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日記

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2020年6月の記事一覧

あまだれ

窓を開けて顔を出す。雨粒が頬に落ちた。 妻が義母とLINEしている。義母が保護した子猫の名前を考えているらしい。毛先がぼそぼそしているので「ぼそ」はどうかと提案したら、採用された。採用されるとは思わなかった。 妻に見せてもらった義母のチャットの文章が、ぎょっとするくらい長い。画面をいくらスクロールしても終わらない。1ヶ月分の食糧をまとめ買いしたときのスーパーのレシートみたい。毎回のことらしい。 切れ味のよい短文がなにかと持て囃される昨今だが、場違いな長文も嫌いではない。

あなたが今じゃ一番わたしを尊敬してくださらない人ですわ

小学生くらいの三人の少女が車内で激論を交わしている。さそりとタランチュラ、どちらが捕まえやすいかについて。夕方の小田急線。 部屋が蒸し暑いので、涼感を求めて押入れから風鈴を探す。風鈴は見つからなかったが、昔、山寺で買った退魔の鈴があった。窓のそばに吊るしてみる。鈴は鳴らない。風が吹かないから。風一つ吹かない夜。 冷蔵庫にスイカがあったので、塩をふりかけて食べる。もう夏みたい。塩をふると甘みがひきたつことに初めて気付いた人はすごい。幸福の実感を得るためにわざと不幸になろうと

野の百合はいかにして

散歩中、気配がした。振り向けばヤマユリ。声が出そうになった。夕闇に浮かぶ白い顔。あたりにまきちらす甘い香り。こんな道端に。 *** 帰宅して『華氏451度』の続きを読み始めたら、また声が出そうになった。本が忌むべき禁制品となった世界で、「犯罪者」から1冊の本を盗んだモンターグが、企業広告のささやきが鳴り止まない地下鉄に乗っている場面。 聖書をぐっとにぎりしめる。 そのとき、トランペットが鳴りひびいた。 「デナムの歯磨き」 黙れ、とモンターグがは思った。《野の百合はいかに

どこまでが夢ですか

どこまでが夢ですか。という文字が車体にプリントされた軽トラが目の前を通り過ぎていった。街中で見かけるのは三回目。どこまでが夢ですか。 *** 『言葉をおぼえる』という本を東海道線の車内で読んでいたら、胎児が耳にする母親の声について次のような記載があった。 胎児に届く音声とはどのようなものだろう?実際に胃の中にマイクを入れて、外の世界の音や母親の声がどんなふうに届いているのか拾ってみると、音声の強弱や上がり下がり、リズム、ことばの母音の部分などは伝わってくるが、子音はほと