妄想2・キンマサタカと全日本痛風連盟編『痛風の朝』(本の雑誌社、2021年)
「時間のかかる終活」をしていて、標記の本もダンボール箱から出てきた。発売されて間もない頃に独立系書店で見つけて買ったものである。
ようやく痛風をテーマにしたエッセイ集が出たか、と待ちに待った本だった。なんだったら、自分もこの本に参加したいと思ったほどである。
私が痛風の発作を初めて体験したのは諸説あるが、30歳としておこう(20代にも似たような痛みを体験したことが一度だけある)。そこから痛風とつきあうようになった。
痛風の発作が起きると、マジで痛い。外傷はないのに、足が猛烈に痛くなるのである。一歩一歩、歩くごとに「痛い痛い痛い!」と悶絶するので、まわりの人からしたらそれが可笑しいらしい。
本書の「はじめに」で、編者のキンマサタカさんが書いているつぎの文章が、痛風の悲喜劇を過不足なく伝えてくれている。
「初めて痛風の発作を経験したのは12年前。
発作はラブストーリーよりも突然にやってきて、一人の人間を心身ともにズタボロにして去って行った。発作から1週間は日常生活もままならなかった。
それから長いこと、この病とつきあってきた。
そんな私を人々は冷たい目で見る。
贅沢病と誤解されることも多い。
すこし間違っていて、すこし正しい。
痛風であると告白すると、皆がすこしだけ興味を持ってくれる。
「あいたた」と痛がると大喜びしてくれる。自業自得だからだ。痛風は人を笑顔にさせる力がある。
酒場で足を引きずって歩いていると、「実は私も」と手を差し伸べてくれる人がいる。
同士の存在は心強く、同じ苗字の人に出会ったような、妙な連帯感が生まれる」
そう、本人にとっては猛烈に痛くて深刻なのだが、命にかかわることのない痛みなので、周りの人たちにとっては可笑しいのである。
この痛みは、経験しないとわからない。
さまざまなジャンルの人の経験談が語られていて、どれも抱腹絶倒である。漫才師「錦鯉」の渡辺隆さんもそうなのか…。たしかに痛風顔をしている。
痛風同士は、誰が痛風なのかを外見からなんとなくわかるのである。
編集者の栁下恭平さんも文章を寄せている。私は、オンライン読書会で画面越しに一度お目にかかっただけだが、あのときの親近感は、同じ痛風持ちだったことによるのだなとこの本を読んで納得がいった。栁下さんもまた、痛風顔である。
以前、DVDで映画「人間の條件」(五味川純平原作、小林正樹監督)を観た時に、こんなことを考えたことがある。
仲代達矢が演じる主人公の梶の人生は壮絶である。戦争に翻弄されながらも、強い意志をもって過酷な運命の中を生き抜くのである。そんな梶の人生にくらべたら、私の今の状況など、たいしたことではないのだ。
しかし、である。
そんな過酷な運命を生きる梶でも、痛風のつらさは知らない。
もし梶が痛風に苦しんでいたら、あれほどの不屈な反骨精神を持続し得たか、はなはだ疑問である。痛風の痛みは、そんな強靱な精神までをも削いでしまう力を持っているのである。
そう考えると、彼が過酷な運命を生き抜くことができた一番の理由は、彼が痛風でなかったからだ、ともいえる。
たとえば、映画「人間の條件」の中で、梶が所属する隊が重い荷物を持って長距離を歩かされる訓練をする場面がある。
もし私が二等兵として、しかも痛風の発症中にこの訓練があったら、と思うと、ぞっとする。
まず、足が痛くてとても歩くことはできないだろう。
足の激痛をこらえながらそろーりそろーりと歩いていると、当然隊列からかなりおくれをとってしまう。上官殿は、もちろんお怒りである。
「貴様、怠けているのか!」
「いえ、足が痛いのであります」
「嘘つけ!歩きたくないからそんなことを言っているのだろう!」
「いえ、痛風であります」
「痛風だと?痛風がそんなに痛いはずがあるまい!」
「いえ、かなり痛いであります!」
「お前、俺が痛風を知らんと思って、嘘を言っておるな」
「いえ、違うであります」
「うるさい!お前の気がたるんでる証拠だ!」
かくして私は上官殿から拷問を受けることになるのである。
もし、痛風の人間が戦場に送られたら、と思うと、ぞっとする。痛風の苦しみがわからない人には、この恐怖は永遠にわからないだろう。
だから私は提唱したい。
痛風で苦しむ人間が主人公の戦争映画を作るべきだ、と。
ま、ほとんど「イタイイタイイタイ!」と言ってるだけで、ストーリーはまったく展開しないと思うが。
足が痛くって、進むことも、逃げることもできない。戦場では、まったく使い物にならない。自然と匍匐前進をすることになる。味方の上官には「怠け者!」となじられ、敵を目の前にしてはなすすべもない。
痛風で苦しむ主人公から見た戦場は、そうでない人以上に、理不尽な世界に映るだろうと思う。
…ちなみにいまの私は、お酒をやめ、薬で抑えていることもあり、もう10年くらいは痛風の発作が起きていない。しかしヤツは油断ならないので、慢心してはいけない。