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ホットスポット#2 様式美へのアンチテーゼ

 日テレ系日曜ドラマ、ホットスポットの2話を視聴した。遠慮がなく、図太い主人公たちが日々を楽しく過ごしている様子が見ていて気持ち良い。細かな伏線の回収にも、舌を巻くばかりである。
 私が今回の話で印象的だったのは、「富士山はどっちのもの論争」だ。「富士山は静岡と山梨、どちらのものか?」というテレビ局のインタビューに対して、登場人物たちは対立構造を作りたいテレビ局側の意向を汲んで、山梨のものだと主張する。本当はどちらのものかなんて興味がないのにも関わらず、だ。しかし、オンエアされた放送を見ると他の回答者は「別にどっちでも・・・」と答えており、「現在の県民は富士山がどちらのものかは興味がない」という結論に終わっていた。これを受けて主人公は、「対立構造が長年続いているのは、それに乗っかる人がいるからだ」と結論づける。
 私は、「富士山は山梨のものだ!」と相手の意向を汲んで答える登場人物の気持ちがとてもよくわかる。世間一般の共通認識であり、いわゆるテンプレートになっているものに則った返答をすれば、ある程度の盛り上がりは確約されるからだ。その様式美に沿った答えでないと、場の空気を白けさせるのではないかという恐れもある。
 私の場合は、血液型の話題でついテンプレを意識した返答をしてしまう。私がO型だと知ると、多くの人は、「じゃあ、大雑把でしょ?」と言う。私は、血液型による性格診断は唾棄するべきだと考えている。人の性格がたった4タイプに分類できるわけがないし、血液型と性格にはなんの相関性もないだろう。ステレオタイプもいいところだ。そのような信条を持ちながらも、私は「そうなんですよ、部屋とかぐちゃぐちゃで~」と相手が想定するような返答をする。実際の私の部屋は綺麗に片付いているし、どちらかというと細かい部分まで気になるタイプだ。
 今回の話を見て、テンプレを内心馬鹿にしながらもそれに乗り続けている私のような人がいるせいで、「様式美に乗らなければならない」という強迫観念が存在し続けるのだと思った。様式美に外れた言動をしても、案外白けることはないのかもしれない。様式美に囚われていた自分の言動を改めるきっかけになった。


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