金融×ユーザ系エンジニアがVUCA時代を生き抜くためにプロトタイピングスクールに入ったら開発じゃないところに感銘を受けた話
この記事を特に読んでもらいたい方
「手堅い・失敗は許されない・安心/安全/安定・石橋をたたいて渡る」といったようなキーワードに馴染みがあり、最近「なんだか変わらないといけないような気がしている」という方にぜひ読んでいただきたいと思う。
どんなスクールで、なぜ受講したか?
今回受講したのは、よくあるプログラミングスクールではなく、プロトタイピングを学ぶスクールであった。最近、DXだのデザイン思考だのよく耳にするようになったおかげでプロトタイピングという言葉も併せてよく聞くようになった。昔からプロトタイプという言葉は知っているので、聞くようになったというより、必要としていなかったのでスルーしていたが、VUCAな時代になって意識するようになったというのが正しい。不確実な世の中になり、より速く(アジリティ)、より柔軟に物事を進める力が求められるようになってきたからである。顧客に対して「チャチャっと作って」「見せて」「意見をもらう」という進め方をあまりやってこなかったため、特に「チャチャっと作って」のところの開発スキルを伸長したほうがいいかな?と思い受講に至った。
そもそも、プロトタイピングってなに?
プロトタイピング(Prototyping)とは、実働するモデル(プロトタイプ)を早期に製作する手法およびその過程を意味する。 その目的は、設計を様々な観点から検証する、機能やアイデアを形にすることでユーザーから早めにフィードバックを得るなど、様々である。(出典:Wikipedia)
技術者であれば何となく知っている内容であろう。
「プロトタイピングのスクール」と聞くと、素早く作成するテクニック、たとえば「ローコードツールの活用方法などを学ぶ」のか?と想像するのではないだろうか。もちろんそのようなテクニック的な学びも得られたし、実際超短時間でAIを活用した「折り紙WEBアプリ」などを作れたことは驚愕の事実であった。テクノロジーの進化、時代の変遷を身をもって体験できた。
↓例えば、こんなのが簡単に作れてしまう時代なのである。
https://qiita.com/grayhamchan/items/2f4f5d7ec1424830b275
しかし、この「プロトタイプ」フェーズから得られる学びをそんな表層的な話にとどめてはもったいない。私がより重く受け止めた学び、つまりは「似たようなバックグラウンド」の方にぜひお伝えしたい学びを3つ厳選してのべたい。
1.人に伝えることの難しさに感銘
自分が考えている事、おもっていることを他人に伝えることはとても難しい。今回これを嫌というほど体験した。このスクールでは作成した成果物をnoteやqiitaをつかって世の中に発信するということを実践をする。プロトタイプはユーザーから良質なフィードバックを得るために行うプロセスであるので、自分の想いをしっかり相手に伝えなくてはならない。そんな想いを伝える訓練だ。
いざ発信してみるとまったく世の中の人が共感してくれない、なんなら記事すら読んでくれないということがわかるようになる。共感してもらいたい相手はどのような人か?どのような表現をすれば見てくれるのか?共感してもらうための方法を模索しようとすると普段使わない頭を使う感覚を覚え、とにかく疲れる。具体的な方策としては、キャッチーなタイトルをつけたり、画像をつかったり、自分がどのような人であるか明らかにしたりなどいろいろなテクニックがあるのたが、すべてに共通していることは、「相手のことをとにかく想う」というなんともデザイン思考的なアプローチをするということだ。そりゃぁ普段使わない頭を使う感じになる。この学びの素晴らしいところは、この考え方がQiitaやnoteだけに限定されたものではなく、日ごろの企業活動、私生活などすべてにおいて当てはまるということだ。これまで企業活動の中でいろいろ発信してきたが、ここまで相手のことを考えただろうか?と振り返る。あまり外とかかわりを持たずとも仕事になっていた私としては、そこまでしなくても仕事はできていたように思える。モノやサービスがあふれかえる今の時代は、自分の想いをしっかり伝えなければ選択してもらえない時代でもある。人に伝えるということは、いつも使わない脳みそをフル回転させるくらい本気にならなければならない。その本気度を身をもって体験できた。それが一つ目の学びである。
2.レビューのフィードバックを受け入れることの難しさと大切さに感銘
授業は、講義・実践・課題というカリキュラムで構成されている。課題の内容はプロトタイプを作ったり、それに関する発信をしたり様々である。この課題フェーズがこのスクールの醍醐味ともいえる。課題のアウトプットに対して講師がとにかく徹底的にレビューしてくれる仕掛け(動画でコメントしてくれる)なのだが、徹底的ゆえに大量かつ厳しい意見を頂けることがほとんどである。そんなレビューだが、レビューを受けてみて、どうも我々はフィードバックを「指摘」や「ダメ出し」のような感覚で捉えてしまいがちだということが分かった。結果、精神的にダメージを受けたり、フィードバックを受けるのが怖くなってしまう。プロトタイプは早さが重要ゆえに、成果物の完成度は低い。つまりフィードバックがあるのは当たり前なのに、だ。我々は長らく「失敗してはイケナイ」という環境で仕事をしてきたように思える。ゆえに、フィードバックがあるのは「失敗」のように思えてしまうのだろう。スピード感が求められる今の時代、このような多量のフィードバックを前向きにとらえ取り込んでスピード感をもって前進できる、そんな強いマインドセットが必要ではないだろうか?フィードバックを、「失敗した」ととらえることなく、「ありがたい!」と考えて、なんなら「もっとお代わり!」と言えるくらいの大規模なマインドチェンジが必要であると感じた。
3.発信することの強さに感銘
私のような職務環境では、積極的に発信することがない。なぜならそこまで発信しなくても仕事が回るから必要が無いのである。なので発信するという文化がない。一方、このスクールでは他人に想いを伝えるためにいろいろと発信をする機会が強制的に設定されている。そんな中でこのような事例を目の当たりにした。
これまでITとは無縁だったメンバーが、「発信」をすることで自らの新しい道を切り開いた
具体的にはこのようなエピソードだ。
・課題の中でとあるアプリケーションのプロトを開発してQiita記事にしたところ、大きな反響が得られた。
・その記事を見た、とあるコミュニティからイベントへの参加依頼が来た。
・そんなエピソードが社内に口コミで広がり、そのメンバーは今までとは違う角度から見られるようになった。
・結果、これまでは事務職という仕事を専門にやってきたが今後はエンジニアとしての道もありうるという状態になった
という話である。もともとこのメンバーはエンジニアの素養があったのかもしれない。それに周りが気が付いたという話といえばそれまでだが、発信が無ければ気が付かないし、いままで気が付かれなかったということからしても「発信する」ということがいかに大切であるかよくわかる。ここで重要なのは、この「発信」は個人が自らのことを発信するケースもあれば、製品やサービスなどの「発信」にも当てはまるということだと思う。常に発信すること、それがいかに強くて重要であるか身をもって体験した。これからは、発信するマインドを持つように心がけたいと強く思った。
以上3点、プロトタイピングスクールというとなんとなく開発テクニック面の学びが得られそうだが、マインドに関する学びがたくさんあったよ という話である。もちろん開発テクニックについても驚きと学びがあったということを付け加えておく。
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