋が足の踏み場もないほどゴミだらけだったり、収入を大幅に上回る買い物を辞められなかったり、何度も督促状が届いている税金を(払えるだけの収入があるのに)滞納していたり。

やらないといけないことを先延ばしにすることは、誰にでもあることだと思います。ただ、彼らの場合はその程度が極端だと感じました。さすがに仕事や健康にも影響が出そうな場合には私たちも指摘するのですが、わかってはいても本人にもどうにもできない、という場合が多かったように思います。仕事のようにやることが定まっていて、役割に最適な環境や設備が整い、チームで支え合いながら動けるような状況では問題ない人でも、こと自分の生活となると合理的な思考や適切な行動をとる能力を失ってしまうようでした。

実際にこうした状況にあるのは、多くの支援対象者の中でもごく一部の方たちです。人間には一人ひとりさまざまな特性があると認識してはいましたが、こうした事態に直面した後は頭に湧いた疑問がなかなか消えませんでした。なぜ自分が不利になると分かっていて、必要な行動が起こせないんだろう、と。そんな中、ある言葉を目にして少し視点が変わる経験をしました。それが、今回のテーマ「境界域知能」です。

「境界域知能」-周りには気付かれにくい生きづらさを抱えた人たち

皆さんは「境界域知能」という言葉をご存知でしょうか。調べたところでは、いわゆるふつうの方々のIQ(Intelligent Quotient)は90~109程度と言われていますが、この値が70~85程度に当たる場合「境界域知能」となるようです。対象の方々の支援目的でつくられた言葉だそうで、診断名ではないうえに公的支援対象にもなっていません。この層の方は日本国内でおよそ1700万名いるとされており、日本国内人口のおよそ14%が該当します。学校で言えば1クラス35名の中に4名は該当者がいる計算になります。

彼らはいわゆるふつうの人なら困難を感じないようなシーンで、戸惑ったりすることもあり、その不適応から自尊心を低下させたり、対人関係の構築に困難を感じていく傾向もあるようです。たとえばIQが70未満の方ならば自治体に届け出ることで療育手帳を交付され、就労支援や生活上の支援、経済的な支援を受けられることもあります。ただし「境界域知能」の方々は対象外です。ぱっと見ではふつうの方々と区別がつきにくく、周囲の方には理解してもらいにくい生きづらさを抱えて生活しています。結果として社会的孤立や未就労、経済的困難に陥る可能性があり、最悪の場合は触法行為や抑うつ、自殺行動などのリスクも懸念されています。

「境界域知能」に該当する方々については、近年福祉や教育分野で注目され始めてはいますが、まだまだ社会に広く知られているとは言えない状態です。おそらく、彼らと同質の生きづらさを抱えた方々がまだまだ社会の中にたくさんいる、ということなのでしょう。

「自尊感情」が、生きづらさを生んでいる可能性

本来、人間は一人ひとりが違う特性を備えているため、IQなどの基準に沿って線を引き枠を設ければ、そこから漏れる人が出てくるのは当たり前のことです。そのため私たちは普段枠を設けず、幅広い方々を対象に支援を続けています。ただ今回は「境界域知能」という層について調べてみることで、皆様と一緒に支援対象者の理解に一歩踏み込めればと考えました。一つ「境界域知能」を調べていた時に見つけた記事をご紹介します。


軽度知的障害・境界域知能の支援フレームと課題
─医療・福祉・教育から考える─

発達障害研究 第44巻 第1号 2022年

PDFに簡潔にまとめられたシンポジウムの記事です。出版社は「日本発達障害学会」、企画者は橋本創一 教授(東京学芸大学)でした。いくつかここでお伝えしたい内容がありましたので、一部引用したいと思います。現状の特別支援教育や障害福祉分野の課題について触れている文章です。

(1)軽度知的障害(境界域含む)は,原則,何らかの障害福祉分野の支援が必要な人である(「希望する人が支援を受ける」ではない).
(2)障害福祉分野では「自らの能力を知り」「身の丈に合った生活」が求められ,当事者にとっては「必要な支援」と「自尊感情」との対立が起きやすい(サービス利用には相当な覚悟がいる/困り感が弱いと利用しない?).
(3)特別支援教育の領域では「障害とはじめて向き合う時期」が,障害福祉分野では「年齢(世代)」が支援を考えるうえで重要なポイントになる.
(4)障害の有無による分け隔てのない社会で,『軽度知的障害者等』は,「希望する人に対して支援をする」ではなく,原則「何らかの支援が必要な対象者」と考え,施策や支援方法を検討すべき時代にきている.

(軽度知的障害・境界域知能の支援フレームと課題 ─医療・福祉・教育から考える─)

※今回気になった箇所を太字にしています。

発達障害研究 第44巻 第1号 2022年

現状の障害福祉分野では、支援対象者は「身の丈に合った生活」を求められるため、「自尊感情」からサービスを利用しないのでは?といった視点が紹介されていました。特に一目でわかるような症状がない「境界域知能」の方の場合は抱える困難さに対して周囲からの理解も得にくく、制度や支援活動の狭間の中で暮らす場合も多いのかもしれません。

また、記事内では、こうした現状に対して我々社会を構成する側が変化していくことが有効だと述べていました。こちらも一部引用します。

軽度知的障害・境界域知能のある個人への「理解・把握」「支援・サービス」が優先的であるが,一方で周囲そのもの(社会,制度,教育のあり方等)が変化することによって,本人の活動参加や社会参加につながると考えられる.それは「ありのままを受け入れる」といったものではなく,困難さへの自己理解や支援要請がなくても,活動と社会参加につながる環境調整としての周囲の理解教育の領域であり,ユニバーサルデザインによる授業づくり・支援がその一例だろう.

(軽度知的障害・境界域知能の支援フレームと課題 ─医療・福祉・教育から考える─)

※気になった箇所を太字にしています。

発達障害研究 第44巻 第1号 2022年

そもそも生きづらさを抱えている方々は、これまで受けてきたプレッシャーや「自尊感情」もあり、自分たちからは声を挙げにくいもの。だから社会の側があらゆる特性を持った方に向けてサービスデザインをしていくことで、彼らが社会に参加しやすくなります。「境界域知能」に該当する方々の理解を進めることと並行して、社会を構成する我々側から起こせる変化を提言されていました。

社会の速度は、何段階あってもいい

本記事の冒頭で例として挙げた方々の中にも、もしかすると「境界域知能」の方が含まれていて、本音では何かしらの支援を求めていたのかもしれません。ですが、周囲から「仕事ができるなら、生活も問題ないでしょ?」という無意識のプレッシャーを受けつづけ、本音を伝えることを諦めた可能性もありそうです。そう考えると「自ら不利になるような判断をあえてする」など、私たちが理解できなかった行動についても説明がつきます。一見何不自由なくはたらき生活できているように見えるからこそ、「自尊感情」から助けを求める声を挙げにくいこともあるのだと思います。

今回「境界域知能」について知ることで、また一つ、知らなかった世界を見るためのヒントが得られたように思います。では、彼らに対して、より配慮した支援とはどんなものがあるのでしょうか。

社会全体が変化していく速度はどんどん上がってきているように感じます。AIや宇宙開発に関する事業は注目を集め、そのスピードについていけないとつい自分を社会の重荷と感じてしまうかもしれません。あらゆる状況を自己責任に帰結させる今の社会には、そんな方々を都合よく利用し始める(搾取する)仕組みも生まれてきているように見えます。特に狭間を生きている「境界域知能」の方々は、「やる気や意思がある姿勢」を見せなければと「自尊感情」を働かせて負の連鎖を生んでいる可能性もあります。

ですが、社会を構成する人々は依然として多様です。全員がイノベーションを目指す必要はもちろんありません。メディアを通して伝えられるスピードにとらわれすぎず、「境界域知能」の方々を含め、一人ひとりに適した速度で生活をしていければいいと思うのです。適正がある人々に社会の先頭集団を任せ、私たちはギルドケアを通じて、毎日をじっくり生きていく人々とともに、多くの方が安心して生活できる社会の中核基盤をつくっていければと思います。

おまけ:Instagramのご紹介

私たちは定期的に懇親の場として食事会を開催しています。仕事の場では時間や役割を気にして、話しにくいことだってあります。だから気楽に、お互いが一人の生活者に戻って不安も希望も話し合える場をつくっているのです。下記Instagramでは、自社の畑で採れた野菜をつかい季節や行事を反映した献立や、食事会の様子などを発信中です。よろしければ、ぜひご覧ください。
https://www.instagram.com/guild__inc/


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