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相互行為における「指さし」について
マルチモダリティ
大変遅ればせながら(新年になってからもう約2週間が経つのですね!)、2025年の初記事です。何を書くか迷いますが、せっかくですからこれから特に関心を寄せたいテーマにしましょう。
ちなみにheldioガイドは年内に完成させたかったのですが、無理に終わらせなくてもいいのでは?とのお言葉をいただき、あっさり従うことにしました笑
私は関心が浅く広いのですが、今後理解を深めたいトピックの1つとして「マルチモダリティ」が挙げられます。人々が日常的に行っているコミュニケーションは、言葉だけでなく視線、指さし、表情ほかの身体動作が互いに関与して成立していると言われています。
身体動作のうち「指さし」に焦点を当てた『指さしと相互行為』という本にふらっと出会ったので、「総説編」として位置付けられている第1章及びその中で言及されていた杉浦(2011)をまとめたうえで、指さしについて考えてみたいと思います。
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指さしとは
指さしとは特定の方向や場所、対象に他者の注意を向けさせるために指(典型的には人差し指)を用いて行う指示行為のことです(同様の指示行為は指だけでなく手のひら全体やペンなどの道具を使ってなされることもあり、それらを含めてポインティングと呼ばれることもあります)。
そもそも普段の会話において、私たちは指さしをする機会があるのでしょうか。子どもの頃に「他人のことを指さしてはいけない」と教わった記憶があるような…
この点については第1章の前の「まえがき」で触れられているのですが、実際は日本人による日本語会話において、目の前にいる相手に人差し指を向ける行為が頻繁に見られるとのことです。
分析の枠組み
直感に反して日常会話で頻繁に用いられる指さしですが、その行為により私たちは一体何を、そしてどのように果たしているのでしょうか。同書ではこの問いに対して、「会話分析」の研究手法から迫っています。会話分析は自然会話のデータをもとに、話者の順番交替や相手の発話への応答方法など、普段意識されることはないものの会話に存在する「秩序」を解明することを目的として創始されました。この枠組みでは、私たちが用いる発話や身体動作は何らかの「行為」を達成していると捉えます。例えば、「こんにちは」という言葉やお辞儀により、「挨拶」行為が産出されるという具合です。また、会話は参与している者が行為をやり取りする「相互行為」であり、産出される行為はランダムではなく直前の行為への反応として「連鎖」を成します。
ここで大切なのは発話形式のほか視線や姿勢、顔の表情などのさまざまな「資源」が単独ではなく包括的に機能する=互いに意味を補完し合いながら1つの行為が形成されるということです。ここでマルチモダリティという概念が出てくるわけですね。さらに近年では身体資源に加えて周囲の物質的環境も分析に含めることの重要性が説かれており、マルチモーダル分析が進んでいます。
会話分析からみる指さし
このような相互行為のアプローチでは、指さしはどのようなプロセスとして捉えられるのでしょうか。
まず話し手の発話や身体動作は単独で、また予め用意されていたものとして産出されるのではなく、受け手との関係や知識状態、進行中の行為連鎖や周囲の環境にその都度合わせるようにデザインされています(指さしを扱うジェスチャー研究では話し手にのみ焦点を当て、話し手の発話とジェスチャーを独立して取り扱われることが多いようです)。本題の指さしに注目すると、指さしは受け手に志向して産出される共同行為であると言えます。話し手は自らの発話や身体の動きを受け手の視線や身体の向きなどの振る舞いと調整することにより、受け手に対して注意を向けさせることから始めて指示対象の理解へと導きます。一方の受け手は指さしの対象に視線を向けることで指示対象を理解したことを話し手に示しますが、このように指さしとは話し手が1人で達成するものではなく、複雑な過程から成る協同での活動であるのです。
指さしの機能
前置きが長くなりましたが、次に相互行為において指さしがどのような働きをしているのか見ていきましょう。上記のとおり、指さしは直示的ジェスチャーとして物や人、場所を指示する機能がありますが、他の目的のためにも用いられています。そしてどのような働きを持つかは、指さしが生起する文脈や連鎖上の位置によります。
(具体例①)
・テーブルに置かれた書類を参照しながら行うミーティングにおける発話の順番交替との関連
発話者:発話順番の開始とともに書類を指示し始める→新たな話し手であることを示す
発話順番の完了後もポインティングを継続→自分の行為に関連する連鎖が続いていることを示す
話し手以外の参与者:文法構造等から現在の話し手の発話順番が完了に近づいていることが予測可能となると、腕を伸ばして書類に向けて指示し始める→次に発話順番を取る意図を示す
この例でポインティングが発話順番の取得や完了を示すものとして利用可能になるのは、参与者が従事している活動の性質(テーブルの上の書類や図を参照しながら話している)が関係しています。
(具体例②)
・経営者と従業員の会話における権威の可視化
経営者:指さしの中には受け手が対象へ注意を向けた後も保持されるものがある→従業員への指図や命令を構成し、受け手が命令に従うことが適切であることを示し続ける
この例からは、指さしの働きにはその産出者の社会的地位や役割が関与していることがわかります。
強い同意の表示
指さしは日常会話においても指示以外の目的で使用されるようです。第1章で言及されていた杉浦(2011)に興味を持ったので、直接参照してみました。そこでは、直前の話し手が産出した評価に対して強い同意を示すために指さしが利用されることが明らかにされています。「強い」同意と言われているのは、同意には強弱があり、その差は以下のような言語上の特性によって表されることが従来の研究で指摘されてきました(ここでは、文字起こし記号は省略しています)。
同じ強さの同意
A:すごくね?
B:すごいっすね
※評価に使われた語を繰り返している
強い同意①
C:ちょっと恥ずかしいよね?
D:うんちょっとショックだった
※「恥ずかしい」という評価形容詞がより否定的な評価形容動詞「ショック」に置き換えられている(語彙的格上げ)
強い同意②
(初めて行った外国の話)
E:バスとか電車とかこわいよね?
F:こわいこわい
※Eの「ね」とFの「こ」がオーバーラップして産出されている(ターン産出のタイミング)
杉浦は言語面のみに注目するのではなく、身体動作や表情といった非言語的な資源を含め、同意の強弱がどのように表出されるのかを包括的に記述することを試みました。再び具体例を1つ確認してみましょう。共通の友人を飲み会に誘ったものの、応じてもらえなかったことを報告している場面です。
G:ああそうなんだ じゅうごんち ずいぶん先じゃないか
H:そうそうそうそうそうでしょ
Hの発言から観察できること
①「そう」が複数回繰り返されている→Gへの強い協調を示す
②「そうでしょ?」は直前の「そう」よりも声量が上がっていることに加え、最後の「でしょ?」は著しく引き伸ばして産出されている→「でしょ?」をクライマックスとして、進行中である評価活動への「係わり合い 」の程度を徐々に強めていることが見て取れる
③ 最初の「そう」を繰り返す際は肩に手を置いていたが、クライマックスである「そうでしょ?」では、その手が聞き手に向けて差し出され(同意の指さし)、さらに顔を斜めに傾けている→Hの同意は、Gの評価に基づいていることを身体的に指標している
このように言語・非言語を問わず複数の認識可能な資源を同時に利用し、直前の話者が開始した評 価活動への強い係わり合いを顕在化させることにより「強い同意」を実現していることが明らかになりました。
コミュニケーションにおいて言葉が果たす役割は質量共に大きいと直感しますが、実際には言語とそれ以外の要素が有機的に絡み合って成り立っているのですね。私たちは話し手・聞き手として、さまざまなシグナルの送受信や周囲の環境も含めた調整を行いつつ会話を進めているわけですが、普段取り立てて意識することなく行っている行為の「仕組み」は必ずしも自明ではありません。だからこそ、じっくりと探ってみたいところです。
最後に会話中の指さし行為と言えば、実体験の中で1つ思い当たるケースがあります。先日、他部署の部長と1対1で仕事の話をしていた時のことです。
「◯◯ということを実践して欲しい」と言われたのですが、その内容はまさに私が試みていることだったため、「そう、それ私も実践しているのです」という発話と共に人差し指を向けました。
これは杉浦(2011)で扱われていた評価→同意とは異なり、意見の提示→受諾という行為ですが「そう」という応答表現と併せて指さしを行うことにより、提案を強く受け入れていることを表現しているといえそうです。
杉浦のデータは親しい2者間による日常会話でしたが、この例はさほど親しくなく、職位差がある者同士の業務時間中のフォーマルな会話で見られたものです。指さしがどのような場でどんな目的のためにどのように使われるのか、今後より広範なデータに触れてみたいと思いました。
ちなみに、やはり特に目上の方には指さしをしてはならないという意識があり、あんなことして失礼だったかなと会話後に頭をよぎったのですが、指さしをした後に嫌な表情をされたり、何らかの指摘をされることはありませんでした。
また私の利き手は右ですが、この時指さしのために使ったのは左手でした。これは指さし前に両手が置かれているポジションが、どのように指さしを行うかに影響していると言えそうです。いろいろと観察したい点が浮かんできました…
2025年も言葉への、そしてもちろん人への愛を忘れずに穏やかな日々を過ごしたいものです。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
参考文献
杉浦秀行. 2011.「「強い同意」はどのように認識可能となるか―日常会話における同意ターンのマルチモーダル分析」『社会言語科学』第14巻・第1号: 20-32.
安井永子・杉浦秀行・高梨克也(編著). 2019. 『指さしと相互行為』ひつじ書房.