雨宿りのじかん。
家で久しぶりに映画を観た。
ずっと観たかった作品。
このアニメはもともと好きで、実写化されてからずっと気になってはいたものの観そびれていた。
思い出したのは、雨が降ってたから。
以下ネタバレ大盛り、ご注意を。
『恋は雨上がりのように』
雨上がりの雰囲気ってなんだろう。
爽やかさとか、降り注ぐ日差しとか、そういうものだろうか。
たしかに、そんな空気感を感じる作品だ。
17歳の女子高生が、45歳のファミレス店長に恋をする物語。
表現が適切かは分からないけど、
このふたり、絶賛雨宿り中なのだ。
天気って重要だよね。
ときに人生を左右されるほどに。
なにより今日一日の行動が決まるし。
けれどそんなのは当たり前すぎて
「今日は雨だね」とか「お天気で気持ちいいね」とか、会話にしてしまえば取るに足らない内容でしかないのだけど。
✳︎
この作品は"雨"が重要な役割を担っている。
タイトルにもなっているからそりゃそうだ。
主人公の橘あきらが店長に惹かれたのも、雨宿りのために立ち寄ったファミレスでの出来事がきっかけ。
雨は足止めを食らう時間。
何かを熟考する時間。
晴れ間が見えたとき、向かう方向を決める時間でもある。
ファミレスの店長として働く近藤正己は、小説家への夢を断ち切れずにいた。
でもどこかで、もう叶わないと諦めてしまっている自分もいる。
バツイチで息子がひとり。
たまに会っても父親らしいことなんてしてやれてない。
家でひとり原稿用紙に向かっては、俺は何をしているんだろうと、振り切れない思いを抱えながら日々を過ごしている。
作中では、芥川龍之介の『羅生門』が出てくる。
羅生門は、あるひとりの下人が、雨止みを待っているところからはじまる物語だ。
生きるために盗人になるか、餓死するか、下人の心が揺れ動く様子が描かれる。
映画ではその中の一文を、店長がひとりつぶやいているシーンがある。
(アニメでは下人についてお互いに語り合う場面もあった)
云わばどうにもならない事を、どうにかしようとして、とりとめもない考えをたどりながら、さっきから朱雀大路にふる雨の音を、聞くともなく聞いていたのである。
(羅生門/芥川龍之介)
そんな冴えない中年男性が、唐突に17歳の女子高生から告白を受ける。
まさに、青天の霹靂。
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わたしは女子高生でもなければ中年男性でもないけれど、ふたりの間に流れる空気が決して縁遠いものでなく感じられるのはなんでだろう、と思う。
自分を中途半端だという店長の存在が、やっぱりこの物語の肝だろう。
17才と45歳では、どうやっても埋められないものがある。
好きに理由はいらないと言ってしまえる若さと、それでも僕らの好きには理由がいるよと諭す店長と、どちらの言い分も分かる。
「夢も希望もない、空っぽの中年なんだよ僕は…」
と店長が呟いたあと、
「僕って言った…店長いつも"俺"っていうのに。フフッ」
とか嬉しそうに言ってしまうあきらが超絶可愛くて、重たい空気をわずかにでも救ってくれる。
若さが隔たりになることもあれば、救ってくれることもあるんだな、と思わせてくれる。
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デートの約束を半ば強引に取り付けられた店長は、あきらを図書館へ連れて行く。
一方的におすすめされる本より、君を呼んでいる本がきっとあるよ。
と伝える店長、らしいな。
こういうところに、きっと惹かれたんだよね、あきらは。
ケガをきっかけに陸上から離れていたあきらは、もう以前のような走りをするのは無理だと思っている。
ケガをする前は、大会記録保持者でもあった。
あのベストタイムを叩き出した過去の自分と決別するように、バイトに明け暮れる日々を送っていた。
そんなあきらも、呼ばれた一冊の本を手にして、走ることへの感情がまた少しずつ動きはじめる。
✳︎
この物語の設定だけを聞けばそりゃインパクトはあるし、どんな結末を迎えるのか興味は湧く。
けれど、そんなものがどうでも良くなってしまうほどに、描かれる登場人物たちの眼差しが魅力的だ。
雨で足止めを食らってしまっても
誰かのおかげで一歩踏み出せたり
雨宿りした時間を愛せたりするのだろう。
実際アニメを観ていた当初、原作が最終巻を迎えたと話題になったけれど、私は結末を知りたいようで知りたくなかった。
だから2人が最終的にどうなったのかは今も知らない。
それでも、この作品に出会えてよかったなぁと心から思える。
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「若さっていうのは、ときに乱暴で凶暴なものなんだ。」
あきらの思いを受け止めつつ、大人としての責任を感じつつ、それでもあきらの存在を肯定し続ける店長は優しい。
今の感情はすべて財産だと。
持て余す若さと真っ直ぐさに、遠い昔に置いてきた自分の感情にまた会える。
だから感謝しているんだ、と伝える店長がなんだか素敵で苦しい。
でも同時に、彼女にかける言葉はまるで昔の自分にも言っているようだった。
乱暴で行き場のない彼女の想いと昔の自分を、一緒に抱きしめているようにも見える。
そんなシーンがいたるところに散りばめられていた。
止まったままでいた店長の筆が、また走り出す。
この感情に名前をつけるのはあまりにも軽薄だ。この感情を恋と呼ぶにはあまりに軽薄だ。
それでも、今彼女が抱えている不安を取り払ってやりたい。救ってやりたい。たとえ自分にそんな資格があるとは思えなくても。
✳︎
恋愛と夢や仕事って、お互いが上手く作用しないことの方が多いと思う。
どっちかがどっちかの邪魔をしてくる。
けれどこの物語は、恋の決着そのものより、その感情を大切なままにしておいてくれる温かさがある。
そのおかげで、その他あらゆるものが救われていく過程を見事に描いているなぁと思う。
自分にとって大切なことを、大切にしてくれる人たちがいることって、なんて素敵だろう。
あと、女の子が走ってる姿っていいよね。
爽やかさ5割増し。
雨だけでなく、
風も日差しも感じれるような映画でした。
ーおまけー
「店長が下人だったら、盗人になりますか?」
映画では描かれなかったが、アニメの中で印象的だったシーンだ。
現代文の宿題で出された羅生門についてふたりが意見を交わす。
あきらの突飛な質問に驚きつつも、店長はポツリポツリと答える。
「俺はたぶん…盗人にはならない。いや、なれないかな。」
「俺が下人だったら、門の下でずっと雨が止むのを待っていると思う。もしかしたら、雨が止んでもその場から動けずにいるかもしれない。」
歳を重ねるにつれて、どこか臆病になっている店長の気持ちが垣間見えるシーンだ。
この問いが映画の最後でなされていたら、店長はなんと答えただろう。
雨上がりあとの返答が聞きたい。
問)あなたは下人のとった行動をどう思いますか?自由に書きなさい。
( )
現代文のプリントに書かれたあきらの答えもまた、魅力的なものだった。