環境問題の正体がよく見えてくる戦火の中東で思うこと
10月7日からちらほらと聞こえてくるイスラエル-パレスチナ問題。
私はバーレーンに住んでいるので、
普段から近隣諸国の情勢には注意を傾けているのですが、
今回はちょっと想像以上に争いが長引きそうな予感がしています。
ドバイをはじめ、
バーレーンもイスラエルとの中東和平問題に対して
争いではなく”話し合い”による国交正常化を目指す意向を示しているのですが、この歩み寄りが例の同胞団からすると、
イスラエルに肩入れ(裏切り者)しているようにうつるのでしょう。
昨日も日本大使館からテロに対する注意喚起メールが届きましたが、
アメリカ大使館、米軍基地、空港、大型ショッピングモールなど
テロの標的になりやすい場所には近づかないようにと書かれていました。
バーレーンでも反イスラエルを訴えるデモが小規模ですが、
平和裏で行われていますし、
私は夫がヨーロッパ人なので必要以上に見た目による
攻撃を受けやすいのではないか?と、色々な面で不安要素を抱えやすいのも中東での暮らしの中では仕方がない事なのかもしれません。
メディアが報じる中東、
特にみなさんが思い描くようなドバイのラグジュアリーなライフスタイルとは裏腹に、
実は解決には程遠い根深いイスラム教の宗教問題、入植地問題などが
多角的にそして複雑に絡み合っているのです。
どんなに裕福な暮らしをしていても
そこで得た富や財産は中東と言う頼りのない土台の上では、
常にそのバランスを崩しやすいものだと、そう言う自覚のもとにハイリスクハイリターンの中東生活を送らなくてはなりません。
そして今、世界中でエコ活動が注目されていますが、
戦争が自分の暮らす国で始まってしまったら、
残念ながらこれらの環境問題やエコ活動も一瞬にして優先順位が下げられる課題の一つです。
戦火が拡大しつつある今、
まずは命、暮らしの確保に必死になるのが当たり前ですから、
国同士の大きな争い事を目の前にしてみると、
実は環境問題の多くは、あくまでゆとりのある先進国と新興国が
人為的に加工した問題定義(SDGsなど)であって、
全ては予定調和な展開が予め結末に用意された環境ビジネスなのかなと。
最近は残念ながらそう感じる部分も多くあります。
戦争と人の命、宗教や人権問題
歴史を紐解くと何百年も前から、はなから解決の糸口など
どこにも見あたらない問題と環境ビジネスを比較すると、
ある意味で本来目指すべきエコ活動やCO2排出に関する
気候変動の本質が、今少しずつ正体を表しているようにも映ります。
争い事はない方がいい、
けれども争いの根源には実に身勝手な人間の欲と
正直者が馬鹿を見るような社会構造が宗教や文化を絡めて、
未だに脈々と引き継がれています。
この偏った世界で、
中東問題こそ他人事で終わらせてはいけないこと。
これからの日本の未来にも大きく影響(石油高騰などさらなる物価上昇)
を及ぼすであろうイスラエルとパレスチナ問題について
私自身を含めて、
常に自分ごととして注意を向けて欲しいと思っています。
グレイス