複数パラグラフの指導と翻訳アプリの役割

 英語表現Ⅱでは、複数段落のまとまりのある英文を書けるようにする学習指導要領に記載されている。今年度の授業では、 “ Half graduation essay” ということで高校生活の折り返しを迎えた高校2年生にこれまでの振り返りと展望を主題として複数段落で書くという課題に取り組んだ。全10時間ほどの時間配分で、最初の3時間で構想を作り、英文にするので3時間、添削をはさみ、修正後、最終チェックで4時間程度である。語数の目安としては200―300 words の制限を設けた。ALTと協働で取り組み、主として添削を行っていただいた。生徒は辞書を引いたり、パソコンで表現を調べたりしながら、書いていった。
 予測していたことではあるが、生徒は翻訳アプリをよく使っていた。書きたい日本語の内容を検索欄にコピーアンドペーストするだけで、自動的に英語になる。それもなかなかの英語の完成度であった。多くの生徒は “Deep L” というアプリを使っていた。そのよくできた英文を生徒は日本人教師の私に添削を依頼し、私は数少ない誤りを直す。その作業が続いた。当初、この過程に意味は果たしてあるのだろうかと心配になったが、振り返ればそれなりに意義があったのではと思った。
 教育的意義があるとすれば、複数段落のまとまった英文を書くことができるという成功体験を低熟達度の生徒にも感じやすいということである。英語が苦手な生徒にとってはそもそも単文を書くのでさえも、ストレスであるはずである。複数段落なら、なおさらではないか。翻訳アプリを手段として活用し、課題を提出できるというタスク(task)と見なすのであれば、その達成へのハードルを下げてくれるものである。
 また、もう一つ挙げれば、生徒に簡潔な日本語で原稿を書く癖をつけさせるということである。添削した部分の多くは入力する日本語データを簡潔に書かないあまりに生じる英語のエラーである。複雑な修飾関係をする日本語の構成には注意が要るだろう。時にフィードバック時にもう少し簡潔な日本語で入力してくださいと助言することもあった。自分の伝えたいメッセージをどのようにしたら簡潔に伝えられるのかを考える癖をつけさせることができる。いわば、「複雑な日本語」から「簡潔な日本語」の変換する能力を鍛えさせることができる。
3つ目は有能だと言われている翻訳アプリでさえも、ミスがあるということを経験的に学習できたということである。日本人教師やALTに提出した英作文のフィードバックを見て、その限界に生徒は気づいていた。あくまで翻訳アプリをリファレンスとして活用できるようになれば、より自律的な学習者として近づけるのではないかと思う。
 さて、一見万能に見える翻訳アプリであるが、その限界も同時にみることができた。1つは段落をどのように構成するかということについては何もフィードバックをしてくれないということである。入力したものに対する直訳を翻訳アプリはしてくれるが、「まとまり」と「つながり」のある談話構成に自動的に修正まではしてくれない。どのように段落を構成していくかについて考える機会を与えることができるのは教員の役割なのかと思う。「ワンパラグラフ=ワンアイディア」や「抽象から具体」等の談話の構成については引き続き人間による指導が必要な領域であろう。
 2つ目の限界は代名詞である。英語では、先出の名詞を代名詞で置き換えるのが通例であるが、入力する日本語にそれが意識されていないと上手く反映されない。 “it” なのか “that” なのかの判断とその指導については人間が行うべきことの一つであろう。
 これまで翻訳アプリの効用について述べてきたが、それでも翻訳アプリの使用を禁止することも一つであるとは思うし、その判断も授業の目的に応じて柔軟に変えられるべきだと思う。今回のライティングの授業で、その使用を禁止しなかったのは、現実世界ではオンラインツールを活用しながら問題を解決することの方が普通だと考えたからであった。文法的な操作をさせる目的であれば、より自由度の少ないパターンプラクティスを行うべきであると思うし、また時間制限付きで参考資料の活用を認めない方法で英語民間資格試験の形でライティングを行うべきだと思う。今後も、授業の目的に応じて翻訳アプリと付き合っていきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?