
『健康になる技術 大全』より「食事編」
引き続き林英恵著『健康になる技術 大全』より今回は食事編です。
前回、そもそもエビデンスとは何か?について紹介しましたが、
今回はそのエビデンスに基づき、食事について健康に良いこと、健康に悪いことは何か?
そして具体的にどのような打ち手が効果的なのか?整理してみました。
日本の研究によると、日本人の死因リスクのトップ10のうち「塩分取りすぎ」「酒の飲み過ぎ」などがエントリーされているなど、食生活の改善は死因リスク低減のためには大きな効果がありそうです。

⒈より多く摂取すべき食材・料理
日本人の場合、これは想定通り「野菜」「果物」です。野菜や果物を摂取している人ほど死亡率が低くなる傾向があります。具体的には、約80g食べるごとに5−6%死亡率が低下。これは主に欧米の研究結果から明らかに(日本人対象の研究は2022年同じような結果に)。
*果物を食べれば食べるほど「脳卒中」「循環器疾患」による死亡率が低下します。
*豆の摂取が多い人ほど、循環器疾患による死亡率が低下します。
*ブルーベリーやイチゴなどのベリー類やブドウ、リンゴを食べる人ほど、糖尿病のリスクが低い。

栄養学的には、食物繊維やカリウム、ビタミンなど豊富な栄養素が多く含まれているから野菜や果物を多く摂取すべき、とのこと。
⒉より控えるべき食材・料理
摂取すべきではない、というか摂取しすぎると有害なものとしては、日本人では「塩」であり「お酒」、そして哺乳動物の肉(赤肉)、飽和脂肪酸(動物性脂肪、ココナッツオイル・パーム油)、砂糖です。
⑴「塩」日本人が最も注意すべき調味料
これもよく言われることですが、エビデンスとしても、日本人の食生活は至って健康ではあるものの、唯一問題なのは塩分摂取量が多すぎること。
上で紹介した通り、塩分の取りすぎは、日本人死亡率ランキング第6位で、食品部門では堂々たる第1位です。塩の過剰摂取は血圧を上げるとともに「慢性腎臓病」「心臓病」「脳卒中」のリスクが上がり、「骨粗しょう症」「胃がん」との関連性も指摘されています。
塩分摂取で特に要注意なのが加工食品。
先進国では過剰な塩の摂取の70ー80%以上が、料理の時に自分で入れる塩ではなく、サンドイッチやピザなどのすでに加工された食品からだと言われています。日本の場合は特にコンビニの惣菜が要注意。某大手コンビニのおにぎり1個食べると1.3gの塩分摂取となり、コンビニおにぎり二つ食べれば1日あたりの塩分5gの半分以上を摂取することになってしまうのです。
したがって、私たちはできるだけ自炊することが塩分を抑えるのに有効だということ。
⑵お酒:ドラッグの毒性としてはトップクラス
イスラーム圏以外では、ドラッグ扱いされていない唯一のドラッグがお酒(アルコール)でしょう。アルコールは、依存度では大麻よりはるかに高く(大麻8.9%、アルコール22.7%)、年間アルコール摂取が要因で死亡する人は年間300万人と、この数字はタバコ要因とほぼ同数。
本来であれば、アルコールは一部イスラーム圏同様、薬物として禁止すべきドラッグなんですが歴史的にも文化的にも生活習慣にどっぷり浸かったドラッグなので禁止できない、というのが現状(禁止しても実効性が低い)。
本書では少しのお酒ならOKとのことですが、より最新の研究では1滴でもお酒は飲まない方が良いという論文が複数発表されており、アルコールに関するエビデンスも今後変わる可能性が高そうに思います。
あと面白かったのは、飲むお酒の種類で、健康への影響が変わるというエビデンスはないということ。一般に日本酒やワインのような醸造酒よりも焼酎などの蒸留酒の方が体への負荷が小さい、と言われているように感じますが、種類によってリスクは変わる、という科学的根拠はないそうです。
ビールのプリン体問題も、日本人対象の研究では「高尿酸血症の発症率は、ビールを飲んでいたグループでも日本酒を飲んでいたグループでもほぼ同様で、摂取量が多い人ほど発症率が高い(本書249頁)とのこと。
⑶哺乳動物の肉:大腸がんの主要因
牛・豚・羊・馬・山羊などの哺乳動物の肉は「赤肉」と呼ばれ、1日100g摂取するごとに大腸がんのリスクが17%増加すると言われています。

さらにこれらを加工した加工肉(ハム・ソーセージなど)は1日50g摂取するごとに大腸がんのリスクが18%増加すると推定されています。
ちなみに日本では大腸がんは2018年時点で死亡数第1位、2019年で死亡数第2位のがんなので、より注意が必要ということか。
また赤肉と加工肉の摂取が多いほど、脳卒中・心筋梗塞などの動脈硬化による循環器疾患や糖尿病のリスクが高いことが認められているそう。
がんの国際的機関WCRFは、赤肉は多くても料理後の重さで1週間に350ー500g以上食べないこと、また加工肉は食べるとしたらほんの少しだけにとどめておくべき、としています。

さらに赤肉が厄介なのは、付随する脂=動物性脂肪も過剰摂取が有害だということ。動物性脂肪は「飽和脂肪酸」の一種で、過剰な摂取は多くの欧米の研究から不飽和脂肪酸(オリーブ油・ゴマ油等)と比較して血液中のLDLコレステロールを増やすことが知られ、そこから心疾患との関連があると言われます。
日本人対象の研究では、飽和脂肪酸を比較的多く摂取する人たちでは心筋梗塞のリスクが高く。少ない摂取のグループでは脳卒中のリスクが高いという結果が出ています(心疾患については欧米ほどではない)。
だったら「私たちは何の肉を食べればいいの」ということになりますが「白肉」と呼ばれる鳥類の肉(鶏や鴨など)や魚肉は、赤肉のようなリスクはないそうです。ちなみに著者は「魚」以外の肉は一切食べないそうです。

個人的にはハム・ソーセージ・ウインナーの類はできるだけ食べないようにしています。

⒊摂取しても意味不明の食事・料理
ここでは、巷に溢れる「これを食べると良い」的情報の精度について詳しく紹介してくれています。私が特に面白かったのは「エビデンスの飛躍」。
⑴エビデンスの飛躍
例えば「牛乳を飲むと、骨粗しょう症になりにくい」という仮説がよく言われますが、これはエビデンスではありません。
確かに
①牛乳を飲むとカルシウム摂取量が増えるため骨の強度アップになる。
②骨の強度があると、骨粗しょう症にはなりにくい。
ところが、牛乳と骨折や骨粗しょう症のリスクとの関連を表す直接のエビデンスはありません。
つまり「牛乳を飲むと骨が強化される」「骨の強度が上がると骨粗しょう症にはなりにくくなる」のはそれぞれ個別のエビデンスですが「牛乳を飲んで骨粗しょう症になりにくくなる」という直接的なエビデンスがない限り、エビデンスにはならないということ。
この2段階のエビデンスは「エビデンスの飛躍」といって確かなエビデンスにはなりません。一見これでいいじゃないかと私も思ってしまったのですが科学的にはバツ。
この場合は「牛乳を飲むと骨粗鬆症が減った」という、牛乳と骨粗しょう症を直接つなぐエビデンスでないとエビデンスとはいえないのです。
実はこのような言説は巷に多くあって、例えば「豚しゃぶは疲労回復に効く」と紹介するテレビ番組があり、この場合は、
「豚しゃぶを食べたら疲労回復につながった」という直接的なエビデンスがなければいけないのですが(実際にはこのようなエビデンスはない)、この番組では、
→豚しゃぶを食べる
→豚肉にはタンパク質やビタミンB1が含まれている(エビデンスあり)
→タンパク質やビタミンB1は疲労回復効果のあるアルブミンなどのいくつかの健康の指標に影響を与える(エビデンスあり)
とはいうものの「豚肉を食べると疲労回復につながった」という直接的なエビデンスがない限り、エビデンスとは言えないのです。
⑵ほとんどエビデンスがないという「サプリメント」
今や世界のサプリメント市場は、約1232億ドル(約12兆円)と巨大市場ですが、驚くことにサプリメントの健康や予防に関するエビデンスは一部を除きほとんどないのが現状。したがって基本的には栄養は通常の食事から摂ることが勧められています。
サプリメントのエビデンスは前回紹介したエビデンスピラミッドのうち、エビデンスには値しない「一部専門家の紹介」「一つの実験結果」「お金を出せば掲載される専門誌に掲載された論文」など、メタアナラシスとしてのエビデンスには到底及ばない仮説レベルのものがほとんど。
例えば消費者庁が管理する「特定保険食品」や「栄養機能食品」も食品としての分類で、その有効性は仮説レベルがほとんど。
著者曰く
足りないものをサプリメントで補えばなんとかなるほど、科学は単純ではない
⑶「オーガニック食品」有効なエビデンスが皆無
オーガニックとは、例えば日本では「農薬や化学肥料などの化学物質に頼らないで、自然界の力で生産された」農産物や畜産物、鉱産物加工食品」(有機JASマーク)とのこと。
問題なのは「オーガニック食品と普通の食品のどちらが良いのか」に関して、まだ長期にわたる質の高いエビデンスはない、ということ。つまりオーガニックが私たちの健康にいいのかどうか、は現時点では不明なのです。
なぜなのかというと、検証が難しいから。
一般にオーガニック志向の人は生活そのものが健康的な人が多く、オーガニックを食べていることだけで健康なのかどうか、の検証が困難。そして抗生物質や遺伝子組み換えなど、特定の商品が慢性的な害を与えるかどうか、薬のような臨床テストが倫理上難しく、動物実験の結果に頼るしかありません。
つまり有効かどうか、調べようがないのが現状。
ちなみに栄養価については、2012年の代表的な論文では、オーガニック食品の方が特に栄養価が優れているということはないと結論が導かれています。
私たち夫婦は、連れがアレルギー体質のため、毎日スーパーの野菜の3倍高いオーガニック系の野菜(らでぃっしゅぼーや)を食べていますが、本当にこれが効果的なのかどうか、は不明だということです。

⒋食生活における具体的改善方法
公衆衛生学者としての著者は、この項目が特に専門とのことで、具体的事例が多く紹介されています。
⑴住む場所は、野菜や果物を買いやすい場所を選ぶ
駅からの帰り道に手頃な値段で売っているスーパーがある、八百屋がある、など引越しする際の選択肢の中に野菜や果物が買いやすい場所かどうか、を検討項目に入れる。
⑵料理のメニューや盛り付けを工夫する
これは料理作る人が大変かもしれませんが、料理の種類が多いほど野菜を取りやすい、という法則があります。行動科学の理論上、野菜や果物を食べる量を増やしたいときは、ビュッフェのように料理の数が多いと野菜や果物の摂取量が増えるとのこと。
⑶家庭菜園をやってみる
これは特に子供に効果的だそうです。庭やプランターなどで野菜を自分で育てると、より積極的に野菜を食べようとする意志が働くというエビデンスがあります。
⑷できるだけ自炊する
繰り返しになりますが、結論的には自炊が一番いいですね。コンビニなどの惣菜も外食も一般的に味が濃く(=塩が多い)、動物性脂肪も多いと思われます。
個人的には、唯一外食で健康的なのは「高級和食」かもしれません。
でもしょっちゅう行ける場所でもないので、自炊がいいということです。どうしても肉や酒を摂取したい場合は「月に一度」とか「記念日」だとか、ある程度食べる日を決めておくのも手ではないかと思います。
*写真:最も健康的とも言える和食「湯ヶ島温泉:嵯峨沢館にて」