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「脳に刻まれたモラルの起源」 金井良太著 書評

私は自然科学も哲学の一部だと思っていますが、それはともかく道徳性・政治信条に関連する部位が脳のどこにあたるのか、を実験によっておおよそ、その部位が特定できるということを紹介した著作。

著者が意図することろの善の起源とは「オキシトシン(※)」というホルモンで、そのホルモンを司る脳の部位である「扁桃体」「側坐核」。この部位のサイズの大小によって、その人の「善」の度合いが変わるというのです。

※オキシトシン:利他的行動を強める一方で、嫉妬心を高めたり他人の失敗をみて喜んだりすることも強めるホルモン。利他的行動傾向が強い人ほど嫉妬心も強いということ(個人的に大いに納得)。体の接触が多いほどオキシトシンはたくさん放出されるので「親しくなるにはスキンシップが重要」というよく聞く話は、科学的にも裏付けあり。

そしてその部位の設計図たる遺伝子。ちなみに著者の考える「善」とは「利他的行動」のことを主に指しています。

以下脳の部位ごとの特性です。

1.扁桃体

(1)利他的行動に駆り立てるホルモン:オキシトシンの受容体の発現部位でもあり、利他的行動にも影響。したがって大きいほど友達が多く、相手の感情を理解する能力も高くなる。

(2)年齢を重ねることによって、扁桃体そのもののサイズは変わらないものの、皮質が減る結果として脳全体の占めるシェアが高くなる。この結果、保守的傾向が高齢者になるほど強くなる。

(3)特に右側の部位において保守的傾向が強い。恐怖信号に敏感に反応する部位のため変化に対して消極的な傾向。

2.島皮質
(1)前部が大きいほど「義務などへの拘束」を重要視し、保守傾向が強くなる。汚いものに嫌悪感を感じる部位。
(2)大きいほど人生の目的を強く感じていて新たな経験を通して自分を高めていきたいという意志が強くなる。

*保守的信条の人は、恐怖心に敏感で汚れを嫌う傾向にあるそう。生得的に「新しいもの」「自分と異なるもの」に対する拒否感みたいなものがあるのかもしれません。こうやって整理すると島皮質の特徴は相矛盾する内容があるのですが、著者によると論者によって何が本質的な機能であるかは意見が分かれているそうです。

3.側坐核
報酬や快感に関わる。この部位もオキシトシン受容体。

4.楔前部(前頭葉の内側の部分)
(1)小さいほど他者への優しい気持ちを持つシンパシー、エンパシーともに強くなる。
(2)小さいほど、個人の尊厳を守る倫理観が強くなる。

5.前部帯状回
大きいほどリベラル傾向だが共感的配慮も共通。

→楔前部と前部帯状回は「心の理論」とも深い関係。

*心の理論:他者が今どんな思いでいるか内的な心理状態について想像するという認知機能。リベラルな人は好奇心強く、他者に対する共感力や理解力が強いのかもしれません。

以上整理してみたら、自分でまとめなくても辞典に載っているような感じになってしまいました。

人間関係や変化を望むか望まないか、という人間の関心とその能力に関しては、遺伝子を持ってるだけではダメで、遺伝的に脳科学的に生得的なものとして生まれながらにしてその傾向を持っていて、かつ養育者との関係にはじまる外的環境によってその形質が発現してくる(「やわらかな遺伝子」マット・リドレー著より)。

脳科学だけで人間が分かったら苦労しないのですが、それでも遺伝行動学や脳科学によってその傾向みたいなものは今後もどんどん解明されていくのは間違いない。

赤ちゃんの段階から、遺伝子調査によって脳の部位を事前に調査することで個人個人の性質の特徴をあらかじめ掴み、養育や教育に活かしていくことで、その人の人生がより効率的に有意義になる

かもしれません。

既にスポーツの世界ではアスリートの筋肉の個別の特徴を調査して生かしている事例もあるので、近未来的には現実味がありそうです。

ただし、

ここで大事なのは「全ては傾向であって100%ではない」ということです。仮に知的能力は50%が遺伝的要因だとすれば50%は遺伝的要因ではないということです。

例えば日本の教育の優れているところは学力によってクラス分けしないことだと言われています(「日本の15歳はなぜ学力が高いのか?」より)。

遺伝的要素に基づく決定論に決して陥らず、参考にしつつ、育ちも、もちろん本人の意欲も重要で、後天的な努力があってこその能力だということではないかということです。

写真:千葉県 鹿野山 九十九谷

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