『フェードアウト』 (5/8)
「私たち 別に付き合ってたわけじゃないよね」
唐突にそう言われて 思わず
「うん」
と答えてしまった
水道橋駅の階段前
同期の留美とバッタリ会った
学校帰り 一か月ぶりぐらいだった
彼女もぼくも いつもは地下鉄だから
ここで会うのは奇跡に近い
「元気だった?」
どこか ぎこちない笑顔で彼女は言った
「うん」
がんばって笑顔で答えた
二人であちこち
出掛けるようになったのは
入学間もないころだ
日本の北の端っこから来たぼくと
南の端っこから来た彼女
知らないどうしが
日本の中心で出会って
ただただ歩いて
話して ときどき ハグした
フェードアウトしたのは なぜだろう
ケンカもまだしてない
「そういえば この前 ”さぼうる” で見かけたわよ
清原君と一緒だったよね」
「ああ 声かけてくれればいいのに」
「もう一人 かわいい子がいたんじゃない?」
「清原の妹 す~んごい生意気」
「あらっ それにしては楽しそうだったけど?」
「そうかな?」
「うふふっ それじゃあ・・・」
「うん・・・」
彼女とぼくは 反対方向の電車に乗った
電車が走り出したとたん
急にあのころを思い出した
二人で歩くのは楽しかったな
手をつなぐとドキドキもした
ハグしたときの温かさだって
目が少し潤んでいるのは
気のせいじゃない
野球観戦帰りの人たちや
遊園地帰りの人たち
楽しそうな人たちばかりで
それがかえって
ぼくを悲しくさせたみたいだ