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【SS】オオカミさんの主張
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世の中には二種類の人間がいる。
ワガママが許される人間と、そうでない人間だ。
「この後、どうします?」
上目遣いで見つめてくる。ちゅー、とオレンジジュースがストローを通る音が卑猥に響く。
安易な二元論は好きじゃないが、どう考えても俺が不利だ。…彼女は、「ワガママが許される」ほうの人間だから。
「…今日は解散じゃないか?」
言ってみると、明らかに不機嫌になった。形の良い眉がぎゅっと寄って、艷やかな唇がきゅっと引かれる。
ほら。やっぱり、俺が不利だ。
「なんかあるわけ?この後、やりたいこととか」
「先輩は、ないんですか。私としたいこと」
ないわけじゃない。でもそれは、少なくとも今日じゃない。
「…いやです。まだ帰りません」
高らかに宣言され、俺は敗北を認めるしかなかった。そもそも勝てるわけがないのだ。俺は、彼女が好きなのだから。
「おまえ、俺とふたりで会ったりしていいわけ?」
「なんでですか?」
本当にわからない気配で、細い首を傾ける。ウソだろ、俺が言わないといけないのか?
「…おまえ、松本のこと好きじゃなかった?」
愛すべき悪友。顔も性格も頭もいい友人に、彼女はわかりやすく夢中だった。つきまとい、甘え、告白と言える言葉も聞いた。なのになぜ、こうして俺と会っているのか。
きょとんとした顔は、思いがけないと言いたげだ。
「松本さんのことは好きですよ?」
いや、そんな当然のように言われても。
「ピエロ役は有料だけど」
俺のつまらない発言は言外に抹殺し、彼女は不思議そうに俺を見た。
「松本さんのことは好きですけど、先輩とは違います。松本さんはわかってますし」
「え」
「私、松本さんに注意されて。やめときな、わかってないよって。俺を慕ってくれるのは嬉しいけど、おまえのためにはならないんじゃない、って」
なんだそれ、かっこいいな。意味はわからないけど。
「だからちゃんと、素直になったのに」
話の方向が見えない。なぜかまた不機嫌だし。
「それで、今日はこの後どうするんですか」
怒った声で言われ、真剣に悩む。と言っても夕食を終えてしまった以上、解散しかないのだが。お茶とかすればいいのか?
「どっか、カフェにでも行く?あんま遅くならないほうがいいと思うけど」
「なんでですか」
「なんでって、危ないだろ」
「そうじゃなくて。なんで、家によんでくれないんですか?」
いやいやいやいや。なんでそうなる。
「…いや、まじで危ないだろ…。いくら俺が無害そうでも、こないだと同じになるとは限らないぞ?」
精一杯の理性を動員し、俺は冷静に彼女を諭した。
「それ、わざとですか?拒否ってことなんですか?」
「は?」
「…私とは、付き合えないってことですか?」
いやいやいやいや。なんでそうなる?
「付き合えないって言うか…付き合うことになってないって言うか…え?松本は?」
「だから、松本さんはただの推しメンです!優しくてカッコよくて楽しいから好きなだけ!先輩とは違うってば!!」
怒っている。これはどうやら、俺が悪い。
「えーっと…今日のデート?は、もしかしてほんとに、俺と過ごしたかった、とか?」
「あたりまえじゃないですかっ」
ほんとに?またいつもの、何考えてるかわからない、本気にしたら負けな、お姫さまのお遊びじゃなくて?
「わ、私が、冗談で家に泊まったと思ってたんですか。冗談で、会ってほしいって言ってると思ってたんですか?」
…正直、期待してなかったと言えばウソになる。先日の食事で、他の男の家になんか泊まらない、と言われてから。
「ひどい。私、ちゃんと素直に頑張ったのに。あいつは直球でいかないとわかんないよって松本さんが言うから、ちゃんと…」
「いや、だからっていきなり泊まるのは…。松本もびっくりだわ」
「だって、どうしたらいいかわかんないから。先輩、私が言ってること大体聞き流して本気にしないし。今日だって、」
「わかった、悪かったよ。ごめん」
涙の滲んだ瞳に、無駄な抵抗を諦める。最初から勝てやしないのだ。
「…まじか…どうしよう」
我ながら情けない言葉しか出てこない。お姫さまは俺を睨んだままだ。
「…付き合う、か」
「恋人になるってことですか」
疑り深く訊いてくる。我ながら情けない。
「そうです。俺の彼女に、なってください」
カッコいいとはとても言えない告白になってしまった。さぞご立腹だろうとお姫さまを見ると、
「ええええなんで泣いて!!??」
「…だって…先輩、全然好きになってくれないから…私ずっとずっと、サークル入ったときから好きだったのにぃい〜」
「はぁ?だっておまえ松本…」
「だから推しメンだってば!!や、ヤキモチ妬いてくれるかと思ってたのにぃい!」
ウソだろ。その女はおまえの手に負えない、という悪友の言葉を思い出す。
…いやいや。人間には二種類いる。ワガママを許せる人間と、そうでない人間。
俺はもちろん、許せるほうだ。
ワガママ姫のお相手は、任せてもらおうじゃないか。