【漫画メダリスト感想】2セット買った
漫画で感動することこそ多々あれど、涙を流したことはほとんどない。
メダリストは2巻で泣いた。びっくりした。
【あらすじ】
そんな4行の説明じゃ足りない!!!!!
メダリストを読み終えてあらすじに戻ると私のようになる。でもあらすじ以上の言葉で説明できないすごい漫画だった。
小学5年生の結束いのりはいわゆる落ちこぼれだ。勉強が苦手で、翌日の身支度もまともにできず、同級生には呆れられる日々を送っていた。
なにもできない子である自覚があるから、小さい頃から憧れていたフィギュアスケートを習いたいと親に言えず、1人でこっそりスケートの真似ごとをする。それがいのりの毎日だった。
26歳の明浦寺司はほぼ無職。中学生の頃にフィギュアスケートと出会うも、大人からは「始めるのが遅い」とはねつけられた。第一スケートを習うお金もなく、見よう見まねで憧れのシングル選手のトレースをした。20歳でようやくコーチと出会えたが、「アイスダンスの選手として」育ててあげるという条件つきだった。その後アイスダンス選手として全日本に漕ぎ着くも、アイスショーのオーディションに落ち続け、バイトに明け暮れていた。
社会の陰で密やかに生きていた2人が出会い、選手とコーチとして一歩を踏み出す話だ。
だが上記は、「1番を勝ち取った人間の価値観が正しいものとして認められる。ならそのムーブメントに乗ってやる」という話に変容していく。
※個人の感想です
以下感想垂れ流し。
①選曲がすごい
私はクラシックに疎い。だから「グスターヴ・ホルスト」の「木星」という曲名を見てもピンとこなかった。結束いのりの初めてのSPに選ばれた曲だった。
知らない曲とはいえ臨場感が欲しかったので、サブスクで木星を流しながら読み進める。
……待てよ? この曲、「平原綾香」の「Jupiter」だ。エブリデイアイリッスントゥーマイハートだ。
学生の頃、Jupiterはいささか直情的かつ夢想的すぎる歌詞だと思っていた。
壮大。
「この宇宙の御胸」というおよそ日常では聞かないであろう言葉が平原綾香の歌声を形容しているようで、聴き心地はとてもいい。でも歌詞は壮大すぎて自分から遠い曲だと感じていた。
メダリストを読むまでは。
Jupiterの歌詞は結束いのりすぎる。
「エブリデイアイリッスントゥーマイハート」だし、「ひとりじゃない 深い胸の奥で繋がっている」だし、「私のこの両手でなにができるの?」すぎるのだ。
極めつけは「夢を失うよりも悲しいことは 自分を信じてあげられないこと」である。
分かる、分かるぞ。メダリストを介して、歌詞の意味がすんなり入ってくる!
金メダリストになる夢を追うひとりの少女と青年の話に違いはないのだが、夢を失うこと以上に自分を信じてあげられないことが悲しい2人の話でもある。
言葉にするとあまりにも凡庸で、電車の吊り広告で見たような文言になるが、そうとしか言えない。
さらに、あまりにも主人公すぎる歌詞を携えた「平原綾香」の「Jupiter」を表記するのではなく、「グスターヴ・ホルスト」の「木星」として登場させているのがすごい。作品として奥ゆかしい。品がある。
もっと言えば、結束いのりが初めて踊った曲にJupiterを持ってくるのが憎い。ある程度成長した結束いのりの全国大会でこれが選ばれていたなら、この曲はここまで響いてなかった。選手として確立された結束いのりの過程を再現したような歌詞が並んでいるからだ。
しかし、つるまいかだ先生は結束いのりの初めてのプログラムにこの曲を選んだ。木星を完走した後にこそ、初プログラムの選曲が木星でなければいけなかった理由が詰まっている。ここの選曲はボディーブローのように効いてくる。
つるまいかだ先生がメダリストという作品の展開を考えたとき、しっくりきたのがグスターヴ・ホルストの木星だったという事実に対峙すると「どこまで考えてるんだこの作者」と唸ってしまう。ほんの2巻で脳を焼かれて、noteに書きつけるに至った。
(ここまで語っておいてJupiterが全く関係なかったらどうしよう。いっか)
②金メダルへの執着
「勝利に執着できる人間は強い」
上記の類のフィクションは、誰もが1度は見たことあるはずだ。むしろ、勝ち負けが描かれるフィクションで避けては通れない命題かもしれない。
漫画・メダリストも例に洩れず、勝利への執着が話題の中心にある。主人公・結束いのりは勝利に飢えている選手だ。
でも、彼女は名声や自己満足のために勝ちたいのではない。彼女は彼女が愛しているものたちを証明するために1位を渇望している。
勝ちたい気持ちが人一倍強い人の話が描かれることは多々あるけど、なぜ勝利を欲するに至ったかの詳細が描かれることは意外と少ない気がする。それこそ他人に虐げられた過去から力を手に入れたいとか、元々負けず嫌いといった描写が挟まるフィクションはある。しかし、私は勝敗の世界に身を置いたことがない一般人だから、そのような設定はどことなくフィクションじみていた。「勝利への執着」は創作だからこそ受け入れられるファンシーな感情だった。
もちろん、結束いのりもなにもできない子だったからフィギュアスケートという揺るがない自信を欲した。ただ、作中で時間が流れるにつれてその意味は変容する。自分が認めたものを世間にも認めさせるためには説得力がある肩書きが必要だ。だから、彼女は1位を獲らなければいけない。金メダルを獲りたい。
自然の中に正しさは生まれない。強者が正しさという概念を生む。持論の証明のためには強者でならなければいけないという人類の歴史を、この漫画は小学生で展開している。
さらに、社会の仕組みを描写しながら読み手を沈ませるような翳りがほとんどない。なんなんだこの漫画。
③熱に泣かされる
フィクションで泣く理由はさまざまだろう。
ときには辛さ、憎しみ、悲しみなどマイナス感情で泣かされることもある。
でもこの作品は、人と人との間にある熱で、読者の感情を揺さぶり溶かす。溶かされた感情の一部が涙として表に出てきて、読者自身が驚く。
歳を重ねると感情が凝り固まると思う。
子どもがよく泣くのは、知らない感情が多いからだ。大人になると物事のパターンの少なさに落胆すら覚える。単調な働きを求められる社会において、感情は不必要だ。無駄をなくしていくと働きやすくなるし、感情は希薄になっていく。
けれども、その感情は消えたわけではない。時の流れで蝋のように固まってしまっただけだ。固まった感情の一部を溶かしてくれる熱がこの作品にはある。物事の是非、正義不義を問う作品も数多く存在する中、この話はスケートリンクに向き合う人々を淡々と描いている。その熱量に、人の命が燃える様に、心を動かされる。
④冷たすぎず、優しすぎない社会
令和において「社会」という単語が持つイメージは「冷徹」とか「非情」など、寒々しいものではないだろうか。
けれども、本来社会というのは単に生活している人々を指す言葉で、誰かを支えるために、もしくは排除するために存在している言葉ではない。
メダリストは徹底して社会を描いていると感じた。つるまいかだ先生が描く社会は多面的で、ときには非情でときには甲斐甲斐しく、「社会」という一言で語れないあたりに現実味がある。
例えば結束いのりのお母さんは初登場時、子どもへのあたりが強そうな人物だった。自分の子どもを「なにもできない」と評し、いのりがやりたがっているスケートを拒絶した。
だが、子どもの願望を頭ごなしに否定するような姿勢は「能力が平均レベルにも達していない我が子がスケートで心を折らないか」という懸念からきていた。
結束いのりの姉・実叶はいのりとは真逆のなんでもできる子だ。彼女もスケートの天才と呼ばれていたのに、挫折した過去があったから「不器用ないのりには向かない」と思い込んでいた。
いのりの学校の描写も非常に中立的だ。
生活のあれそれをこなすのが苦手ないのり視点から見ると、学校は冷たい場所に映る。
だが、よくよく見ると先生は忘れものの多いいのりに根気強く付き合ってくれてるし、クラスメイトはスケートを始めたいのりを「楽しそう」と受け止めている。一言では語れない社会構造が細かく描写されている。
こちらの社会と地続きな世界観の中で結束いのりと明浦路司は生きている。「なにもできない子」のレッテルを貼られていた結束いのりが、フィギュアスケーターとして抜群のセンスを発揮することで、彼女を見る世間の見る目が変わる。社会から否定されていた存在が肯定されるようになる。周りから受け入れられ、やがて称賛までされる階段を結束いのりは上っていく。
コーチの明浦路司は、いのりの才能が開花するごとに、周囲の彼女への接し方が変わることを知っている。だから、教え子である結束いのりの味方であり続け、「周りが変わっても驚かないでね」と一言添える。
結束いのりも、自分を見る目の色が変わることと、それに応じて自らの形も変えるべきだろうことを悟っている。
選手としての実力とはなにかを語るだけでなく、一個人の能力変化で他人の性格や振る舞いが変わることを見逃していない。
そして、その事実は冷酷な事象としてでなく、「人が変わるのは当たり前だよね」という眼差しで描かれている。中立的な社会が徹底して描かれているおかげで、結束いのりと明浦路司という人物が持つ温かみが際立っている。(逆に勝利への執着も異質なものとして浮かび上がる)(とてもいい)
書き手の視点から社会を語ることはできても、客観的に中立で描き続けることはなかなか難しいと思う。こんな漫画があっていいのか。
⑤魅力的な絵
絵がとにかくうまい。なんですかこれ。以下箇条書きです。
・画面を暗くするはずのトーンで光を描く技量
・コマによって線の太さや数が違うので画面にメリハリがある
・大胆なコマ割り
・表情が豊か。生きている。
・映画のような画面の切り取り
・常に動きがある
・選手の技術差が伝わる画力
・目が綺麗
・トーンとベタの使い方がとにかく半端ない。
モノクロなのに天候も湿度も光源も色も匂いも伝わる。
全ページ額縁に収めて、法で保護したい。
⑥ぶっちぎるセンス
この漫画は主人公コンビ以外の話を端折る。
「あえて描かないセンス」がぶっちぎりである。
読者がほとんど認識していないであろう選手がいきなり演技を始めたり、逆に掘り下げがきそうな選手がいつの間にか負けていたり、見知らぬコーチが集まって突然飲み会を始める。
主人公と近い登場人物の背景は事細かに描かれた方が読者に刺さるし、主人公と対極に位置する存在は主人公と同程度の掘り下げがされがちだと思う。
しかし、メダリストが描くのはあくまで選手・結束いのりとコーチ・明浦路司の2人だ。クラスの落ちこぼれだった結束いのりがフィギュアスケーターとして花開き、選手として戦績を残せなかった明浦路司がコーチという立場を通して己の才能に気づく話が丁寧に展開されている。それ以外のキャラクターの描写は意外とあっさりしている。試合の前後を抜き取る程度だ。
なのに、全ての人物に泣かされる。街頭で歌っていた声に足を止めてしまうように、顔も知らなかった子の演技に見入ってしまう。選手とコーチがどのように信頼関係を築いてきたか、読者は主人公コンビを通して知っている。
選手とコーチが積み上げてきた時間をたった数コマで再現するのが本当に巧い。たった数コマのその信頼関係に触れると、主人公コンビが積み重ねてきた時間が反芻され、同程度の異なる物語を知っている気分になる。現在11巻が刊行済みだが、読了後に「11巻しかなかった!?」と驚く。
主人公コンビを別の子でトレースするような回がない。この漫画を一気読みしてしまった理由の1つが「テンポがいい」である。
⑦映画のような構成
各巻それぞれの構成が映画すぎません?
個人的には10巻が特にすごくて絶句した。
漫画の大半が続きが気になるような物語の運びをしていて、もちろんメダリストも例外じゃない。
けれども、始まりから一気に盛り立てて続きが気になるような展開をしつつ、その後メインの子以外の話でフェードアウトして読者に余韻を味わせる技術を盛り込んでいる。感動を通り越して「この漫画なんなん!?」と暴れた。
漫画愛好家というほどではないが、オタクとして漫画を嗜む人生を送ってきた私が「こんな構成見たことない」とひっくり返った。映画で例えるなら「アバウトタイム」とか「英国王のスピーチ」とか「グリーンブック」とかだろうか。(そうかな……)
読んだあとは高揚感と余韻が残るし、気分的には高まっているのに真ん中にあるのは穏やかな心地だ。読了後は時間の流れが少し遅くなる。「読者の胸に火を灯しながら、トーンを落とすことってできるんだ…」と慄いて5度見した。
時間の流れが早くなってきた大人!
ここに秘密道具がありますぜ!
最後に
語り足りないよ。
これだけ話の構成について語ってきたが、登場人物の魅力について1つ1つ話したい。結束いのりという人物の素晴らしさ、明浦寺司というコーチの人としての模範さ、鴗鳥慎一郎コーチの引力、ただただおきゃわで好みなナッチンこと那智鞠緒コーチ、よくぞぶち込んでくれたと思わずガッツポーズしたメダリスト界随一のホストこと雉多輝也コーチ、オタクが一目惚れする魔力を持つジャンプ専門の魚淵翔コーチ、夜サイドを掌握する化け物たち、言い忘れてはならぬ「ありがとう加護さん一家」……。全登場人物に感謝。
あれだけテンポよく話を進めてるのに語りきれないほどたくさんの登場人物が盛り込まれている。
まるで北海道の朝食ビュッフェだ。いくらもカニもえびもサーモンも牛しぐれ煮もアイスクリームもご用意されている。こんな贅沢な漫画をたった約8,000円で揃えられるなんて最高。
そう思っていたら書店フェアが12月19日から始まった。1巻買うとコースターが1枚もらえるらしい。
3巻無料期間に電子書籍で読み始め、「これは紙で揃えなきゃダメだ」と悟り、書店にせっせと通って11巻集めたあとだった。
なに〜〜〜〜!!??
普段グッズは集めないし、鑑賞用保存用実用用3セットというオタクの通説に沿って漫画を買ったことはない。だが、これ、全種類欲しい…!
ので2セット買った。
どこでも読めるよう、電子書籍でのフルセット購入も検討している。