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あまだれ

窓を開けて顔を出す。雨粒が頬に落ちた。

妻が義母とLINEしている。義母が保護した子猫の名前を考えているらしい。毛先がぼそぼそしているので「ぼそ」はどうかと提案したら、採用された。採用されるとは思わなかった。

妻に見せてもらった義母のチャットの文章が、ぎょっとするくらい長い。画面をいくらスクロールしても終わらない。1ヶ月分の食糧をまとめ買いしたときのスーパーのレシートみたい。毎回のことらしい。

切れ味のよい短文がなにかと持て囃される昨今だが、場違いな長文も嫌いではない。たとえば、この動画のコメント欄先頭にあるT sousyuさんという“70代のおジイさん”の文章。


「雨だれ」はショパンが嵐の夜、持病の肺結核に苦しみながら、恋人のジョルジュ・サンドの帰りを待ちながら作った曲と言われている。

この曲の演奏動画は他にもたくさんあるけれど、Youtubeで再生するのはいつも、“70代のおジイさん”のコメントがあるこの動画。投稿コメントが動画の価値を高めていると思う。

ショパンは公の場所ではほとんど演奏しなかったし、いつも非常に静かに演奏した。しかしこれは、のちによく言われたように、大きい音を出せなかったからではなく、あきらかにひとつの選択だった、と彼は言った。ショパンはエラールよりプレイエルのピアノを好んだが、プレイエルはそっと繊細に弾いたときだけ美しい響きが出るからだ。エラールについては、ショパンは「何もかもがいつも美しくひびく。だから、美しい音を出そうと細心の注意を払う必要がない」と言ったという。

T.E. カーハート (著), 村松 潔 (翻訳)『パリ左岸のピアノ工房』新潮社,p.245

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