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【SS】どちらか決めようじゃないか
バイオリンとピアノのどちらが官能的かについて、議論は白熱している。
「バイオリンに決まってるじゃないか。演奏時の体勢を考えろよ。あれほど顔の近くで抱かれているんだぞ」
「わかってないな。ピアノは両手で撫でられてるんだぞ。身体の隅々まで指先で愛されてるんだ」
「バイオリンはどこにでも一緒に行ける。船でも飛行機でも、片時も離れずにいられるんだ。ピアノは誰にでも抱かれる浮気者だ」
「現地妻と一夜をともにしたからこそ、やっぱり馴染みのおまえがいい、という心境になるんじゃないか。少しは大人になるんだな。それにピアノの寛容さを考えてもみろ。初めての夜でも拒んだりしない。指を置けば必ず受け入れて美しく啼く」
「そっちこそわかってない。最初は緊張して声も出せないところを、徐々に開かせていくのがいいんだよ。子どもだなぁ」
まだまだ終わりそうにない。聞いているのも飽きてきたし、そもそも決めなければならない議題はいくらでもある。こちらはこちらで始めることにしよう。
「じゃあまず宝石からいこう。とりあえず誕生石に限定して」
「そんなの、真珠一択だ」
「なぜ。ルビーとサファイヤの反発し合う双子に孤高のダイヤ、血の色のガーネットに月の子のムーンストーン、いくらでも候補はあるぞ」
「いやいや、生き物の体内で痛みと涙で育つ宝石だぞ。それにあの色とフォルム。真珠が一番だね」
なるほど。痛みと涙と艶やかな乳白色。たしかに官能的といわざるを得ない。
「わかった、じゃあここは真珠で異論ない」
「では次だ。紅茶とミルク」
「ミルクだろう」
「なぜだ。ガラスポットで踊る茶葉、滲み出す琥珀色、人肌のカップ。紅茶のほうが色っぽい」
「いや、ミルクのとろみと甘やかさ、しかも元は血液、命そのものだ。これほど官能的な飲み物があるか」
相手はむっつりと黙り込む。
「…わかった、じゃあここはミルクでいいだろう」
「では次。イチゴジャムとハチミツでは?」
これは難問だ。ふたりで唸り合う。
「ハチミツの光沢」
「ジャムの上澄み」
「花から染み出す光景を想像してみろ」
「煮込んで蕩ける過程もな」
やはり難問だ。見合って、声をそろえる。
「後にしよう」
なにせ、決めなければならないものはいくらでもある。
「次はなんだ」
「風鈴と水琴窟、虹と雨、マニキュアと口紅、数字と音楽…」
まだまだある。雲と氷柱、鎖骨と肩甲骨、ハイヒールとロングヘア。
「やれやれ。官能的なものが多すぎる」