見出し画像

シキ 第二章「夏雲奇峰」まとめ記事

第二章「夏雲奇峰」


 第一話


 夏のコンクール予選の自由曲に向けて作曲の計画が始まり早数か月が経ち、シキたちは高校三年生になっていた。


 「あーーーー、ほんっっっとうにどうしよ」

 シキは音楽室の机で項垂れていた。

 「流石に今の段階でこれだと困りますね…」

 目の前の川井さんも俯きがちになる。


 シキたち吹奏楽部は曲を作ることに決めてから当然色々と話し合いを重ねた。

 しかし、テーマや曲の雰囲気決まれど肝心の主メロや掛け合いなどがまとまらないのであった…。

 数十人規模の部活なので意見の対立は避けられない。

 だから誰かがどこかで折れないとやっていけないのだが…。うちの部員たちは思った以上に子供たちだったようだ。

 そのうえまとめ役の部長も統率を取れるタイプではないしシキも積極的には前に出てはいけない。川井さんが前に出てくれようとしたこともあったが、申し訳ないし彼女もそういうタイプではないと思うので止めておいた。

 結果がこれだ。


 新入生歓迎会の部活動紹介の際には校歌の演奏と定演でも演奏した有名な東京の名を冠した千葉にあるテーマパークのメドレーを披露した結果今年度もコンクールの規定には足りる部員数を確保することが出来ていた。

 幸い今は初心者向けの基礎蓮などを先輩がやっている関係で作曲の件は落ち着いている。

 だが、当然すぐにこの問題は浮上する。

 ここ最近では昼休みに音楽室に来て川井さんと相談する毎日を送っていたわけだ。

 しかも最悪なことにどこかのパートの部員が新一年生に「私たち、今コンクールに向けて曲作ってるんだ~」と自慢したらしい。

 それならもっとまとめてくれてもいいじゃないか!

 当然シキ発案なので動きはしている。

 いろんな部員に案や希望を聞いて回り、融通を効かせてくれる人はいないかと営業職のようなことを繰り返している。

 だがずっと堂々巡り。イタチも逃げ出すイタチごっこ。

 辟易である。


 そしてまた数日。

 手元には部員がやってみたいという雰囲気やフレーズが溜まっている。

 手札は揃っているがなにも出来ない状態。

 曲の雰囲気が「冬」「雪」ということもあり、だんだん温かくなってきても居る最近ではそもそも冬の曲を作るのは大変だった。

 シキは教室でもそんなフレーズたちと睨めっこ。

 このトランペットのフレーズの裏にはパーカッションのこれが合うかなあ…と朝から思索していた。

 すると、前の人から回ってくるプリントに気付けなかった。

 「美山さん、プリントッ」

 前の席の快活な少女から言われて我に返った。

 「あっ、ご、ごめんなさい…」

 この日もシキは休み時間の間はもちろん、授業中にもふと気が抜けたら曲のことを考えていた。

 そして昼休みにあれば音楽室で川井さんとも相談。

 その時間にまとまった皆の折衷案を部活の時間に共有して、反応を伺う。

 

 だがこの日、これらシキの努力が全て無駄になった。


 部活が終わる時のミーティングの時間。

 いつもは少し遠くから見ている顧問が珍しく話があると言ったのだ。

 「えー、話があるんだけど、まあ、提案かな?」

 部員は各々の感情を表情に出す。

 「みんなが自由曲を作っているのはもちろん知ってるんだけど、流石にもう夏のコンクールまで三か月ぐらいだし、既存の曲に変更しないかな?」

 部員に衝撃が走った。

 「もちろん、みんなが出してくれたアイデアはこの部活に保存しておいて、もっと長い時間をかけて作り上げた方が良いと思うんだ。」

 一番驚いているのは、シキだ。

 「どっちにしても、そろそろ時期的に曲を決定しないといけないと思って口を挟ませてもらいました。以上です。」

 流石に部員はざわついたが、半分ほどの人はすでに諦めていたようでリアクションはない。なにより、顧問の隣に立つ部長は表情一つ変えなかった。

 きっと打合せ済みだったのだろう。

 「じゃあ、解散」

 部長の一言にみんなが動き出した。

 私はまっすぐ部長の元に。

 「作曲中止ってこと!?」

 「うん、流石にもうね、時期的にさ」

 「いきなりなんて…」

 「まあ、美山さんが頑張ってくれてたのは知ってたけど、もう少し早く動けたらよかったね」

 この発言の真意はなんだ?

 後から思えば「自分も早めに動ければよかった」という意味合いもあるかもしれないが、この時のシキにはシキを攻める発言としてしか入ってこなかった。

 そしてシキは黙って片づけを始める。

 遠くからは「シキが早くやってれば」「美山さん、仕事遅かったしね」

 なんて聞こえてくる。

 あーーーー!

 シキは黙って廊下に出て帰宅する。

 シキの後を川井さんが追いかけてきていて、珍しく大きな声で「先輩!先輩のせいじゃないです!」と言ってくれた。

 しかし、シキは振り返ることが出来ずにそのまま家に帰った。

 


 第二話


 翌日の学校では朝から自分の席で机に突っ伏していた。

 

 踏んだり蹴ったりとはまさにこのことを指すのだろうと思う。

 用例で使ってもらって構わない。

 

 まだ完成せずともせっかくここまでやったのに…。

 少しずつ、本当に少しずつ形を作っていたのに…。

 まあ、仕事が遅かったのは事実だし、もっと自分が積極的に動いていれば春休み明けには完成していたかもしれない。

 だけど、自分一人のせいにはしてほしくはない。


 「美山さん、大丈夫…?」

 伏せているとふと頭上から声がした。

 「ん…」

 顔を上げると前の席の快活少女がシキのことを心配そうな目で見ていた。

 名前は確か…

 「ありがとう、空知さん。大丈夫だよ」

 空知そらち詩季うた。三年生で初めて同じクラスになった人で、シキとは真逆で髪はかなり短めなショートカット。適度な小麦色の肌からきっと運動部だろうことが想像できる。

 「この前もボーっとしてたけど、私でよければなんでも聞くからね!」

 「ありがとう…」

 初対面でも心配してくれる空知にシキは純粋に感謝を述べた。

 「そういえば美山さん、今日の古典の現代語訳ってやった?」

 空知はここで会話を終わらせるのにある種の不安を覚えたのかもしれない。

 「あ!やってない…」

 シキは空知のこの会話によってこれを思い出した。昨夜は課題なんてなにも出来ずに寝てしまったのだ。

 今日の古典は一時間目。現代語訳をやっていないとちゃんと怒られる。

 「はい、これ写しちゃいな」

 そういって空知は自分のノートを差し出してきた。

 「え、いいの?」

 「うん、美山さんなんか最近大変そうだったから心配でさー」

 まさか、前の席の人にそう思われているなんて。

 「あ、ありがとう…」

 シキはありがとく受け取ってササっと自分のノートに写させてもらう。


 「ありがとう、助かった」

 写し終わったシキはノートを本人に返す。

 「古典の課題はヤバいからねえ、よかったよ」

 「本当ね、」

 「美山さん、改めてよろしくね」

 「うん、よろしく」

 「私、美山さんと話してみたかったんだ~」

 「え、なんで?」

 「だって、ほら、」

 そう言って空知はシキが返したノートの自分の名前のところを指さす。

 「私の名前、詩に季節の季でウタって読むんだけど、読み方変えたらシキってなるでしょ?」

 「おお、本当だ!同じだ!」

 「新学期に入って気付いたんだけど、美山さんいつも忙しそうにしてたからさ、席替えで近くになれて良かったよ」

 「えー、なんか素敵なこと考えてるんだね、こちらこそよろしく!」

 「うん!」

 そうしていたら担任が入って来たので会話はここまでに。

 

 これが美山みやましき空知そらち詩季うたの出会いであった。

 

 そしてこの日の昼休み。

 「美山さん、よかったら一緒にご飯食べようよ」

 昼前の授業が終わると、前の席から空知さんが振り返ってそう言った。

 シキはいつも音楽室に行って川井さんとご飯を食べていたが、今日はその気分にならなかった。というか、いつも川井さんと話しているのは作曲についてだ。それが無くなった今、その必要も無くなったわけである。

 「うん、いいよ」

 「あ、ほんと?部室とか行かなくて平気?」

 「うん、今日は大丈夫」

 「よかった~でもいつも部室とかに行ってたんだよね?」

 「うん、よくわかるね、」

 「まあ、美山さん、部活頑張ってるみたいだしさー、そうかなって」

 そして持ってきている弁当を開けて話の続きをする。

 「そういえば、空知さんって部活はなにやってるの?」

 短髪小麦肌。きっと陸上部とかだろう。

 「ん、私は一応美術部だよー」

 「え、あ、美術部なの!?」

 「うん、意外?」

 「うん。意外。てっきり運動部かと思ったよ」

 「あー、まあ見た目がこれだからたまに間違えられるけどねえ」

 「うん、日焼けもしてるしさ」

 「日焼けはねえ、私、外で絵を描くのが好きなんだ。週末はずっと外に出かけて絵描いたりしてるー」

 「いいね、風景画?」

 「うん!街の様子とかもいいけど、やっぱ自然が好きだから原っぱとか山とか川とかよく描いてるよ」

 「いいな、今度見せてよ!」

 「もちろん!」

 「あ、一応言っとくと、短髪なのは絵を描くときに邪魔だからさ」

 「なるほど」

 「美山さんは音楽だけ?吹部だよね?」

 「うん、パーカッションていう打楽器とかのパートと指揮者してるー」

 「だよね!歓迎会でも指揮者してたもんね!かっこいいな~」

 「ありがと、絵を描けるのもすごいよ」

 「ありがとー、ねえ、下の名前で呼び合わない?」

 「いいよ!」

 「じゃあ、シキちゃん?」

 「じゃあ、ウタちゃん!」

 ただ、ウタはなにやら思索の顔をしている。

 「あだ名でもいい?」

 「もちろん!どんな?」

 「カラちゃん!」

 「はじめてのパターンだ」

 「色って漢字がとってもいいからそこから!」

 「いいね!嬉しいよ」

 「じゃあ改めてよろしく、カラちゃん」

 「こちらこそ!ウタちゃん!」

 

 こうしてここから二人の長い付き合いが始まるのである。

 

 第三話


 昼休みをウタと過ごしたシキは放課後の部活が憂鬱になっていた。

 きっと今日にでも曲決めが行われるだろうが、昨日の部員の発言を思い出したのだ。

 きっと自分の意見は通らないだろうし、またなにを言われるかわからない。

 一日ぐらいサボってしまおうか…。

 そんなことを考えていた。

 ただ、いつも繰り返している習慣だからか、自然と足は音楽室の方に向いている。

 ゆっくりと一歩一歩休む理由を考えながらも無意識的に歩いていた。

 そして、音楽室の前に辿り着く。

 もう部活開始の時間は過ぎており、中からは部員の声が聞こえてくる。

 しかし、音楽室の扉の前に立つと、足がそれ以上中へ入ることを拒んだ。

 

 「っ……」


 声も上手く出せないし足も進まない。

 あー、また以前のような感じになっている。

 以前もそうだったが、頭の中には冷静な部分もある。

 しかし、心が行動を拒否している。


 シキが動けずにいると、遠くから声が聞こえた。

 「美山先輩!」

 シキがそちらを向くと川井さんが廊下を走ってシキの元にやって来た。

 「先輩、ここにいたんですか、」

 「か、川井さん…」

 「昼休みも来なかったので休みかと思って先輩の教室に行ったんです」

 「それは、ごめんね、」

 「で、先輩、どうしたんですか…?」

 「いや、ちょっと…」

 そして川井さんはシキがドアの前で立ち尽くしていることと表情や声色が暗いことで察したようだ。

 ただ、対応はシキを驚かせるものだったが。

 「先輩!行きましょう!」

 川井さんはシキの手を取り引っ張った。

 「えっ、ちょっ」

 そしてそのまま音楽室に入る。

 「お疲れ様でーす!」

 なにやらいつもよりも少し元気な川井さんの声でも部員の注目を集めたわけだが、その川井さんに手を引かれて半ば強引に連れて来られたことがまるわかりなシキを見た部員はさらに驚いた表情で二人を見る。

 だが、意図的かどうかわからないが、誰かが何かをいうよりも先に大木くんが口を開いた。

 「あ、美山さん来たね!じゃあ曲決めちゃおっか!」

 いつものなにも考えていなそうな明るい口調で部長がそう言う。

 すると、誰も何も言うことなく話し合いに入ることが出来た。

 内心でどう思われているかはわからないが、言葉に出て来なければなにもない。


 「さて、と」

 という部長の声と共に話し合いが一区切りする。

 とはいえ話し合いは思ったよりもスムーズだった。

 なぜなら、やはり今から新しく長い曲を練習することが難しいのでは?となったのである。

 今から練習しても三か月ほどしか練習ができない。

 課題曲を一曲新しく練習しなければならないので、それも考えると難しかった。

 そこで、ほぼ満場一致で昨年演奏した「ア・ウィークエンド・イン・ニューヨーク」を再び行うことになりそうだったのだ。

 確かに昨年のコンクール前にはみんな楽しそうに練習に臨んでいたし、定期演奏会では一年生を除いたメンバーでも演奏している。

 同じ曲を演奏することは前提だが、それであれば理想的な状態は出来上がっているのだった。

 

 この日は川井さんと部長のおかげなのか特に他の人からのあれこれは耳に入らず部活を終えることが出来た。しかし、当然ながらシキの頭の中には嫌な想像がかけていて、緊張状態のような感覚は取れなかった。

家に帰って部屋で一人目を瞑ると嫌なことが浮かんでくる。

 明るく声をかけてくれたウタに川井さん、部長には感謝をしている。ただ、心のモヤモヤはなかなか晴れないし、考えるほどに明るい景色は薄れていく。

 シキは部屋の中、ベッドの上でどんどんと狭く、暗くなっていった。

 

 そんな状態で数日後。

 今日も寝ていたことには目覚めて気が付いた。

 ここ最近は寝ているのに寝不足のような感覚が取れない。

 部活のみんなからの嫌味などは聞こえてこないが、シキの心は常に気を張っていた。自分自身でもわかってはいるが、勝手に緊張してストレスを抱えているのである。

 そんなことを見透かしたウタや川井さんからは心配の声を貰うが、改善はしない。

 今日も授業を受けて、部活…。


 シキはベッドから起き上がった瞬間に自信の体に起きている異変に気付き、そのままベッドに倒れ込んだ。

 明らかに体調が悪い。

 起き上がった瞬間の低血圧のような感覚に倦怠感。多分、熱もある。

 心の方で頭を使っていたが、体もかなりやられていたようだ。

 

 親に言って今日は学校を休むことにした。

 精神的に辛い時だと学校を休むという発想にはならない。きっと今の日本がそういう風潮を持っているからなのだろうが、なんだかサボっている気分になってしまう。

 そんな中でしっかりと体調を崩した今、正当に学校を休める。

 

 学校を休むと決め、親が仕事に出た瞬間、シキはなんだか肩の荷が無くなった感覚になり、再びベッドに倒れ込んだ。今度は体の力を意識的に抜いて。

 「今日はしっかり休もう。」

 頭に冷静な部分があると完全にダメになってしまったという自覚が出来にくい。

 口に出して今日は休み宣言をしないと体が休んでくれない気がしたのだ。

 

 そのまま少し二度寝をして、リビングへ降りる。

 そして、備蓄の中からお粥を拝借した。大丈夫、親の提案だ。

 するすると喉に通して風邪薬も飲む。

 音のない部屋は学校を休んだ特別感をくれた。

 

 そして再び部屋に戻ってベッドに横になる。

 眠くはないが、体は休めるべきだ。

 とはいえ頭は冴えているので携帯で適当に音楽をかける。動画サイトにある誰かが作った流行り曲のプレイリスト。

 次から次へ流れていく曲はどれもシキの心にはヒットしない。

 頭がこれに飽きると考えは音楽にとらわれたままで部活のことを考えてしまう。

 最悪だ。


 なにかもっと大きく頭を解放したい。そういう欲求に駆られた。

 そしてシキは古都のことを思い出し、すぐにメッセージを送った。


 「いきなりごめん、今度また写真を撮るところに同行したいんだけど、いい?」

 手を合わせたような絵文字付きで古都に送信した。


 第四話


 シキが目を覚めしたのは十七時頃。

 携帯にはウタをはじめとする何人かからの心配のメッセージが入っていた。

 そしてその中に古都からの返信がある。

 古都からの返信は十六時頃、つまりは帰りのホームルーム後ぐらいのタイミングで来ていた。

 「もちろん。でも、写真を撮るかは気分だけどいい?」

 古都とは学校が違うので当然のことながら体調を崩しているなんて知らない。

 だから、この自然なやり取りがなにか目立つ、特別なように感じれた。

 そしてその返信で気づいた。

 そういえば彼は気分で写真を撮っているのだった。

 写真を撮るのに同行したいと言っても写真を撮るとも限らない。

 「うん、それでも」

 そう返事すると「じゃあ、・・・」と話し合いが始まった。

 

 その後何度かやり取りをして数日後。

 シキは古都の撮影に付き合うことが決まってからは幾分か精神的な方は良くなっていた。川井さんと部長に頼る面はあるものの、部活もちゃんとこなしている。


 集合場所はシキの家の最寄り駅。時間は昼過ぎ。

 古都がせっかくのシキからの誘いだということでここら辺を歩いてみたいと言ったのだ。

 シキの街は都会にほど近いが感覚からすれば田舎な感じである。自然も多いし彼にとってもいい撮影スポットになるだろう。

 古都を待つ間、シキは古都を街の北側にある街を一望できる小さな山?丘?に案内してみようかと考えていた。シキは小さいころにいったきりだが、この街では有名なスポットだ。きっと撮りがいのあるものがあるはずだ。

そして駅の出口から古都が出てくるのが見えた。

 「おーい」

 シキはそう言いながら古都の方へ向かった。

 「あ、久しぶり」

 古都は柔らかい笑みを浮かべてくる。

 「ありがとね、同行させてくれて」

 「ううん、僕はなんでもいいよ」

 「じゃあ、連れて行きたいところあるからそこ行こ」

 「あ、いいね」

 「多分気に入ってくれると思うんだ」

 そして二人は歩き出した。

 古都とはメッセージにてやりとりはそこそこしていたものの、直接会うのは定期演奏会以来だ。正直シキは自分から誘っておいてだけれど少し気まずくなるのではないかと思っていた。だが、古都の雰囲気なのだろうか?二人は普段のメッセージのように自然と話すことが出来ている。


 「なにか悩んでる?」

 会話が区切れたタイミングで古都が聞いてきた。

 「え?」

 「いや、ないならそれに越したことは無いんだけど…」

 「あー、私、わかりやすい?」

 「いや、そうじゃなくて、初めて会った時も話したし、なにか僕でよければ力になるからって意味だよ、」

 「そっか、ありがと」

 多分古都には見透かされているのだろう。だけど、彼はなんとなくではぐらかそうとした。

 「じゃあ、到着するまで相談乗ってもらっていい?」

 「もちろん」

 シキは古都の優しさを借りることにした。

 

 話をしているうちに目的地である丘についた。

 正直シキ自身、口から現状を吐き出していると自分の悩みはどうしようもなく小さく、全部自分の器の問題なのではないかとも思えてきた。自分にも悪いところは当然あるに違いない。しっかりと向き合わねば。

 古都はそれをただ静かに聞いていて、時折的確な言葉をくれた。

 丘に着くころにはシキの心は幾分楽になっていた。

 「話聞いてくれてありがと、口に出すと違うね」

 「それならよかった」

 「んで、ここがおすすめのスポット!街も見えるし自然も多いからいいところだよ~」

 そんなことを話しながら一番街が良く見えるところに歩いて行った。

 すると、そこには先客がいて、シキは大層驚いた。

 当然この街では有名なスポットで景色や夜景を見に来る人は多いと聞く。だから先客がいること自体は別に普通なのだが、シキが驚いたのはその人物だった。

 「あれ?ウタ?」

 シキはその人物の後ろ姿に見覚えがあった。

 「へ?」

 この丘で一番街をきれいに見える場所、そこで絵を描いている彼女。

 「やっぱり!」

 やはりそれはウタであった。

 「え!カラちゃん!?」

 ウタはパレットと筆を持ったまま立ち上がってこちらにやってくる。格好は白いシャツの上にジーンズ生地のつなぎを着ている。

 「こんなところで会えるなんて!隣の人は、彼氏さん…?」

 ウタは隣に立つ古都の方を一度みてそう言ってくる。

 「あ、違う違う!」

 シキは慌てて訂正する。確かに端から見ればそう見えるのも無理ない。

 「この人は友達の古都くん」

 「古都です。○○高校の三年です。趣味で写真撮ったりしてます。」

 「あー!カメラ!いいですねえ、私はこんな感じで絵描いたりしてます」

 どもども、と二人の軽い自己紹介が済んだ。

 そしてシキはここに来た経緯を話す。

 「やっぱりカラちゃん、また抱えてたんだね…きっとここからの景色観たら少しは軽くなるよ!」

 「行こ!」そう言ってウタは先ほどまで絵を描いていた場所に戻る。

 シキと古都もそこに戻ると、そこにはとても広い景色が広がっていた。

 「うわあ」

 そう漏らしたのはどっちが先か。

 シキも古都もそこからの景色に感動を覚えた。

 普段生活している街。その上に広がる青い空、そこに立ち上る積乱雲。

 夏らしさ全開といった景色。

 解放感が二人を包んだ。

 ウタはそんな二人を見て少し微笑み、再び絵を描き始める。

 「いいよね、ここ」

 ウタは絵を描きながら二人に言う。

 「私、ここからの景色がすごく好きで、たまにここで絵を描いてるんだ。」

 「うん、凄いねここ。」

 「うん。僕も気に入ったよ」

 古都はそう言いながら写真を撮り始めた。

 シキはウタの絵を覗き見る。

 そこには素晴らしい空の絵が描かれていた。

 街は下の方に控えめに描かれており、雲が大きく描かれている。

 「私、ここから見る景色も好きだけど、特にこの季節に見れる雲が好きなんだ。」

 「うん、いいね。それに、ウタの絵も素敵」

 「ありがとう!」

 いわゆる水彩画というものだろうウタの絵は、シキの心に強く残った。

 それからしばらくは誰も無言で各々の時間を過ごした。


 第五話


 それから感覚にして三十分ぐらいが経っただろうか?

 「よしっ」

 ウタがそう言って立ち上がり、大きく伸びをした。

 「お、もしかして完成した?」

 シキは気になってウタの方へ向かう。古都も気になったようで見に来た。

 「うん!今日のはこれで完成かなー」

 「え、すごっ!これってデッサン?ってやつ?」

 「そそ!今日の雲!」

 「へえ、凄いですねこれ」

 古都も感心している。

 ウタは先ほどまで描いていた水彩画を乾かしている間にデッサンもしていたようだった。シキは昔少し絵を本気で描こうとしていたからわかる。上手い。

 雲のデッサンはやったことがないが、白色が多い雲をデッサンするためには陰影で表現するほかない。それも、陰影も物のデッサンにつく普通の影と雰囲気が異なる。この柔らかい感じではっきりと雲を表現できているのはウタの腕を感じさせた。

 さらに、水彩画の方でも細かく青色を使い分けている。街の風景にも淡い青が用いられており、端に少し映る自然の緑が強くアクセントになっている。

 雲の青色はおそらく淡い青を何回か薄く塗り重ねているに違いない。

 とにかく綺麗だ。

 「カラちゃん、絵描いたりする?」

 シキが少しばかりまじまじと絵を見つめると、ウタがそう聞いてい来た。

 「えっ、中学の時美術部だったけど」

 「やっぱり!」

 「なんでわかったの?」

 「えー、…なんかカラちゃんの絵を見る時の目がさー」

 「わかっちゃうもん?」

 「わかっちゃうもん。」

 そこからは古都も参加しつつの感想大会。

 ふと古都が言った「やっぱり、絵を描く人は目が違うんだよね」という言葉にシキははっとした。

 描いている人にしかわからない、伝わらないこと。

 「それなら、古都くんも目が肥えてるよ」

 「え?」

 「私が気づかない小さな街の一部を見つけるじゃん」

 「あー、確かにそうかも」

 「なになに?」

 そこでウタに古都の撮影スタイルや過去の写真を見せる。

 「おー!いい写真!確かに私もこんなって言ったらあれだけど、ただ壁に生えてる苔とか気にしないし、こんなキレイに映せないな」

 「僕には街がこう見えてるのかも」

 「じゃあ、私には雲がこう見えてるね」

 「私は…」

 シキには…。

 「カラちゃんは音楽だね!」

 「うん、美山さんは吹奏楽でしか描けない世界がある」

 「ありがとう」

 ウタの描いた雲の絵も、古都が撮った雲の写真もどちらもそれぞれの良さが出ていた。

 彼らの心を写しているようだった。


 「じゃー、私は帰るけど、二人はどうする?」

 ウタが改めてと切り出す。

 シキもとてもいい気分転換ができたので今日は帰ろうかと考えた。

 「私ももういいかな、結構解放された気分。古都くんはどうする?」

 「僕はなんでも。」

 「じゃあ、みんなで帰ろうか!ちょっと待ってて、荷物まとめるね」

 そう言ってウタは片付けに取り掛かった。

 「古都くん、今日はありがとうね、本当にもう大丈夫?写真はもういい?」

 「うん。僕も気分で動いてるから」

 「そっか、ありがと」

 

 こうしてシキたちは三人でこの丘を降りていく。

 道が整備されているもののウタの荷物は多く、古都とシキは荷物をいくつか渡してもらった。

 自然豊かな丘から街に入り駅に着くまで三人で他愛のない話をする。

 その間も古都は街のいたるところに目を配り、あれこれと観察していた。きっと写真を撮りたいと思っていたのだろう。ウタは空を見上げたり、遠くの景色を見やっていた。彼女の方はきっと頭の中のキャンパスに何か描いているに違いない。

 シキはそんな二人を見てこの二人と知り合えてよかったなと思っていた。


 駅について古都がまずは帰路に就く。

 シキは改めて付き合わせてしまったことへの謝罪とお礼を伝え、ウタからはまた三人で遊ぼうと提案を受けた。

 古都が見えなくなると二人もそれぞれの帰路に就く。

 途中まで同じ道でそこまで行くことになり、途中で「本当に彼氏じゃないの?」と言われたがハッキリと否定。

 太陽のように笑いながら言うウタは半分からかっているのだろうことがはっきりとわかる。良い人だな、と改めて思った。

 

 私も私で頑張ろう。

 一人になった後にシキは改めて決意した。


 

 第六話


 次の学校での部活。

 シキは決意を新たにみんなと、そして曲に向き合うと決めた。

 部活が出来る日数もあと少し。私は私で出来ることを精一杯やってやる。

 古都くんのように綺麗な写真は撮れないし、ウタのように鮮やかに世界は見れないけれど、私は私の世界を表現する!

 そう思っていた。


 しかし人生とはそう順調にはいかないものだ。

シキはこの日、部長から衝撃的な発言を受けることになる。


 「コンクールの指揮なんだけど、川井さんにお願いしてみない?」


 シキが部長と打ち合わせをしていると、彼がふとそう言った。

 「へ?」

 シキと部長は今まさにシキが行うコンクール曲の指揮の打ち合わせをしていた。

 「まあ、後進育成、といか、なんというか…」部長は少し言い淀む。

 「でも私なら去年も指揮をしたし…」

 「でもまだちゃんと指揮者を決めてはないよね?」

 「まあ、そうだけど…」

 確かにみんながみんなコンクールで「ア・ウィークエンド・イン・ニューヨーク」をやると決まったときからシキが指揮者のポジションに立つことを当たり前と考えていた風に思う。

 それもあってかまだ指揮者が誰かは明確に話されていない。

 そこで部長は来年のためにもと後輩の川井さんに指揮者を任せようと思い立ったと。

 「あ、もちろんもう川井さんには相談してるよ」

 「川井さんはなんて・・・?」

 「美山先輩の意見に従うって言ってたよ」

 「そっか、・・・ちょっと一回持ち帰ってもいい?」

 「もちろん」

 そしてその日の練習はシキがとりあえずそのまま指揮者として振る舞った。

 もう二、三年生は弾ける曲であるため、すでに合奏の形態での練習も行われている。

 シキは「なぜ今指揮棒を振るっているのだろう」という思いも抱えつつ、指揮をこなした。

 何度かみんなの目が厳しいように思えたが、いつもよりどこか他人ごとに思え、最後の方はほとんどなにも考えずに指揮棒をふるった。

 せっかく頑張ろうと意気込んだのに。

 今度こそ私自身の色で指揮をこなそうと思っていたところなのに。

 全体合わせの最後の一音が終わると、指揮台が足元から崩れる感覚を覚えた。


 部活終わりになり、シキは片付け中の川井さんの元へ向かう。

 「川井さん、ちょっといい?」

 「はい、大丈夫です」

 「指揮者の件なんだけど、川井さん、指揮やりたい?」

 「あー、指揮者の件ですね、私は美山先輩がどうしたいかで全然大丈夫ですよ!」

 「そう?」

 「はい、部長は美山先輩が最後のコンクールは演奏したいかなってことで私に提案してくださったみたいなので」

 「そういうことだったのね、…そっか、わかった。考えてみるね」

 「はい!私は先輩がどのパートでも応援してます!」

 「ありがとう」

 

 家に帰りシキは再び思案する。

 部長、こと大木くんは彼なりに私のことを考えてくれたんだ。

 シキは寝る直前まで悩んだ。

 確かにパーカッションでの演奏は楽しいしやりたい気持ちもある。

 ただ、「ア・ウィークエンド・イン・ニューヨーク」は去年の未練がある。

 指揮者は自分でやりたい。

 そうだ。

 私の色を出すのではなかったのか?

 自由曲であるこの曲は私が指揮を努め、課題曲の方を川井さんに任せるのでどうだろう?

 川井さんには悪いが、そちらの方がシキももっと全力で指揮棒を振るえる気がした。

 古都くんやウタのように私は指揮者として世界を作る。

 

 翌日、川井さんと大木くんを呼び、これらのことを話した。

 「私の全力を表現したい」

 二人は満面の笑みで承諾してくれた。

 コンクール迄残り数か月。

 心残りの無いように。


 第七話


 それからの練習では課題曲の指揮者を川井さんが務めることが発表され、シキが自由曲、「ア・ウィークエンド・イン・ニューヨーク」の指揮者を務めることは自然な流れで行われた。

 少し変わったことがあるとすればシキが前よりもどうどうとしていることだ。


 「そう!今のトロンボーン良い感じ!次はパーカッションに焦点当てて、今のトロンボーンの旋律に乗っかるようにやってみて!」

 

 シキは頻繁に各パートとすり合わせを行い、全体合奏でそれらを表現し、まさに色を出していた。

 そんなシキの顔にはいつの間にか自然な笑顔が浮かんでいる。


 コンクール迄あと二週間に迫った週末。

 今日の練習は大木君の計らいで「シキの休日」という裏の目的で「自主練」が宣言されていた。

 シキは目の前のことに全力で取り組むと決めたものの、やはり指揮者という立場は大変なことが多い。少し心労が重なりそうだったので大木君が休みをくれたのだ。

 

 ここ最近シキは心のリフレッシュも兼ねて散歩に出かけることが増えた。

 これはきっと二人のおかげだ。

 今日は目覚ましをかけずに起き、すがすがしい気分でご飯を食べて家を出た。

 暑さが本格的になり外に出るのはしんどいが、今日は目的がある。

 ご飯を食べて少し部屋であれこれと自分の時間を過ごしていると、お昼ごろに窓の外をふと見ると立派な積乱雲が出来ていたのだ。


 こういう日はあの丘でウタが絵を描いているはず。


 シキは彼女の絵を描く姿が気に入っていた。

 前に古都と二人でウタに遭遇して以来、シキとウタの交流は深まり、教室でも良く話し、美術部にも何度かお邪魔していた。

 でも、シキはウタが広い広い空の下で絵を描く姿が一番好きだった。

 真剣なまなざしとなんとなくの微笑を携えてキャンバスに、空に向かうウタは輝いている。

 今日もそんな彼女に会いに行くのだ。


 長い髪は後ろで一つに。涼し気な薄水色のワンピースに白基調の手提げには水色の水稲。白い帽子を被って出発。

 

 あの丘まではそこそこ距離がある。歩くのは結構大変だ。

 でも、この暑さと青い空を一歩一歩感じていると、きっとウタはいい絵を描いているに違いないと思えてくる。

 シキの住む家々の群れからだんだんと自然的な景色に変わる。

 

 辿り着くとやはりそこにはウタがいて絵を描いていた。

 シキははじめ、後ろから静かに見守る。なぜなら彼女が集中しているからだ。

 そしてウタが「ふぅ、」と一息入れたタイミングで声をかける。

 「今日も良い雲だね」

 「あ、カラちゃん!今日も来てくれたんだ!」

 「うん!今日は部活休みでさ」

 「コンクールは順調?」

 「なんとかね、相変わらず相いれない人も居るけど、まあ、堂々としてればね」

 「そっか、楽しみにしてるね!」

 「頑張る!あの雲みたいにでっかくやってくるよ!」

 そしてシキは二人の遠い先にそびえる積乱雲を指さす。

 「うん!応援してる!」

 「で、今日も良い雲だねえ、あれも、これも」

 シキはウタの絵を覗き込む。

 「ね!描いてて楽しいよ~」

 その後シキはウタが絵を描く姿を見たり、景色を見たりした。

 

 ウタはやはり絵が上手い。

 なにより薄い色に対してすごく繊細に塗り分けている。

 一つ見える積乱雲でもこうも多様な色があるのか、と。

 周りにあるぱきっとした青に光の当たっている雲の純粋な白。そしてその一部に空が写り込むと薄い水色のような色になる。

 もちろん暗い部分もあり、その暗さも濃いところ薄いところと様々だ。

 これを一人でまとめ上げるウタは凄い。

 ウタが大きな積乱雲をまとめ上げるのを見ると私も指揮者として頑張ろうと思える。

 シキは徐に目を閉じ、イヤホンを付けて全体合奏の録音を流し、指揮を始める。

 なにか掴めるかもしれない。


 

第八話


 丘の上でシキは指揮の練習を続けた。

 白色、水色、白藍色の積乱雲を正面に目を閉じながら。

 頭の中では黒色、鉛色、白亜色のニューヨークを思い浮かべて。

 何度も何度も指揮を振る。

 もっと鮮明に、印象を強く、イメージが現実になるように。

 

 何回かの練習のあと、ようやく目を開ける。

 眩しい太陽光に目を細める。

 帽子と手で影を作り正面を見ると、そこにウタが立っていた。

 「あ、終わった?」

 「ん?うん、集中しちゃってた、どうかした?」

 「だよね、めっちゃ集中してた。すごい。」

 そういうとウタは徐に手に持っていた一枚の紙を渡してくる。

 「はい、これ」

 「え?」

 シキが受け取って見てみると、そこにはシキの姿が描かれていた。

 「え!これ私!?」

 「うん!いい感じでしょ!」

 「うん、超いい感じ!すごい!」

 その絵は指揮がこの丘で積乱雲に向かって指揮棒を振る後ろ姿だった。

 後ろ姿で恰好は制服だし髪もいつもしている降ろした状態だけど、一目で私だとわかる。

 足元には何色も使い分けられ一本一本描き込んでいるようなきれいで鮮やかな緑の草たちが。空は本当に透き通るような一色の青。雲はウタがいつも描いているように薄い色まで繊細に描かれている。

 そしてそれら自然の中に堂々と立ち、なんだか積乱雲に勝負を挑んでいるようなシキの姿。

 紺色のスカートに白いワイシャツ。首から少し出ている真っ赤なリボンとうねる長い髪が躍動感とアクセントを生み出している。

 「ウタ、すごいよこれ、本当に嬉しい…」

 シキは改めて絵をまじまじと見つめ、感謝を述べる。

 「いえいえ、私なりの応援だよ」

 やばい。泣きそう。

 「やばい、泣きそう」

 「そんなに喜んでくれるなら描いたかいあったな」

 

 家に帰り、シキはウタが描いてくれた絵を窓の横に飾った。


 それから本番までの練習の時間、シキは今迄よりも部員一人一人を意識した。

 もちろん意見の合わない人、性格的に合わない人もいる。

 でも、それも含めてこの部活の色なのだ。

 まとめ上げるのは私。

 みんなの色を私の色で包み込む。

 輪郭を意識して、今日も指揮棒を振るう。


 「よし、良い感じだね、今日の練習もここまでにしよっか」

 全体合奏も完成し、一年生ももう完璧に弾けていると思う。

 「美山さん、明日の土曜練習って来れる…?」

 指揮者は片付けが早い。最近は少しみんなの様子をゆったりと見たりして帰ることが増えた。普段のみんなも見ておこうと。

 そんな時に大木君が声をかけてきた。

 「うん、流石に最後の土日練だしね、行くつもりだよ」

 「そっか、よかった」

 彼はそれだけ言って自分の作業に戻った。

 シキはコンクール直前だし特に気にせず家に帰った。


 次の日の朝。

 大木君から個人的に全体合奏が始まる正午に合わせてきてほしいとの連絡があったのでとりあえずそれに従って正午ごろにシキは学校へと向かった。

 

 校舎に入ると玄関で川井さんに遭遇した。

 「あ、美山先輩!おはようございます!」

 指揮棒を持っていたのでどこかで練習していたのだろう。

 「おはよう、指揮の方、どう?」

 「はい、おかげさまでばっちりです!」

 「よかった、音楽室戻るとこ?」

 「はい、一緒に行きましょう」

 そして二人で音楽室に向かった。

 音楽室の前に着くと中が嫌に静かだ。ドアが開いてないからとかそう言うレベルではない気がする。

 少し不審に思いつつ、シキがドアに手をかけると、「せーのっ!」隣の川井さんが大きい声でそう言った。

 すると


 タ~タタータータータ~

 

 「Good Morning to All」という曲が流れ始めた。

 所謂、バースデーソングだ。

 指揮は、隣にいる川井さんだ。


 「美山さん」「美山先輩」

 演奏が止むと中でこの曲を奏でていた部員たちが一斉に言う。

 「誕生日おめでとう!!!!!」

 そう、この日はシキの誕生日であった。


 みんな、粋なことをしてくれる…。

 表面上だけかもしれないけど、みんながみんな祝ってくれた。

 そして、部長、大木君からプレゼントも受け取る。

 「美山さんには色々と迷惑かけちゃってるし、指揮者としてしっかりまとめてくれてるから、みんなで出し合ったんだ。」

 開けてみると中にはなんだか良さげな四本のシャープペンと5つのノートが入っていた。

 「僕ら、引退したら本格的に受験生でしょ?だから勉強道具一式!」

 高そうなシャープペンだが、これぐらいがちょうどありがたく受け取れるプレゼントだと思った。

 「本当にありがとう、でも、なんで4本?」

 「あ、ノートは国数英理社で使い分けてもらおうと思って、一応国公立志望だったよね?」

 「うん、そういうことね、」

 「で、ペンは・・・」

 大木君が言い淀むと後ろから川井さんが続きを話した。

 「美山先輩の名前から連想して四本にしました!シキ、って季節って意味にもなるし、苗字の美山もいいなて思って、季節ごとの自然をイメージしました!」

 きっと提案は川井さんなのだろう。

 「そっか、…本当にありがとう…」

 シキはそこで涙が流れてきてしまった。

 すると川井さんが歩み寄り、ハグをしてくる。

 「先輩、コンクール、頑張りましょうね!」

 「・・・・・うん!」

 

 すると部員はみんな温かく拍手してくれた。

 

 第九話


 よし!みんないくよ!

 

 シキは心の中で改めて気合を入れ、指揮棒を構えた。

 

 ダン!

 タララ~タララ~


 私が、私たちが作り上げるニューヨークの景気を審査員に喰らわせる!


 空に浮かぶ純白な雲から街を見下ろすような壮大な始まり。

 

 いいよ、一旦落ち着いて…

 場面は変わり、ニューヨークの街角に降り立つ。

 みんなで話し合って決めた曲のイメージ。

 色の無い透明な鳥が空に浮かぶ多くな雲からニューヨークに降り立ち街を彷徨い歩く。

 初め、天気は曇り。

 灰色、黒鉄色、ねずみ色の路地から街の様子を眺める。

 たくさんの人が街を歩いている。


 人々の様子を思い浮かべながら、流れるようにいくよ!

 シキは滑らかに腕を動かす。


 街の人々の表情豊かだが概ね明るい。肌の色もそれぞれ、身にまとう表情も多彩。

 すると空が晴れ、透明な鳥は路地から飛び立つ。

 

 ここからパーカッションが色を変える。

 テンポ感意識していこう!ノリノリで!

 ここからはシキの動きも軽やかになる。


 パーカッションのリズムに木簡と金管が乗る。

 木管と金管のメロディーにパーカッションが同調する。


 いい感じだよ


 透明な鳥は街を飛び回り、人の生活の豊かさを知る。

 赤、青、黄色、多彩な服に身を包み、手には色々な食べ物も持つ。

 

 透明な鳥はそれを見ていてだんだんと、どんどんと楽しくなってくる。

 とても綺麗な街だと。


 彼は自分の姿を知らない。

 ただ自分も彼ら一人一人のように自由であることは知っている。

 

 それから何日も透明な鳥は街を見つめ、人の生活を見て、楽しんだ。

 色とりどりの色を。

 いいところも悪いところもひっくるめての街である。全員で一つのニューヨークなのだ。

 光の反対には影がある。

 影があるから輪郭が見えることもある。

 暗くとも、明るくとも、そこにあるのが景色だ。


 さあ、ラストいくよ


 ニューヨークに曇りが訪れる。

 そう、透明な鳥が乗っていた雲が返って来たのだ。

 彼は雲に向かって飛び立つ。


 そして、そこで人々は空を見上げ、初めて彼の存在に気付く。

 雲の色を写し取った彼を。

 空の全て、街の全てを一身に映して雄大に飛ぶ彼を。


 ただ一時、人々は空を仰ぎ見て、また日常に戻って行くのであった。



 シキが指揮台から降りると、割れんばかりの拍手を受ける。

 シキは緊張か全力を出したからか若干息が上がっている。

 

 全員でお辞儀をしてシキたちの演奏は終わった。

 


 翌日。


 「先輩たち、本当にお疲れ様でした・・・!」

 後輩代表で川井さんが先頭に立って労いの言葉をかけてくれる。

 シキたちは結果的に金賞をいただけたのだが、全国大会への出場は叶わなかった。

 いわゆる「ダメ金」というやつだ。

 とはいえ去年の銅賞より格段に嬉しい。

 ダメ金で悔しいとはいえシキたち3年生は悔しいながらに笑顔を見せた。

 「川井さん、本当にありがとう。応援してるよ」

 「はい・・・!がんばります!」

 次の部長は川井さんに決まっていた。

 満場一致だった。


 こうしてシキは部活を引退し、次の代に引き継がれた。



 次の週末。

 今日は気持ちのいいぐらいの晴れ。

 部活が終わったのでいよいよ本格的に受験勉強をしなければならないのだが、まだ気持ちが上がらない。

 シキは散歩がてら街を一望できるあの丘に向かうことにした。

 今日の様な日はきっと彼女もいるに違いない。


 丘に着くと案の定彼女、ウタがいた。

 「あ、カラちゃん!」

 「やっ、気晴らしに来ちゃった」

 「改めて本当にお疲れ様、かっこよかったよ」

 「ありがとう」

 ウタと古都くんはシキのコンクール予選を聴きに来てくれていたのだ。

 「カラちゃんが描いた世界、とってもよかったよ」

 「うん、ま、私主導だけどみんなの力だよ、あの部員じゃないとあの感じにはならなかったもん」

 「そっか、奥深いね」

 「うん。本当に」

 ウタは今日も空を描いていた。

 遠く遠くの空まで細かく。

 「私も、こっから受験頑張るわ~」

 シキは大きく伸びをし、空に拳を突き上げた。


 第十話


 本格的に受験生となったシキは放課後にウタと勉強するほかにも週末には古都も交えて三人で勉強に励んでいた。

 場所はシキとウタの通う学校と古都の通う学校の間ぐらいにあるショッピングモール、そのフードコートが多い。日によってはファミリーレストランや古都おすすめのイートインスペースのあるパン屋でも少し勉強をすることがあった。

 だが、夏休みも終わってすぐの8月末の今日、シキは古都とフードコートにて二人で勉強をしていた。

 「空知さん、今日は部活だっけ?」

 「うん、ウタはこれで引退だからねー」

 「楽しみだなあ、文化祭」

 この日、ウタは部活で勉強会には参加していなかった。

 9月の頭に行われる文化祭にてウタは自身の作品を展示する。それが彼女の引退となるのだ。

 「二人とも凄いなあ、僕もなんか大学でやってみようかな」

 「いやいや、古都くんには写真があるじゃない。あ、でも写真サークルとかあるのかな?そういうのは?」

 「うーん、でも写真は一人でのんびり撮りたいからなあ」

 「まあそうよねえ・・・」

 「ま、とりあえず受からないとね」

 「古都くん頭いいじゃん、余裕だよ」

 「どの受験生でも油断は出来ないよ?」

 「はーいせんせー」

 シキは勉強をそこそこにはやっていた。今までも部活にかまけていたとはいえテスト順位は全体の半分以上には入っている。そして、状況は古都も同じようであった。成績はそこそこに、と。

 ただ、シキの高校は偏差値58ほどの高校。一方の古都は偏差値63程の高校に通っている。校内での順位は似たようなものでも実情は異なり古都は割と頭がいい。

 なのでシキはほとんど古都に勉強を教えてもらっているような状況だった。

 「あ、ちょっといい?」

 「うん、大丈夫」

 「ここの並び替えの問題なんだけど・・・」

 古都は特に英語が得意であった。発音もかなりいい。

 このように教えてもらうことがほとんどだ。

 だが、「ごめん、美山さん」

 「ん?」

 「この漢文の現代語訳なんだけど・・・」

 「あー、これは確か」

 古都は古文漢文がすこぶる苦手なようだった。

 ただ、三人の中で一番勉強が出来るのは、ウタであった。

 

 「ごめーん、部活切り上げてきたー」

 夕方ごろになってウタがフードコートにやってくる。

 「お!おつかれー」

 「お疲れ様―」

 「絵の方はどう?」

 「良い感じ!明日また見てみて良い感じだったら最終仕上げになるかな!」

 「おー!楽しみ!」

 そしてシキと古都は二人では解決できなかった数列の問題と古文の問題をウタに聞く。

 「あー、それちょうどやったところ!ええとね・・・」

 そしてウタは丁寧に教えてくれる。

 教え方も上手い。

 「いやー、ほんとウタは凄いな・・・」「空知さん、逆になにかわからないとこないの?」

 と二人から感謝と絶賛の声が上がる。

 「まあ、その時は二人を頼るよ!」

 

 こうして文化祭の当日を迎えた。

 シキのクラスでは受験勉強もありみんなのやる気もそこそこだったので、フォトスポットという無難な手抜きに落ち着いた。

 仕事は呼び込みと撮影のみなので暇な時間の方が多い。

 文化祭の開会が宣言され、まずシキは校門で古都を待った。

 二人でウタの集大成を見るのだ。

 

 第十一話


 シキが校門で少し待つと古都がやって来た。

 「おはよう、お待たせ」

 「あ、おはよー」

 「凄いね、二人のとこの文化祭。校門から気合入ってるね」

 そう言いながら古都は校門の飾り付け、うちの学校での名物である「入場アーチ」を見ている。

 シキの学校では文化祭にかなり力を入れている。もちろん、受験学年の三年生はほどほどなところもあるが、かなりしっかりとやるクラスもある。そんなこの学校では一般客がまず目にする校門の飾り付けが名物なのだ。それ専用のチームもある。

 「じゃあ、早速行こうか」

 「うん!」

 二人で入るとものすごい客で賑わっていた。

 保護者、地域の方、他校の高校生、中学生などなど。

 中学生に関してはこの文化祭で受験を決める人もいるらしい。

 古都が来客用のスリッパを受け取って校内へ。

 ウタはこの日の午前中、美術室に在廊していると言っていた。

 「楽しみだね」

 「うん、どんなに暑くても描き続けてたからね」

 初めて三人が知り合って以降も何回かは三人であの丘に行っていた。古都も彼女の努力を見届けているのだ。

 美術室は北棟三階にひっそりとある。

初日の午前中だからそこそこ人はいるものの、少し埃っぽい匂いに薄暗い雰囲気も相まってかどことなく落ち着いた雰囲気が感じられた。訪れる人も静かである。

そして二人が美術室の前に着き中を覗くと、早速ウタを見つけた。

たくさんの絵が飾られている美術室の一角。そこが一面の青色に染められていたのだ。

「うわあ・・・」シキの口から思わず漏れる。

ウタはその真ん中でご高齢の方となにやらお話をしていた。質問をされたか褒められているのだろう。

二人は早速受付でアンケート用紙を受け取り中に入る。

するとウタがこちらに気付き、控えめに手を振ってくる。

シキと古都は順番に展示を見ていく。

入り口付近には一年生の作品が飾られている。

みんなで同じ対象物をデッサンしたのだろう絵がいくつか並んでいる。

フルーツバスケットにワインの瓶が描かれているそれらは同じものでも個性が出ていてシキと古都は感心した。

「ここ、見て」

シキが絵の一か所を指さして古都に言う。

「これ、反射してる光がちゃんと色分けされてるの」

「ほんとだ」

細かいところまで描かれているものにとても関心する。

「僕はこっちも好きかな」

そういって古都が見たのはこれまた画風のことなる作品。

「わあ、確かに」

 輪郭があえてぼかされている絵のようで、フルーツの輪郭がまじりあうように表現されている。

続いて二年生の作品と続き、教室の半分から出口付近、そして教室の真ん中が三年生の作品になっている。

二年生は各々オリジナルのものを描いており、アニメのキャラクターや写実的なものまで幅が広い。

三年生は二年生以上に個性的で、小物やバッジ、栞なんかを作る人からレジンアートをしている人も居るようだ。

ただ、その三年生の展示の中で間違いなく一番目を引くのがウタの作品たちだった。

美術室の一番前、黒板のところにF100号サイズの一番大きいキャンバスが置いてある。

「すごい・・・」「うん、すごい」

彼女の一番大きな絵、引退作。

それは、青い青い空に堂々と佇む積乱雲の絵。

作品の下部には街の風景と自然も描かれている。そしてなにより相変わらず色使いが上手い。

眩しいほどの白は雲の一部で、他はそれぞれの部分に薄く色がついている。逆にそれらがその白い部分を強調させる。

「二人とも、ありがとう」

二人が作品にくぎ付けになっているといつの間にかウタが隣に立っていた。

「これで私も引退だよ、うん。やりきった。」

ウタは他にも小さいキャンパスに描いた風景や、この前シキにくれた絵の横からのものまで飾ってあった。

「へへ、横からバージョン」と作品を紹介してくれる。

シキが力強く指揮棒を構え、前方から風が吹いているような絵。

シキの目には思わず涙が浮かぶ。

他にも、青い空の中でトランペットを吹く少女とその後ろにうっすら浮かぶ海の生き物たちの絵や、逆に青を一切使っていない赤い赤い夏祭りの絵などウタらしい繊細な色使いの絵たちが並んでいた。


 第十二話


 「夏雲」と代されたウタの作品は、文化祭審査において校長特別賞を受賞した。

 シキは全校集会にて特別枠で表彰される彼女を見て以前にした会話を思い出していた。

 

 「で、ウタは美術系の学校には行かないの?」

 「そりゃね、私はまだまだ井の中の蛙だからさ、」

 「そんなことないって!才能あると思うけどなあ」

 「ありがと、でも本当にいいの。私は好きなように描いているだけで信念はない。信念とか芯がある人には勝てないよ」

 「そっか・・・」自分のことではないがシキは悲しい気分になる。

 「私には先生になるっていう目標があるから大丈夫だよ!」

 「そうだったの!?なら教育学部?」

 「うん、そのつもりだよ!」

 

 シキは中学生のころには絵描きを目指していた。

 だが、その時にも圧倒的な存在に勝手に挫折し、夢潰えていた。

 そしてのびのびと絵を描くウタと出会い、彼女は自分の描いた理想だと勝手に思っていた。

 きっと彼女なら良い画家になる。

 そう思っていた。

 だが、校長から賞状を受け取る彼女を遠目に見て、ここが彼女の到達点であり最後の誉であることが、どこか悔しく思っていた。

 

 夢がある人は羨ましい。

 楽しいと思えることがある人は心底羨ましい。

 かつて挫折し、高校では部活に力を入れ、今は受験勉強に追われている。

 志望校はだいたい決めてはいるものの、将来は考えておらず、なんとなくでしか決めていない。

 それまでは学歴的な意味で大学を考えていた。

 どうせどこの大学に行っても就活になれば大学で学んだことなど有効には働かない。大事なのはどの大学かだ、と。

 だが、ウタの姿を見て、ウタの背中を見て、揺らいだ。

 

 「自分のやりたいことって、なに・・・?」


 シキは今夜も寝れないでいた。

 部屋の壁にはウタが描いてくれた絵が飾ってある。

 それを見るたびに自分の存在意義やこれからのことなど様々なことが頭を駆け巡ってしまう。

 ウタには絵、古都には写真がある。

 シキは・・・。


 ただ、最終的にウタや古都に対してこんなことを少しでも考えた自分が嫌になり、そのうち寝ていた。


 次の日。

 「・・・そんなことがあってさ、なんか、大学とか将来とかわかんなくなっちゃった」

 シキはウタに相談することにした。

 「そっかあ、ちゃんとアドバイスできるかわからないけど、今週末、絵描きに行かない?」

 「絵?なんで?」

 「ん?気分転換にさ、あの丘で」

 「・・・そうね、気分転換、いこっか」

 「やった!」

 

 そして迎えた週末。

 「おはよー」

 二人の最寄り駅に古都も含めた三人が集合する。

 せっかくの気分転換だからとシキが呼んだのだ。もちろんウタも快諾。

 ウタとシキはそれぞれの画材を持っている。シキも部屋にしまっていた古い水彩と使いかけのスケッチブックに半分くらいの長さになった鉛筆を何本か持ってきた。

 

 三人でお互いの学校であったあれこれについて話したり古都がこの前訪れたという街の話をしたりしながら丘に到着した。

 「よし、隣で描こうよ」

 ウタがそう言って折り畳みの椅子を並べる。

 こうして三人が各々の時間を過ごし始めた。

 すると、ふいにウタが口を開く。

 「どう?カラちゃん、絵描くの楽しい?」

 「うん、なんか久しぶりにやったけどやっぱいいかもね」

 なんだかいい気分転換になっているなと思ってたその瞬間、ウタが驚くのようなことを話し始めた。

 「カラちゃんは私の絵を凄いって言ってくれたけど、私が絵を頑張ろうって思ったきっかけは、実はカラちゃんなんだよ?」

 「へ?」

 突然のウタの発言にシキは思わずウタの方を見る。 

 彼女は手を止めずに、風景とキャンバスに目を向けたまま話を続ける。

 「カラちゃん、小学生の時に書いた絵が公民館に飾られてたでしょ?」

 「ええと・・・大分昔にあったね」

 シキが初めて絵で賞状をもらったのは小学二年生の時。

 実はその絵はお世話になっていた公民館にシキが中学生になるまで飾ってもらってたのだ。

 「たまたまあの公民館にちょっと行くことがあったんだけど、そこでカラちゃんの絵に出会ったの」

 「そうだったんだ・・・」

 「私その時さ、小学生ながらにまさに人生のどん底!って感じの時期でさ、」

 ウタは思い出を撫でるように言葉を紡ぐ。

 「私の両親、離婚しててさ、今はパパと二人暮らしなんだ。その離婚騒動の時に、パパは私を守ろうと少し離れた町の公民館におばあちゃんと二人を待機させてたの。その時に見たの」

 話は暗いが、ウタの声のトーンは変わらない。決別が出来ているのだろうか。

 「その時は絵も習ってたんだけど、両親のごたごた見てたら思うように描けなくなっちゃってて、それに、習い事で描いていた絵ってすごく堅苦しくってさ・・・」

 ウタは笑顔ながら少し苦しい顔をする。

 「そんな時にカラちゃんの絵と出会ってさ。びっくりしちゃったんだ。小学二年生であんなにのびのびとした絵を描くなんて!って。」

 シキがその時に描いたのは遠足で見た街の風景だ。

 「それで名前も覚えてたんだよ?美山色、もう名前から絶対絵上手いと思ったもん」

 「・・・ありがとう」

 「あ、私ももっとのびのびして良いんだ、絵は自由だもんな、って思って無意識に泣いてたみたいね、職員さんに心配されたとこまでは覚えてる」

 ウタは再び穏やかな表情になっている。

「まさか高校で出会えるとは思ってなかったなあ~」

 そこでウタはシキの方を向く。

 「私、本当に本当に辛くて苦しかったけど、今こうして楽しく絵を描けてるのは本当に本当に本当にカラちゃんのおかげ!」

 シキはなにも言えずにいる。

 「ありがとうね!」

 ウタは飛び切りの笑顔でそう言う。

 そして再び彼女は改まる。

「カラちゃんがどんな道に進んでも、私は隣にいるし、きっと古都くんもね?そして、きっと気づかないところでカラちゃんからなにか貰ってると思う」


「だから焦らないで、ゆっくり行こ」

 目の前に広がる秋晴れの空は一面がただの青だ。

 シキのキャンバスも気づけば一面の青しか塗られていない。もちろん細かく端の方は色味も変え、街々の建物も描かれてはいる。

 とはいえ、青。清々しいほどに。

堂々たるその青の寛大さに、シキは次の一歩を踏み出す決意を固めた。

この記事が参加している募集

ぐんぐんどんどん成長していつか誰かに届く小説を書きたいです・・・! そのために頑張ります!