【書評】クロコダイル路地(講談社文庫)
幻想文学といえば本著者の名を挙げる人も多いと思う皆川博子の大長編物語。
物語はフランス革命下の貿易都市ナントから舞台を産業革命期のロンドンへ移し大きく二部構成で進められる。
およそ1000ページの大長編だが読み進めにくいという印象はなく、およそ時間軸に沿って展開していき、場面転換のタイミングで大きく登場人物の名前も挿入されるので、読みながら物語の筋や「これ誰だっけ?」を見落とすというような事もない。
またナント編とロンドン編では物語の雰囲気も大きく異なる為、2冊を立て続けに読んでいるというような感覚になる。
ナント編はフランス革命時の身分格差やギロチン刑に代表される見世物のような処刑や、自由や平等を建前とした暴力や略奪など、全体が悲惨で重々しい。
そう思わせるのは皆川流の膨大な資料や取材を元にした執筆の賜物であって時代背景、当時の流行などのディティールが非常に緻密に描かれているからである。
ロンドン編では鬱々しい雰囲気は残しつつも、パブの亭主やその下で働く子供たちなど、生活水準は決して高くないものの、将来に希望を持って生活する人々が物語の中に一筋の光を照らすように登場し、フランスから移り住んできた人物との対比もあって、印象に残りやすい。
また蝋人形館や、館の仕掛け、剥製など幻想文学的な表現も入ってきて、いよいよ皆川作品らしい幻想的な展開となってくる。
そしてこの物語の中心となってくるのがローランことロレンス・テンプルと度々登場するクロコダイル(鰐あるいは鰐男)の存在である。
幼少時代に見たクロコダイルがローランの心の中にトラウマとして生涯を通して存在しつづけ、時にはローランの別人格のように描かれるが、果たしてクロコダイルを見た記憶というのは本当の体験だったのか、この物語の中ではそれすら幻のように描かれ、読者の想像に委ねられる形となる。
個人的な感想ではあるが、ローランの立ち振る舞いは理解に苦しむ。
人としての何かが欠けてしまっているのような印象も受けるが、それもクロコダイルがローランの心にまで大きく影を落として、ローランの思考や行動まで支配するにまで至ってしまっているのではと考える事もできる。
とにかくこの物語中におけるクロコダイルの解釈は、読んだ人の数だけ存在しているのではと思う。
またローランだけでなく、物語を彩るのは多彩なキャラクター達である。
フランス革命時の騒乱の中、家族とはぐれ、男たちの中で生き残る術を身に付けたコレット(ココ)。
生き別れた妹コレットの安否を想いながらも自らも生きるために日雇い労働で食いつないでいかなければならないジャン=マリ。
ローランと幼少期を過ごし革命の不幸な渦にのまれていくフランソワと従者のピエール。
ロンドンで身寄りのない子供たちに仕事を与えるパブの亭主ドブソン。
などなど紹介していくだけでも枚挙にいとまがない程の人物が登場する。
それらの人物が劇中で、どんな活躍をし、どんな運命を辿るのかは、ぜひご自身の目で確かめていただきたい。
皆川作品では間違いなく、おススメではあるが文字量が多すぎるという人には、
「開かせていただき光栄です」(978-4150311292)
もオススメです。