何か場違いなもの。
梅雨は明けたのかもしれない。日が暮れ、海岸のそばを走る。大勢の赤ん坊が波際を這い回る姿を見かける。打ち寄せる波に洗われる砂浜。素足で踏みつける。その柔らかさ。
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『胎児のはなし』という本を読んでいる。遺伝子解析技術によって、父親のDNAが胎児を介して母親に入っていることが最近になって分かったらしい。
人間の生には未知の領域がまだまだ多いことを知る。胎児と胎盤は同じ受精卵から作られるのに、寿命が大きく異なるのはなぜか。陣痛はどのようなメカニズムで起きているのか。はっきりしたことはまだ分かっていない。
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近所にあるお屋敷の庭の草むらで、最近のら猫が子猫を産んだ。ときどき、みゃあみゃあ鳴く声が通りまで聴こえてくる。その屋敷はいつも人気がない。廃墟のような佇まいで、夜はなるべく近寄らないようにしている。
どういう手がかりを?
分からない。何らかの手がかりだ。前もって予見できないものだ。何か場違いなもの。何か寸法にあわないいびつなもの。土の上に残された跡。道の上に落ちているどうということのないもの。
コーク・マッカシー 著,黒原敏行 訳『越境』早川書房,p.216