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4-(1) 過去の水害の原因を踏まえた対策の必要性:石神井川流域での浸水被害は内水氾濫と北区での溢水

 石神井川上流地下調節池整備事業についての河川整備計画策定専門家委員会が令和6年7月23日に開催されました。この委員会で配布された資料3のスライド4では、平成25年以降の「内水」を原因とする浸水被害が、スライド5では昭和49年以降の「外水」(すなわち河川の「溢水」)を原因とする浸水被害が示されています。2枚のスライドで、対象としている期間が大きく異なります。
 筆者は、過去の水害実績の原因を正確に分析して、適切な水害防止対策を策定することが大切と考えています。このため、Note 1ではスライド5で示された浸水被害についての解説を行いましたが、本稿ではさらに分析を進めて、過去20年間の石神井川流域の水害被害の原因を調べることにしました。

【過去20年間の石神井川流域の水害被害】
 分析の基としたデータは、東京都建設局が公開している以下の「区市町村別水害データ」です。
https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/jigyo/river/suishin/suigai_kiroku/shisa/shisa.html
 流域の浸水被害データを集計したところ2004(H16)年以降の20年間に石神井川流域では、2192棟(床上992棟、床下1200棟)の浸水被害があることが分かりました。その内訳は図に示すとおりです。

 図1 2004年以降の石神井川流域における浸水被害     
出典:東京都建設局の「区市町村別水害データ」をもとに筆者作成

【浸水被害の6割以上が内水氾濫】
 図1が示すとおり浸水被害全体のうち64%(1398棟)が「内水」を原因としています。
 「内水」とは、下水道等の排水施設の能力を超えた雨が降った時などに、雨水が排水できなくなり浸水する現象です。例えば、図2は練馬区の水害ハザードマップです。河川からの離れた場所であっても、地盤高さが低い地区などで浸水被害のリスクが高いこと、そのようなリスクが高いエリアは市内の広範囲に広がっていることが分かります。

図2 練馬区の水害ハザードマップ         
出典:練馬区HPより引用

【溢水による被害のほぼ全数が北区で発生】
 溢水による被害については、ほぼ全数が下流部(北区)で発生しており、浸水被害全体の35%(762棟)を占めています。この762棟の全数が、北区の中でも隅田川との合流箇所である堀船における浸水被害です。また、溢水の原因は、合流箇所付近で河岸工事を行っていたため川幅が狭くなっていたことが原因とのことです。(口絵は、合流箇所付近の写真)
 委員会資料には、「過去の水害実績」の例として挙げられていますが、これらの浸水被害の防止には、計画中の石神井川上流地下調節池は役立ちません。「石神井川河川整備計画」にも、この地域の水害防止の対策として「高潮の影響を受ける隅田川合流点から溝田橋下流までの区間において、防潮堤の整備及び計画川床への掘削を行う」と記載されています。
 
 また、石神井川では「上流域」と「下流域」の間には、巨大な環状七号線地下広域調節池の取水施設(図3を参照)があります。この施設を使って、上流域から流れる河川水量はピークカットすることが可能です。(詳しくは、Note 2を参照下さい。)

図3:石神井川の「上流域」と「下流域」
(出典)東京都建設局「石神井川及び白子川洪水浸水想定区域図」をもとに筆者作成

 下流域の住民も、「堤防の上端まであと2メートル位まで増水して、それ以上は増水しなくなる」という状況を確認しています。環状七号線地下広域調節池は、一定水位以上の河川の増水を抑止する機能を果たしているのです。つまり、下流域の河川水量が多い状況の中で、環状七号線から王子付近の下流域で想定を超える豪雨が降った場合などに北区において河川の氾濫リスクが高くなるのです。
 
 参考までに、上流部で生じた溢水被害は2005年9月4日に練馬区内で発生した32棟の被害のみであり、全体の2%に満たない数です。また、河川形状が曲がっていたことと河道が未整備で川幅が狭かったことが溢水の原因です。
 
【過去の水害原因に対処する対策の必要性】
 河川流域の浸水被害を軽減させるためには、過去に発生した水害の原因を分析して、同じような被害が生じないように対策を行うことが基本と考えます。
 過去20年間の水害データの分析結果を踏まえると、石神井川流域で求められている浸水被害の対策については、以下の2点が特に重要であると考えられます。
①「内水」を原因とする浸水被害への対策
② 「北区における溢水」を原因とする浸水被害への対策(※)
 
 Note 1で説明した内容と関連しますが、過去20年間の履歴を精査しても、計画中の石神井川上流地下調節池が防ぐことができたと想定される浸水履歴は見つかりませんでした。
 また、過去20年間における石神井川の溢水による浸水被害は、ほぼ全数が北区における隅田川との合流地域で発生していました。同規模の浸水面積であっても、都市施設が拡がる下流域は、住宅地が拡がる上流域よりも被害額が大きくなります。重点的に溢水防止の対策を行うべき箇所は石神井川の上流域ではなく、環状七号線より下流の「下流域」、特に高潮の影響を受ける隅田川合流点であると考えます。(※)
(※)北区では「石神井川が氾濫した場合」に加えて「高潮の影響により河川が氾濫した場合」のハザードマップを作成・公開して区民に注意喚起を促しています。
https://www.city.kita.tokyo.jp/bosaikiki/bosai/documents/fusuishiryou2.pdf
 また、前述のとおり平成17年9月4日および平成22年7月5日の溢水被害は、河岸整備の工事のために川幅が狭くなっていたことが原因です。

 計画中の石神井川上流地下調節池の事業費には1310億円が見込まれています。この巨大事業の実施により、過去のどのような水害を防止することができたのか、事業は内水を含めた水害の防止のための最適な計画となっているのかなど、事業の必要性と合理性について納税者に分かりやすく説明することが不可欠であると考えます。
 また、河川の溢水対策と内水氾濫の対策の調整の必要性については、当該事業について議論された委員会でも出席委員から以下のとおり意見が述べられています。

「東京都の治水事業は内水被害と外水被害を分けて考えているが、住民から見ると浸水被害は一緒である。今後は、2020年に国交省が公表した流域治水の考え方に沿って進めていかないといけない。建設局は下水道局との調整をどのように行っているのか。」(「第18回河川整備計画策定専門家委員会」議事概要より抜粋)

 過去の水害実績の原因を正確に分析するとともに専門家委員会での意見に従って、水害の多くを占める内水氾濫の被害軽減も考慮した、効率的な水害対策の策定が求められていると考えます。
 

(参考文献)
Note 1: 石神井川上流地下調節池整備事業の事業評価について(その2) :近年の浸水被害は北区で発生
Note 2: 石神井川上流地下調節池整備事業の事業評価について (その1):溢水被害の場所を考慮して議論すべき

※ 筆者は、正確で中立的・論理的な議論を望んでいます。
このため、もし上記の執筆に誤りなどがあった場合には、是非、筆者(2024naturegreen@gmail.com)までご連絡下さい。訂正すべき箇所は、訂正するなどの対応に努めたいと考えています。

また、他の拙稿も読んでいただければ幸いです。以下からリンク可能です。
目次(「石神井川上流地下調節池整備計画」について)
7.「石神井川上流地下調節池整備事業」の残された論点:流域の浸水被害の低減に向けて



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