連載『あの頃を思い出す』
9. 間違えた場所・・・5
「こんにちは」
不意に話し掛けられ、
「ハル…!? あ、秋くん」
笑顔からの落胆…相手に失礼だとは思いつつも、今の尚季(ひさき)の心境ではそれを取り繕うこともできなかった。
「お久しぶりです」
「ホントに…。元気だった?」
無理もない、彼は尚季のかつての恋人であった春陽の弟〈辻秋晴(あきせ)〉だった。
「えぇ、まぁ」
ご機嫌を窺いあう相手ではあったが、あまり歓迎できない相手でもあった。
「子どもたちは元気ですか?」
その言葉にはひどく胸を突かれる思いがあった。
「今日は…」
「今日は、」
ふたり同時に言葉を合わせ、ぎこちなくも小さく笑った。
「今日は、ずっと預かっていたものを返しに来ました」
「預かっていたもの?」
そう口にして、秋晴の掌にのっている小箱に目を見張る。
「それ…! もらえないわ」
すぐさま顔をそらし、
「預かるもなにも、わたしの物じゃない」
強く言い放った。
「やっと、ハルの荷物を処分したんです。これは、あなたが持ってるべきだ。形見分けもできなかったから…」
(形見分け…)
切なさに目頭が熱くなる。
「だとしても、それはもらえない」
尚季は秋晴の顔を見ようともしない。
「ねぇさん…」
「やめて! ぁ…」
衝動的になる気持ちを抑え、
「とにかく、帰って」
立ち去ろうとするが、
「聞いてください」
腕を掴まれる。
「秋くん!」
「両親のことは申し訳なく思ってます。本当に…」
「もういい、もういいから!」
どうにも収まらない秋晴に、
「本当に、わたしにはそれを受け取る資格はないのよ。あの子たちは…」
神妙な面持ちで告げた。
「そちらの事情はともかく、これはハルの気持ちだから。あなたに、受け取ってもらえないと困ります」
(ハルヒの、気持ち…?)
「わたし…!」
「男と女のことをとやかく言うのは野暮だと思うんです。あの頃は俺も若かったから、その…いろいろと失礼をしましたが」
秋晴とて、できれば尚季になど会いたくもなかったのだろう。言葉に詰まり、力なく腕をおろす。
「でも…」
「少し、外に出られませんか? 今が無理なら…」
まってます…と言いかけて言葉を遮られた。
バサバサバサ…っと、沢山の本が床に落ちる音がしたからだった。
「ありさちゃん。…大丈夫?」
すぐさま駆け寄る尚季。
「尚季、さん? あの人…」
本を拾うこともなく呆然とするありさの視線の先を追い、
「あぁ…」
ため息まじりに、顔をしかめて答えた。
「秋くん。ちょっと外で待ってて。すぐ行くから」
そう言って、ありさの足元の本を拾い集めた。