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シキ 第二章「夏雲奇峰」第九話

第九話

 よし!みんないくよ!

 シキは心の中で改めて気合を入れ、指揮棒を構えた。

 ダン!
 タララ~タララ~

 私が、私たちが作り上げるニューヨークの景気を審査員に喰らわせる!

 空に浮かぶ純白な雲から街を見下ろすような壮大な始まり。

 いいよ、一旦落ち着いて…
 場面は変わり、ニューヨークの街角に降り立つ。
 みんなで話し合って決めた曲のイメージ。
 色の無い透明な鳥が空に浮かぶ多くな雲からニューヨークに降り立ち街を彷徨い歩く。
 初め、天気は曇り。
 灰色、黒鉄色、ねずみ色の路地から街の様子を眺める。
 たくさんの人が街を歩いている。

 人々の様子を思い浮かべながら、流れるようにいくよ!
 シキは滑らかに腕を動かす。

 街の人々の表情豊かだが概ね明るい。肌の色もそれぞれ、身にまとう表情も多彩。
 すると空が晴れ、透明な鳥は路地から飛び立つ。

 ここからパーカッションが色を変える。
 テンポ感意識していこう!ノリノリで!
 ここからはシキの動きも軽やかになる。

 パーカッションのリズムに木簡と金管が乗る。
 木管と金管のメロディーにパーカッションが同調する。

 いい感じだよ

 透明な鳥は街を飛び回り、人の生活の豊かさを知る。
 赤、青、黄色、多彩な服に身を包み、手には色々な食べ物も持つ。

 透明な鳥はそれを見ていてだんだんと、どんどんと楽しくなってくる。
 とても綺麗な街だと。

 彼は自分の姿を知らない。
 ただ自分も彼ら一人一人のように自由であることは知っている。

 それから何日も透明な鳥は街を見つめ、人の生活を見て、楽しんだ。
 色とりどりの色を。
 いいところも悪いところもひっくるめての街である。全員で一つのニューヨークなのだ。
 光の反対には影がある。
 影があるから輪郭が見えることもある。
 暗くとも、明るくとも、そこにあるのが景色だ。

 さあ、ラストいくよ

 ニューヨークに曇りが訪れる。
 そう、透明な鳥が乗っていた雲が返って来たのだ。
 彼は雲に向かって飛び立つ。

 そして、そこで人々は空を見上げ、初めて彼の存在に気付く。
 雲の色を写し取った彼を。
 空の全て、街の全てを一身に映して雄大に飛ぶ彼を。

 ただ一時、人々は空を仰ぎ見て、また日常に戻って行くのであった。

 シキが指揮台から降りると、割れんばかりの拍手を受ける。
 シキは緊張か全力を出したからか若干息が上がっている。

 全員でお辞儀をしてシキたちの演奏は終わった。

 翌日。

 「先輩たち、本当にお疲れ様でした・・・!」
 後輩代表で川井さんが先頭に立って労いの言葉をかけてくれる。
 シキたちは結果的に金賞をいただけたのだが、全国大会への出場は叶わなかった。
 いわゆる「ダメ金」というやつだ。
 とはいえ去年の銅賞より格段に嬉しい。
 ダメ金で悔しいとはいえシキたち3年生は悔しいながらに笑顔を見せた。
 「川井さん、本当にありがとう。応援してるよ」
 「はい・・・!がんばります!」
 次の部長は川井さんに決まっていた。
 満場一致だった。

 こうしてシキは部活を引退し、次の代に引き継がれた。

 次の週末。
 今日は気持ちのいいぐらいの晴れ。
 部活が終わったのでいよいよ本格的に受験勉強をしなければならないのだが、まだ気持ちが上がらない。
 シキは散歩がてら街を一望できるあの丘に向かうことにした。
 今日の様な日はきっと彼女もいるに違いない。

 丘に着くと案の定彼女、ウタがいた。
 「あ、カラちゃん!」
 「やっ、気晴らしに来ちゃった」
 「改めて本当にお疲れ様、かっこよかったよ」
 「ありがとう」
 ウタと古都くんはシキのコンクール予選を聴きに来てくれていたのだ。
 「カラちゃんが描いた世界、とってもよかったよ」
 「うん、ま、私主導だけどみんなの力だよ、あの部員じゃないとあの感じにはならなかったもん」
 「そっか、奥深いね」
 「うん。本当に」
 ウタは今日も空を描いていた。
 遠く遠くの空まで細かく。
 「私も、こっから受験頑張るわ~」
 シキは大きく伸びをし、空に拳を突き上げた。

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