【雑記】父のことやピアノの話などをつれづれなるままに
クラシック音楽を聴く人ならばピアノ界の大スターであるマルタ・アルゲリッチを知らない人はいないだろう。
そして、彼女がショパンコンクールの優勝者である事も。
そのアルゲリッチが優勝した1965年のショパンコンクールで2位だったピアニストを記憶している方はそう多くはいないだろうと思う。
その名は、アルトゥール・モレイラ・リマ。
僕が初めて行ったピアノリサイタルのブラジル人ピアニストである。
正確な日時はもう覚えていないが、1970年代のことである。
僕は高校生で、場所は八戸市公会堂だった。
今は作曲家である同級生(吹奏楽コンクールの課題曲「きみは林檎の樹を植える」の作曲者でもあります)の友人と一緒に出かけた。そこまでは覚えているけれど、肝心の演奏の感想が書けるほど記憶が鮮明ではない。
それに、初めて本物のプロのリサイタルを聴いた当時の自分には演奏を評価出来るような何らかがとうてい備わっているはずもなかった。
せめて自分がピアノを少しでも弾けるのならば、何らかの感想もあったかも知れないが、3歳ぐらいの時に母に反発して練習を止めた過去のトラウマもあって寧ろ遠ざけてきた楽器だった。
それでも、なぜこの日のことを思い出したかといえば今は亡き父と、その時一緒だった友人の思い出によるものかも知れない。
その日リサイタル終演後、友人と二人で楽屋へ押しかけたのだった。
リマ氏の気さくな人柄だったのだろう、既にそこは即席のサイン会場のような様相を呈していたのを覚えている。
列に並んでサインを貰い、簡単に感想を伝えるなどして満足した僕たちは、会場出口で待っているはずの僕の父を探した。
会場に来ている筈で、父の車で送ってもらうことになっていたのだ。
しかし日も暮れて寒風も吹き始めたが、待てど暮らせど父は現れなかった。
業を煮やして家に電話を入れると、リサイタルを堪能した父は帰宅して晩酌をやっているとの母の言である。
終演後、ピアニストのサインを貰うまで少し時間がかかったので短気な父は僕らがもう帰ったのだと勝手に思ったらしい。
途方に暮れた僕らは(まあ、冗談まじりであるが)父への罵りの言葉を口々に発しながらどうにか自力で家まで帰った。
電車だったかバスだったかよく覚えていないが、交通の便の良くない田舎とあって帰り着いたのは夜遅くになってしまった。
友人とは数年後、お互い東京にいるのを知って再会し、よく一緒にコンサートに出かけたりした。まあ、それよりも確実に一緒に酒を飲むほうが多かったけれど。
酔いがまわってくると決まって置き去りにされたあの夜の出来事を思い出し、当時と同じように僕の父を罵っては笑い転げた。
ところで、公務員だった父であるが実はかなりピアノが弾けた。
僕が子供の頃、酒も入り興に乗ると次々にリクエストするアニメの主題歌などを譜面なしで即座に弾いてみせた。
その頃、NHK-TVでピアノ教室の番組を放送していた。
父はその番組を見る度にTVの中のピアノの先生を指して「こいつはな、昔、同じ釜の飯を食った仲よ」と自慢げに話したのを思い出す。
幼かった僕は言葉の意味を理解できず、一緒にごはんを食べるぐらい仲が良かったんだ、程度に思っていた。
後に同じ師匠の下で練習に励んだ兄弟弟子なのだと理解したけれど。
戦前の東京で生まれ育った父には、そんな時代もあったらしい。
幼少期にちゃんとピアノのレッスンを受けていたらしかった。
父は僕が音楽の道に進もうとすることに対しては頑なに許そうとはしなかった。普段は、むしろことごとく放任の父であったが、音大へ行こうとした時は明確に反対された。自身が、その道を歩もうとして挫折した経緯があったようなことを匂わせていた。「簡単にはやっていけない世界だからお前には無理だ」との理由だった。それは、きっと正しい選択だったのだろう。
血は争えないものである。と、親戚の誰かから言われたのを記憶している。誰から言われるでもなく父と同じ道を歩もうとしていたらしかった。結局のところ、僕は某楽団にいる先輩からの誘いも断ってしまったため、楽器の演奏者として生きていく道を自ら閉ざしてしまった。いまだに少し未練が残るような気もしないでもないけれど...…わからない。
友人は作曲家になった。某楽団に誘ってくれた先輩は演奏者から指揮者へ転向し、やがてその組織のトップまで上り詰めた。
父は晩年、演歌専門のカラオケおじさんとして鳴らした。
僕は、未だに何ものでもない。
父が癌で亡くなったのは、初夏のこの季節だった。
この季節になると頭の整理がつかなくなるのはそれも関係していそうだ。
そんなわけで、本当に取り留めもない話になってしまった。
そう言えば、あの時のアルトゥール・モレイラ・リマの演奏はどうだった?
やっぱり2位じゃだめなんですかね?
父にそれを聞いてなかったな。
では、今日はこの辺で。
ロ ■ ロ ■ ロ
どうも最近、公私ともに何かに追い立てられるような精神状態で余裕がない。それでも、何か書かないとそれも落ち着かないというしょうもない性分に生まれついてしまい困ったものである。下書きだけが溜まってしまって少し整理しようと思った。ずいぶん前にピアノのショパンコンクールを見ながら書いた下書きがあった。勿体ないので加筆して #熟成下書き として出すことにした。
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