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台所での強迫

いつからだろうか。こんなにも強迫されるようになったのは。
今日も台所で炒め物を終えたとき、ヤツは強迫してきた。

今夜のメニューは、容易に作れて美味しいチーズデジカルビ。豚肉のこま切れとキムチ、醤油と酒、おろしニンニクをフライパンで炒めて、あとはピザ用チーズをかけて蓋をすれば出来上がる。

ちなみにウチのコンロは、ビルトインコンロのようなシャレたものではなく、台所のコンロ台に据え置きするタイプのものだ。ガス栓とは専用のゴムホースでつながれている。

とまあ、料理が終わるまでは順調なのだが、コンロの火を消して、ガス栓を閉めた後にヤツはやってくる。

「お前は本当に閉めたのか。もし閉まっていなかったら、家族全員がガス中毒で死んでもしらないぞ」

一度、その声が頭をよぎれば、もう確認せずにはいられない。

確認の手順もいつも決まっている。
まずは、左側の口の点火ボタンがしっかりと上がっているか。つまりオンになっていないか目視する。と同時に、指差し確認をしながら「閉じ」とつぶやく。

次は、右側の口の点火ボタンが確実に上がっているか、目視する。と同時に、指差し確認をしながら「閉じ」とつぶやく。

続けて、左側のバーナー部分に火がついていないか目視する。と同時に、指差し確認をしながら「閉じ」とつぶやく。

最後に、右側のバーナー部分にも火がついていないか目視する。と同時に、指差し確認をしながら「閉じ」とつぶやく。

これを1秒ほどの動作でササっとすませる。慣れてきた今では、ほとんど流れ作業である。もはや、本当の意味で確認できているかどうか疑わしい。ちなみに左側のコンロは、今日の料理では一切使用していない。

もちろん、確認作業はこれだけでは終わらない。ガスコンロが大丈夫でも、ガス栓が閉まっているかどうかを確認しなければならないのだ。

まずは、右側の栓が「閉まる」の方を向いているか、触って確かめる。と同時に、「閉じ」とつぶやく。

そして、左側の栓も「閉まる」の方を向いているか、触って確かめる。と同時に、「閉じ」とつぶやく。

ちなみに、左側の栓はガス機器とはつながっておらず、一切使われていない。誤操作防止キャップがかぶされているくらいだ。

ここまでやって、ようやく台所での強迫から逃れられる。と思いきや、そうはいかない。一連の手順が終わった後に、またヤツは語りかけてくるのである。

「本当にそれで大丈夫なのか。ひょっとして、まだガスが漏れているんじゃないのか」と。

この声が聞こえたら、また確認作業は振り出しに戻る。

「閉じ閉じ、とじとじ、閉じ閉じ、とじとじ……」
ひどいときは4セット、いや5セットは繰り返すだろうか。

コンロの前で、何かの文字を書くように空中で指を動かし、呪文のような言葉をつぶやく。それはまるで、何かの宗教儀式のようだ。はたから見れば、奇妙で滑稽な姿だろう。でも、分かっていても、止められないのである。

強迫は台所だけで起こるのではない。ヤツは生活の様々な場面で顔を出す。そのたびに僕の“儀式”のパターンは、増え続けるのである。

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