「地獄へ堕ちるなら二人で堕ちよう」、望海サティーンと芳雄クリスチャンの“芝居の湿度”(『ムーラン・ルージュ!・ザ・ミュージカル』 東京公演4週目の感想)
初演で最も回数を観たこのペアだけど、再演は「今回のキャストが再々演で全員続投することはもうないだろう」と確信していたこともあり、初日から色々なペア、色々なキャストで観劇を重ねていたものの、ついにこの4週目は、望海風斗さんのサティーンと井上芳雄さんのクリスチャンで固定する観劇週間となった。
もう……何だろう。やっぱり好きすぎるなぁこの2人……とぼんやりしがちな週でした。
そういえば、宝塚風の非接触なキスシーンも、この週一発目からは従来通りに戻ってたなぁ。
※以下、好きすぎる故にたくさん書きすぎて長いです⚠️
キャストボードと座席からの景色で振り返り
“悲劇性の強さ”の理由
開幕直後に4ペア観れて、“みんな違ってみんな良い”をこんなに実感するWキャストないよね〜ってものすごく楽しく公演期間が始まったんだけど、のぞよし回の悲劇性の強さにどうしても明確な理由を探せないというか、感情が後からついてくるような、不確かな苦しさをずーっと感じてて。そういう相乗効果のあるペアなんだ。クリスチャンが「地獄へ堕ちるなら二人で堕ちよう」といえばサティーンもそうせざるを得ない、というか自ずとサティーンもそうなってるとすら思わされる、血の色を感じる得体の知れない悲劇性にメリーバッドエンドの要素を見出したり、のぞよし回をするめのように噛み締める時間が本当に好きなんです。
でもね、私は気づいた。二人の相乗効果というのも絶対あるけど、そもそも、それぞれ個人として悲劇が似合いすぎてるんだ。
決して交わらないCrazy Rolling
本当にCrazy Rollingが大好きで、観劇後特にのぞよし回はこの話ばかりしてしまうけど、この時の二人は絶対同じ空間に居ないし、同じ気持ちなんてあり得ない。サティーンは「クリスチャンの音楽を世界に届けなきゃ」、クリスチャンは「地獄へ堕ちるなら二人で堕ちよう」なんだよ。絶対交わるわけないのに、感情の波が昂る瞬間がシンクロするの、本当に痺れるな…
「君はこの手で運命を弄ぶの」まで歌いきるクリスチャンを見届けると(“REVOLBERS CARABINES”のお店のセットが出てくる前まで)、まるで一本芝居を見たかのような満足度がある。客席を指さしたり、自身の心臓のあたりを掴んだり、日替わりで本当に色んなことをやっているけど、一節の中で怒りと悲しみの波が交互に押し寄せる激情を見事に演じ歌い抜く芳雄さんをオペラで追い、一旦オペラを下ろして一息入れたくなる。サティーンに対する怒りと悲しみだけでなく、この状況をどうにもできない自分への不甲斐なさもあったりするのかな。
そして、クリスチャンと対になるようなサティーンからも目が離せなくて、望海サティーンがジドラーに言う「私の葬式で、下品な歌を歌ってね」で突然冗談交じりなトーンになるのが、死期が迫る中で一瞬だけでもジドラーと現実逃避するような遊び心にすら感じるし、「サティーン、ルージュ、もう少し…」「ありがとう」のやり取りにこそ、現実から逃れられない二人の精一杯が詰まってる。
もう、サティーンとクリスチャン、それぞれが苦しい。共演による相乗効果が素晴らしい望海さんと芳雄さんだけど、二人がそれぞれ見せてくれる「極限のままならない苦しさ」の虜です。
今期開幕して二度目(6/27ソワレ)ののぞよし回で、「お前の魂空に放ち その運命に感謝すればいい」で二人とも右手を天に向かって突き上げた瞬間があって、これ偶然の産物にしてはあまりにも出来すぎてるから私の都合の良すぎる妄想かな?と、いまだに信じ難いんだけど、もう、めっっっちゃくちゃかっこよかったんだ。それぞれが別の目的で覚悟を決めつつも、運命に立ち向かうようで。
でも、4週目からの望海さんは、運命に立ち向かうというよりも、運命を受け入れるモードにシフトしてるように勝手に感じてる。ピストル片手に自制が効かなくなってるクリスチャンとの対比が素晴らしいな…芳雄のミューにゲスト出演されてたデュエットでの、動く芳雄さんと動かない望海さんの対比まで思い出す。それでもやっぱり「全てが 全てが 全てが 狂おしいほど」からはシンクロしてお約束の“泣き”の芝居に入る二人はやっぱり裏切らないよね… 個人的に、「もうやめて これ以上」でそれぞれ血で濡れたハンカチとピストルを掲げて照明が落ちる瞬間に、クリスチャンの目の色が変わって“泣き”から再び狂気に堕ちるのが好きです。
「地獄へ堕ちるなら、二人で堕ちよう」 弾を1発のみピストルに込めたクリスチャンの意図
ここからは私の妄想劇場。
Crazy Rollingの曲中で、クリスチャンが劇中劇の銃に実弾を1発だけ込め、サティーンの命を奪おうとしたこと。これは当初クリスチャンが考えていた“地獄”で、弾を2発込めて心中することまでは考えが及んでいなかったんだろうなと。
他の誰かの手に渡るのであれば自分の手でサティーンの命を奪って永遠にしてしまえ。「芳雄さんが演じる役」としてファンが抱くイメージならばそういう考えもありそうだけど、クリスチャンとしてはそこまで考えるほど人生経験もなく、アブサン漬けで思考回路も機能しておらず、ただひたすらに彼が抱いているのは、「サティーンに裏切られた」という疑惑による怒りと悲しみ。だからサティーンの命を奪うことだけを考えてる。
「地獄へ堕ちるなら二人で堕ちよう」のセリフの受け止め方も、クリスチャンの地獄は「サティーンに裏切られたこと」だから彼はもう気持ち的には地獄を迎えてて、彼が考える「二人で」の行き先は同じ地獄だとしても違ってて、サティーンにとっての地獄は「死」そのもの。二人が離れ離れになることこそ辛いんだとまだ彼は気づいていないことに、この後待ってる死別する結末も更に効果的になり、彼の愚かさが引き立ってるなぁ。
でも、どんなにクリスチャンがサティーンを地獄へ道ずれにしようとも、サティーン自身も結核で死ぬくらいなら、クリスチャンに殺されるのも悪くないとでも思っているような安堵感すら感じる。彼女にとっては地獄でも何でもない。愛のために死ねるのなら本望なんだ。
最近の二人のラストシーン、えぐい
あんまり陳腐な言葉を並べたくないけど……扉開きすぎじゃない?今期。
扉、というのは望海さんが昨年の千秋楽からしばらく経った9/17のバイマイ出演時にお話されてた、初演で芳雄さんとの千秋楽となった回で初めて開いた感情の扉がある、という話。
二人の真骨頂とも言えるCrazy Rollingも大好きだけど、Your Song Rep.からフィナーレのCome What Mayまで、こんなに一瞬一瞬にドラマがあるなんて。
クリスチャンの様子がおかしいことは、彼の姿を見ずとも声を聞けば当然わかるほど彼を愛してるサティーンが、劇中劇のセリフを続けながら一瞬動揺する表情を見せつつ、彼の言う「地獄へ堕ちるなら二人で堕ちよう」もその意味を含めて丸ごと受け入れて、「ならば撃って、愛のために私を死なせて」はもはやどうなってもいいという覚悟すら超越した穏やかな表情を見せるので、病魔に冒されて死ぬ未来が数秒先に迫ってることを覚悟してるからこそ、この世との決別と、「愛のために死ぬ」ことが叶うならその方がよっぽど幸せだ、という証明なのだろうな。
「僕は道を彷徨っていた。一歩踏み出す度に頭がおかしくなりそうだった」のセリフを続けるクリスチャンも、芳雄さんは地獄の底から這うような悍ましさがあって、そのセリフの意味を追体験してきたからこその説得力と、自分では制御できない感情に支配されてるためサティーンに向かって引き金を引くしか選択肢が残されてない限界状態。
だけど「僕を見て……?サティーン…!」から一気に攻守も状況も変わるのが見事に劇的で、「僕を見て」と言われても振り返らず首を横に振るサティーンからは、焦らしというより諦め近い無力さ感じる中、「何のために生きればいい?愛のためじゃないのか」で正気に戻りかけたクリスチャンが銃口をクリスチャン自身に向けているのを察したサティーンが振り返ってクリスチャンに「愛してる」と歌いかけるこの展開が、奇跡のドミノ倒しのよう。サティーンを振り向かせるクリスチャンには、サティーンの命を奪う勢いだった数秒前の怒りは拭われ、残ったのは剥き出しの寂しさ、悲しみ。その感情をそのままにしておくとクリスチャンが自分自分を傷つけることを瞬時に察したサティーンが振り返ってクリスチャンに歌いかける。
「自慢していいんだよ 君の歌だって」と歌いかけるのも、サティーンはもう歌というよりセリフに近いほど声を振り絞ってるのでもう限界なんだとわからせられるし、(ここ、日替わりかもしれないけど)「何て素晴らしい君のいる世界」で手を広げるサティーンがもう女神のようなんだ。
サティーンの「隠しててごめんなさい」
前回も書いたけど、ここが本当に涙腺崩壊ポイントで、初演はこんなにオーバーじゃなかったよねと思い返してしまう、最近の望海さん。だけど今期のこの表現が大好きで、最後の最後で声を振り絞るような必死さと、最後の最後にようやく素直になれたんだなと大感動してしまう。
「隠しててごめんなさい」を受けた流れの中で、「君を失いたくない!」と一番感情的になるクリスチャンの、極限状態の激情の応酬。“君がいなくなった世界”で「何で素晴らしい君のいる世界」と歌うクリスチャンには、Your Song Rep.でサティーンが振り返って歌いかけたような絞り出すギリギリの状態までリンクしてて、二人をこんな目に合わせて……と悲劇的な展開すら呪いたくなってしまう。満身創痍で迎えるゴールは、悲劇とは限らなくて、二人だけの幸せ。外野がどう言おうと、メリーバッドエンドだと思ってる。もしかしたらこれが、ある意味「地獄へ堕ちるなら二人で堕ちよう」なのかもしれない。
“似たもの同士”のそれぞれの幼さ
死を覚悟してる歳上女性と、彼女に魅せられ我を忘れつつもハッピーエンドを信じて彼女の心を救い出す歳下男性の恋。それがムーランルージュの“二人はヒーロー”のテンプレだと思うけど、のぞよし回だとそのテンプレを守りつつも、二人の幼さによってすごく心をくすぐられるところがあるし、二人の幼さが垣間見えるからこそ、この二人は対象的な存在ではなく似たもの同士なんだなと解らせられる。
望海サティーンが芳雄クリスチャンによって心を溶かされる時に見せてくれる少女のような幼い笑顔がもう大好きで、その瞬間に涙腺のとどめが効かなくなってもう大変。逆に2幕ラストはサティーンがクリスチャンの少年性を引き出す、というか「自慢していいんだよ 君の歌だって」と歌いかけることで、初対面の時の君のままで良いんだよと肯定してくれるんだ。それぞれの少女性、少年性が露わになる時、相手役が向かうべき道へ導こうとしてる、サティーンとクリスチャンの関係性まで好きだな。
互いが互いの幼さ、未熟さを肯定する二人。最後に迎える「二人はヒーロー」には、エリザベートの「泣いた、笑った、挫け、求めた」に近い、高い山を登り詰めたような達成感を重ねてしまう。
とはいえミュージカルとして完璧な二人
情に走りすぎるとリズムを忠実に刻むことは難しいんだろうなと思うけど、この二人、どんな感情に陥ってたって揺らぐことないシンコペーションまで完璧だということも語りたい。向かうところ敵なしなんだよ…
・芳雄クリスチャンのリズムの取り方
芳雄さん、クリスチャンとしてどんなに成長しようとどんなに乱れようと、リズムだけは崩さないところに、マッシュアップミュージカルに出演されてる矜持を感じて好きだ。ロクサーヌやCrazy Rollingがまさにそう。Crazy Rollingのバスドラムはもはや心臓の鼓動のように身体に刻みつけてる。でもロクサーヌの「金のため夜に 街で身体売るのか」の「街で身体売るのか」を今期はあえてリズム揺らしてるんだろうなと思ってて、“こぶし”を効かせるようや突然の揺らぎに敢えてのアンバランスさを感じて、油断してるとハッとさせられるように惹きつけられ続けて、百戦錬磨の手のひらの上で転がされてるのを実感する瞬間がたまらないのです。
・喋るように歌う望海サティーン、シームレスな移り変わり
これ!ミュージカルで生きる望海さんの魅力として大好き。本編中ずっとそうだけど、特筆すべき曲はFireworkかな。「存在価値がない なんてあり得ない」の「あり得ない」がほぼセリスのように吐き捨てていたり、ミュージカルは突然歌ってなんぼだと思いつつも笑、そう感じさせない望海さんが好きすぎる。
・圧倒的な“伝わりやすさ”
結局ここなのかなと思ってて、マッシュアップミュージカルだから歌詞がぶつ切りだったり、ファンタジー色が強い設定の中でも、「どう心が動いてどうなったのか」が圧倒的にわかりやすいので、この二人のミュージカル俳優としての「伝える力」を改めて実感してる。
初めはサティーンもクリスチャンも、ある意味ビジネス目的で象の部屋で密会したものの、二人が恋に堕ちる瞬間が確かに訪れる瞬間に、こちらも惹きつけられて二人から目が離せなくなってるんだ。クリスチャンが昔作ったラブソング(という設定)のYour Songだけど、この一曲の中でドラマのような展開が見えるところが本当にさすがだと思う。
Come What Mayも、サティーンはクリスチャンと彼との子供達と一緒にどこか静かな安全な場所で暮らす未来なんて結局信じられていないと思うので、気持ちのすれ違いとしてはある意味Crazy Rollingと同じ要素を持ちつつも、原作映画で提示されるテーマ「最高の幸せとは誰かを愛してその人からも愛されること」を一番強調するデュエットなので、具体的な未来が見えずとも今この瞬間が幸せならば、という儚さも相まって、ラブストーリーとしての説得力が強いなぁと思ってるし、「愛してる」の掛け合いのデュエットはやっぱり耳福で、望海さんと芳雄さんの声の相性の良さを一番感じる曲だなぁ。
フィナーレの「みんなでCAN!CAN!」に向かって走り続ける本編の中で、きっとサティーンとクリスチャンの情緒はめっちゃくちゃに掻き乱されてるんだろうなと想像してしまうほど、やっぱり私を離さない“情感”。豪華絢爛に隠された“芝居の湿度”。でも、こちら側のそんな気持ちを吹っ飛ばすほど、カテコではノリノリで明るくキラッキラに登場する二人が益々大好きだな…
遅ればせながらこれを投稿した本日8/3(土)マチネ、のぞよし回の東京千秋楽です。寂しいけど、好きすぎてもう何回観たって満足しないことがわかったので笑、大切に観ます!
再演の感想再掲✍️
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