異質な乙女 ~サノマ4-10~
縁あってçanoma(サノマ)の香水を使っている。
今手元にあるのは3-17早蕨と4-10乙女、現時点で4種類あるラインナップのうち、この2つはどちらも軽くて使いやすい。
他の2つ、1-24鈴虫と2-23胡蝶も好きだ。次は2-23を買おうと思っている。
ところでこの4種類の香りを全て知っている方限定の質問になってしまうが、1~3と4ではまったく趣が違っているように思えないだろうか。
4-10は不思議な香りだ。そして4種類の香りのうちもっとも多面的なファセットを持つ香りだ。
ムエットに出すと、フローラル・アクアティックノート・グリーンノート・土っぽさのあるウッディノートがはっきりと感じられる。
しかし肌に乗せるとベースにあるサンダルウッド、ムスク、ベチバーなどの重い香りが”逃げて”いくのだ。今そこにいた乙女がふっと姿を消すように…
私はそこに1~3にある何かが4には存在しない、何か異質なものを感じている。ある意味サノマらしくないのである。
例えば売れる香りを作ることに長けているMichel AlmairacのParle Moi De Parfumは、13種類のラインナップのそこかしこにアルメラックらしさが見えている。Francis KurkdjianだってAqua UniversalisとBaccarat Rouge 540では全く異なる系統の香りとは言え、私はある種の共通項を見出している。
一連の作品群は連続体であり、作品ひとつひとつに個性があるものの、全体として創り手の個性が統一感をもって現れて良さそうなものである。
サノマにも当然その連続性を見出すことはできる。
1と3においては両極にあるもの、たとえば1なら湿気と乾燥、3なら寒さと温かみといったような事象を、クリエーター渡辺氏は調香師Jean-Michel Duriez氏と共に見事なバランスをもってひとつのアコードと成した。
そのような意味では2は1や3とは違う。しかし1の試作段階で出てきたという点でみれば、確かに1の地続きにあるような作品である。
4についても恋の喜びと叶わぬ恋のせつなさという両極の感情をインスピレーションソースとしておりクリエーションの出発点としては1や3に等しい。
では4の異質性を解く鍵はインスピレーションソースにあるのだろうか。
サノマのラインナップのうち1~3は景色や情景から着想を得たもの、4はガルシア・マルケスの小説から着想を得たものとなっていて、そもそも出発点が違うのではないかと思えるのだが、創り手の渡辺氏によれば、インスピレーションソースを使うのは最初の試作だけで、あとはそこから離れ、純粋に香りのみに集中しているという。その言葉を引用するなら、この可能性は除外した方が良いだろう。
4-10に関する私のひとつの解答は「創作物における創り手の存在感」である。
そもそも作品に創り手を感じるかどうかなんて受け手の勝手な妄想かもしれない。渡辺氏は作品に創り手が表れることは必ずしも想定していないと言っており、それは私が創り手である時には100%共感できる。
しかし、いったん鑑賞者となればモノの見方が変わる。作品というものは創り手が「これが良い」「これが好き」という感性の具現化であり、作品に創り手を見るのは鑑賞者として当然の帰結だと私は考えている。
しかしながら、全ての創作物に創り手の存在が感じられるかといえばそうではない。大衆向けに創られたMiss DiorやLazy Sunday Morningにいちいちクリエーターの感性が…などとは思わない。
ニッチフレグランスというジャンルだからこそ創り手の存在が感じられるのかといえば、そういうわけでもない。
マスであろうがニッチであろうが、創り手を想起しない香りなどはいくらでもある。
作品に創り手の存在を感じるかどうかは、受け手がどのような姿勢で目の前の作品と対峙しているかという非常に個人的な問題かもしれない。
私はこの点、サノマには創り手の強烈な個性を感じている。
それは先程述べた両極なものが成す「コントラスト」である。
湿気や乾燥、寒さや温かみ、喜びと悲しみという両極にあるものの結びつきは、まさに創り手を表しているように思える。渡辺氏が出演している動画や彼が書くnote、彼が撮った写真、そして実際に私が本人を目の前にして感じたその穏やかな面と、対極にある僅かな尖り感や鋭さのようなものが、その時々によってバランスを変えながら彼の内側に存在しているように見える。
それが香りという形になって明確に表れたものが1~3である。
だが、4に限ってはそのようなものがひとつも見えない。ただそこにフワフワと誰かの感情だけが揺蕩(たゆた)っているような気がするのだ。
追いかければ追いかけるほど逃げていき、姿を消したと思えばまたふらりとやってくる。そのような意味で4-10は彼の飾らないピュアで自由な魂の香りなのかもしれない。
私は彼の香りに対する真摯な姿勢 ~純粋に香りを知ってほしい~ という想いを一番大切にしたい。つらつらと書いてしまったが、少し書きすぎな感は否めない。
これからのサノマの行く先にこの問いの解を見出そう。
この香りに興味を持った方はご自身の鼻でぜひ確かめてみてください。
ただし、その乙女は魅惑的な笑顔を浮かべた途端にふっと姿を消すから気をつけて。
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