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【猪口由美の明日につなぐ食 vol.8】研究職から家業へ −丁寧で粘り強いこだわりが生んだ「一夜干し」

出水田一生さんは、鹿児島県鹿屋市で鮮魚店を営む三代目。幼い頃から常に魚が身近にあり、毎日のように食べ、お父さんの仕事ぶりを見て育ちました。当初は店を継ぐつもりはなく、九州大学に進学。研究職を目指すべく大学院で学んでいました。研究していたのは線虫。
最近では、ガンの診断に線虫が役立つことが科学的に発表されましたが、出水田さんはこの線虫の研究が面白くて仕方なかったのだそうです。

ところが、大学院在学中にお父さんが病に倒れ、店は存続の危機に。研究への思いは強かったものの「店がなくなることだけはどうしても避けたい」という思いが勝り、後を継ぐために卒業を待たずして鹿屋に戻ることを決めました。

お父さんの代までは、病院や飲食店に魚を納品することを主軸にしてきましたが、出水田さんは地元で獲れる魚をより多くの人に食べてもらいたいと、「店頭での販売」とともに「一夜干し」に力を入れ始めます。

魚種に恵まれた土地で水揚げされた魚を厳選、他にはない一夜干しを目指し、漬け込み液には鹿児島の地酒「灰持酒」(あくもちざけ)を加えます。灰持酒は醸造した醪(もろみ)に灰を加えて酒の保存性を高めた、古来より受け継がれてきた酒。
みりんに通じるやわらかな甘みがあって、一夜干しに複雑な旨みを与えるのです。

丁寧な下処理を終えた後に熟成乾燥庫へ

一夜干しには、早朝から始まるセリで落とした鮮魚のなかでも特によい魚を選びます。工房に運び込んだら状態を見ながら捌き、血合いなどを丁寧に取り去ります。大量生産品ではなかなか処理が行き届きづらい仕事をこつこつ行うからこその美味しさ。下処理ができた魚は、出水田さん自慢の熟成乾燥庫へと運び込まれます。

熟成乾燥庫は、魚種や大きさによって乾燥させる温度や時間を変える必要があります。出水田さんは大学院で研究していた頃と同じパワーで試行錯誤を繰り返し、その魚がもっとも美味しく仕上がる時間を導き出しました。できあがった出水田さんの一夜干しは、焼くと皮はパリッと張りがよく、身はふっくら。天日干しとはまた違う、熟成乾燥仕上げならではの味わいがあります。

「パリっとふっくら」な一夜干し
試行錯誤とチャレンジを続ける出水田さん

私が取材をしている最中、出水田さんのお父さんが工房に現れ、元気な姿を見せてくれました。今では体調も回復し、出水田さんの新たなチャレンジを穏やかな表情で見守っているそうです。

「地元の魚をさらに美味しく仕上げて、全国に届けたい」。熱い思いで語る若き職人のチャレンジはさらに続き、2022年には鹿児島市内に「出水田食堂」をオープン。定食や海鮮丼など、鮮度抜群の魚を使ったメニューが並び、魚にうるさい鹿児島人を喜ばせています。


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