愛しさ溢れる「ねじれの位置」
顔見知りなのに、一言も喋ったことのないあなたに向けて私は恋文を書いてみます。
少し恥ずかしいですが、決してあなたに届くことはございませんのでご安心ください。
であれば尚のこと、私はあなたへの想いを赤裸々に綴り、心の深奥に渦巻いているあなたへの畏敬と憧憬の気持ちを掬いあげ、1つのカタチにしたいと思います。
これがあなたに対する私の一途な、そして少し偏った、個人的にはどうしようもなく我慢ならずに破裂しそうな胸の内なのです。
私の勝手ではございますが、どうぞお許しください。
あなたに出会ったのは、私が部活帰りの重いショルダーバッグを背負っていた下校時の急行電車の中でした。
私が乗っていた車両にあなたはミニスカートの制服姿で乗ってきましたね。
プシューっと両側に開いた扉の真ん中から乗ってきたあなたの太ももは今にもはち切れそうな弾力性とそれでいて過度に膨らんでいない絶妙な外径をしており、その2本の魅力的なそれが魅惑的な生き物のように私の瞳越しに映っていました。
一瞬チラッと目が合いましたが、当然すぐにお互いに目を逸らし、私は開いた扉の反対側の扉の座席の裏側の背もたれに立ったまま腰を預け、あなたは斜向かいの座席の裏側の背もたれにこれも立ったまま腰を預けていました。
私の2つの視線は脳からの理性が織りなす信号とは裏腹にあけすけな本能のままにあなたの太ももの方をチラチラと伺っておりました。
非常に不躾な無礼をお許しください。
あなたはケータイの画面を見つめており、私の視線には気づかずに、ガタンゴトンとローカル電車ならではの多少激しくゆらゆら揺れる車内の揺れに合わせて、全身と制服、そしてスカートのひだを揺らしていました。
真夏の太陽が、クーラーのガンガン効いた車内にも照りつけてきて、異様な汗を額から一滴垂らしながら、重いショルダーバッグを置いた足元に頭を落としながら、やはり目線だけは一定方向を見遣っていた私は、もはや制御できない二つの焦点と化していました。
あなたはしきりにケータイの中のメールの本文を打ち込むことに徹していて、可愛らしいラメの入った爪で、ケータイの画面を見遣りながらポチポチと文字を打ち込んでいました。
進学校に通う真面目な私にとって、行き過ぎていない程よい頃合いのギャルっぽい雰囲気のあるあなたとは、どうやったら関係を築くきっかけを得られるのか皆目検討がつきません。
あなたみたいなタイプの女性とどこで接点を持てばよろしいのでしょうか。
もはやそれは「ねじれの位置」で2度と接点が表れることがないのでしょうか。
同じ時刻の同じ車両の扉にいつも乗ってくるあなた。
あなたもおそらく私の存在には気づいていたかもしれません。
このお互いに知っているけど、一度も話したことのない電車の中の関係性のことを我々はなんと呼べば良いのでしょうか。
知り合いでしょうか?
否、そこまで深くはないでしょう。
知り合いといえば、友達までは深い間柄ではないけど、ある程度はお互いのことを把握していて話したことのある間柄を言うのだと思います。
では、知り合いでなくて、あなたとの関係はなんと言うのでしょう?
私の中で「脳内記憶」と名づけることにします。
知り合いと呼べる関係までは深くありませんが、脳内で記憶にだけはとどめているであろう関係性ということでこう呼ばせて頂きます。
脳内記憶の私たちはこの先、知り合いに発展することはあるのでしょうか。
脳内記憶のあなたは、私が通う進学校の女子の制服では到底及ばないような、とても素敵な可愛らしいセーラー服を着ていらっしゃいましたね。
夏服なんかは特に魅力的で、赤色のリボンのネクタイに、白のシャツ、そして緑のベースのチェックの柄の短いスカートが印象的です。
ふくよかで健康そうな太ももの2つは、私たち高校生にとって、ライオンが空腹時に一斉に狩りをするようなそんな行きすぎたハングリー精神を持たせてくれるそんな概念なんだと思います。
電車の揺れに合わせて揺られながら、あなたの側の電車の窓を見てみると、真夏の青い空に浮かぶ大きなわたあめのようなモクモクと空にそびえ立つ入道雲が伺えます。
あなたと真夏の入道雲。
私はあなたという脳内記憶と共に、この切り取られたような素敵な写真の一枚も脳裏に残像として刻まれているのです。
やはり夏の暑さというのは、若者にとって少しキケンな匂い、言わば行きすぎた感情の負の変化をもたらすのかもしれません。
私たちは矛盾した世界に生きています。
どうしても人類が発展するためには、生殖行為により子孫繁栄を意図せねばなりません。
しかし、本来備わっているであろうその生殖本能はいわば行き過ぎた、過度な暴走を繰り広げる恐れがあるということです。
特に我々男性陣というのは、その生殖システムの装置が機能不全に陥り、暴走を繰り広げるであろうことを予想して制御せねばなりません。
それがどれほど難しいことかあなたには分からないでしょう。
人間を生きていく、さらに言えばオスとして生きていくことの悲しい性なのかもしれません。
そして電車が各駅のローカル駅へ停車するために徐々にブレーキをかけていくように私もこれ以上私の備わった機能が不全を起こさぬようここいらで、徐々に制御することとします。
脳内記憶のあなたは、電車が停車し、プシューっと開いた扉からそのスカートをひらひらとさせながら私の元を離れていきました。
残ったのは、決して掴むこともましてや食べられることも出来ない遠方の入道雲と絶望的なセミの悲しい大合唱でした。