今、この映画を観て欲しいー『Tick, tick...BOOM!: チック、チック・・・ブーン!』(2021)
自分にしか聞こえない秒針の音。
その「時限爆弾」が爆発するのは、、、BOOM!
突然だ。
私は誕生日の前夜に、この映画を観ていた。
23歳になる数時間前に。
(画像は以下の記事から引用させていただきました)
1. ジョナサンは迷い、もがく
映画の主人公は、ミュージカル作家としての成功を夢見て、20代のほぼ全てをその創作に注ぎ込んだジョナサン・ラーソン(アンドリュー・ガーフィールド)。
ジョナサンは8年もの年月をかけて創り上げてきたロックミュージカル、『Superbia』の完成を目前にしながらも、どうしても最後の1曲が思い浮かばないまま、30歳の誕生日を迎えようとしている。
恋人のスーザン(アレクサンドラ・シップ)は、ダンサーとしての成功を夢見ていたが、怪我をきっかけに安定した職に就くことを考えている。
幼い頃から共に舞台に立ってきた親友のマイケル(ロビン・デ・ヘスス)は、広告代理店の勤務を始め、オンボロアパートでの共同生活から抜け出して高層マンションで暮らすようになった。
ジョナサンはそんな周囲の変化を肌で感じながらも、世界に自分の声を響かせる「最後のチャンス」を掴もうと、駆り立てられていく。
このまま、何も成せないままに30歳を迎えたくない。
恋人の新たな、そして重大な人生の選択の瞬間から背を向け、
大切な友人たちはエイズに倒れて、なすすべもなく苦しんでいる傍らで、
ジョナサンは永遠に思い浮かびそうにない曲のことを考え続けていた・・・。
2. 耳元に迫る秒針の音
結局、ジョナサンが20代を捧げ、決して小さくはない犠牲を伴って完成させた『Superbia』の製作は実現しなかった。
『Superbia』は、ジョージ・オーウェルの『1984年』に着想を得たディストピアを舞台とする。
人々が画面に映し出される裕福な人々の暮らしに夢中になり、人間的な感情を欠いた文明を描く『Superbia』は、時代の先を行くジョナサンの創造性の結実であった。
しかし、ブロードウェイのプロデューサーたちの関心事は、
「売れるかどうか」であり、「創造的かどうか」ではなかったのである。
落胆するジョナサンに、エージェントのローザは言った。
そうして次にジョナサンが創り上げたのが、自身の創作の苦悩と、彼を取り巻く人々を描いた自伝的ミュージカル『Tick, tick...BOOM!: チック、チック・・・ブーン!』である。
チックチックと耳元に迫る音に駆り立てられるように、ジョナサンはその人生を駆け抜けていた。
なぜそんなにも生き急ぐのか。何をそんなにも焦るのか。
しかし、ジョナサンの焦燥感を知って知らずか、「時限爆弾」はあまりにも早く爆発した。
ジョナサンは1996年1月25日の未明、胸部大動脈瘤破裂によって突然にその人生を終えた。
35歳だった。
そして、彼が亡くなったまさにその日は、あのブロードウェイで12年に渡って上演され、現在もなお世界中で愛され続ける『RENT / レント』のプレビュー公演の初日だったのだ。
ジョナサンが、自分の創り上げたミュージカルが何十年にも渡り、国を越えて称賛され、愛され、受け継がれていく風景を目にすることはなかった。
こんな神様の悪戯(悪戯ならあまりにも悪趣味だ)があるだろうか。
ジョナサンが、自身の未来を知っていたはずはない。
だが、ジョナサンの生命の灯火は、線香花火のように短い時を精一杯、がむしゃらに輝こうとしていた。
「Tick, tick…BOOM! 」
それは、ジョナサンの突然の死を思えば、生命の時限爆弾の音に思える。
けれど、「BOOM!」と弾けたのはジョナサンの生命だけではない。
ジョナサンの才能が、創造性が弾け、これまで彼に見向きもしなかった人々が、ジョナサンのミュージカルに釘付けになったのだ。
ジョナサンが夢に見たブロードウェイでの成功を、彼自身が味わうことはなかった。それを思いながらこの映画を観ると、彼のわけもなく生き急ぐ姿はあまりに切実で、自分に問いかけたくなる。
私は、こんなにも必死に生きたことがあるだろうか、と。
3. カゴの中の鳥でいるか、飛び立つ翼を持つか
この映画は私の心に深く突き刺さっている。
身体が震えるような感動と、胸をえぐられるような痛みと共に。
23歳の誕生日をあと数時間で迎えようとしているその夜に、ジョナサン・ラーソンという人間と、その人生の閃光のような煌めきに出会ったという衝撃は確かに大きかった。
だが何よりも、ジョナサンが『Tick, tick...BOOM!: チック、チック・・・ブーン!』を描いた時代や、そこに響き渡る、当時を生きた彼の・彼らの叫びが、私たちが現在置かれている状況と重なって仕方がなかった。
ジョナサンたちが生きていた時代、それはエイズが蔓延しながらも国家が沈黙していた時代だった。
劇中、テレビの中の上院議員は言う。
「静注薬物常用者(静脈注射による麻薬常習者)と同性愛者たちが、直ちにその行動をやめれば、この国からエイズは消えてなくなるだろう、すでに罹っている者を除いて」
当時のロナルド・レーガン政権は、エイズ発生時から沈黙を貫いた。
こうしたエイズへの国家・社会の無関心に対して立ち上がったのが「ACT UP」という団体だった。ACT UPの活動家の1人であったDouglas Crimpは以下のように語る。
バイトへ向かう道中、ジョナサンが立ち止まり見つめた先には、ACT UPの「沈黙=死」のポスターがあった。そして、ジョナサンは書き留める。
友人たちがエイズに倒れ、去っていく。
若く、これからの未来があった魂たちが、世界の沈黙に押し潰されていく。ジョナサンは世界に対する疑問でいっぱいだった。
今、私たちが目撃しているのは、過ったリーダーが過った方へと国を導き、人々の希望が未来が打ち砕かれ、流れる必要のなかった血が流れ続けている戦争だ。
なぜだ。
私が春の陽気の中で散歩をし、夕飯の献立を思案しているまさにその瞬間に、いつ降り注ぐとも知らぬ爆弾に怯えている人がいる。
私が誕生日を家族や友人に祝ってもらっている一方で、幼い子どもさえもが命を落とし、日々大切な家族や友人と別れを告げなければならない人がいる。
そして、それはいつもどこかで起こっている。
ジョナサンが訴えかける「Actions speak louder than words(行動は言葉よりも多くを語る)」はこんな風に言葉で書いてばかりの私には戒めの言葉かもしれない。
だが、当然のことではあるが「Words speak louder than silence (言葉は沈黙よりも多くを語る)」である。
私たちは沈黙してはならない、無関心であってはならないのだ。
そう思いながら、ジョナサンが『Tick, tick...BOOM!: チック、チック・・・ブーン!』で最後に歌った「Louder Than Words」を聴く。
"Louder Than Words"
アカデミー賞の授賞式が現地時間の今日、開催される。
私はアンドリュー・ガーフィールドに主演男優賞を獲ってほしい。
切実に。