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私の読書遍歴(宗教)

 大分、ご無沙汰になってしまった。いろいろな雑務に追われ、X、FB、インスタなどやっているし先週は4回会議があったりで。
 まだ、仕事には着いていないが、私はまだ受験生。司法書士事務歴40年。資格なしで仕事をこなして、やっと子どもたちも大きくなったので、司法書士の資格を取るため奮闘中!

 私は、元来神も仏も信じていないが、正月には神社に行き、身内が死んだら仏式で葬式をして過ごすような少年だった。変わったのは、高校1年のとき、マルクスの「共産党宣言」を読んでから。
「宗教はアヘンである」という言葉は胸に響いた。

 私が15の歳だ。それ以後、マルクス、エンゲルス、レーニン、トロツキー、毛沢東、スターリン、ゲバラ、ローザなど文庫本は全て高校の時に読んだ。「資本論」は1巻のみだが。
私は無神論者になった。
 大学は新聞会に入り学生運動に駆け回った。
新左翼の党派で1年足らずだが、活動した。
 しかし、組織と個人の問題が私の中にずっと解決出来ないので、その党派を去りノンセクトの活動家に戻った。
 私が命と向き合ったのは、1980年、中学生時代の同級生の死を知ったときからだ。死とか、人と生きるとか、出会うとか、去って行くとか、個人のはかない気持ちが人を動かす、とか。
そんなことをいつも考えていた。

 1988年に父親が死んだ。前立腺ガンだった。始めは前立腺だけだったが、膀胱、リンパ、骨に転移して発見から3年で亡くなった。
 その年、子どもが生まれた。
生と死。生きとし生けるものの儚い命。父親の葬儀の時のお経に興味を持った。
お経は何を語っているのだろう?

 その時に、お寺さんが唱えていたお経が阿弥陀経であることを知り、その本を買った。内容を知りたくて、通信教育を3年間受けて、卒業した。
法名も貰った。「釈正心」。私は仏教者になった。
 それから、親鸞ファンを自称するようになった。今までマルクス側ばかり読んでいたのだが、マルクスが批判していた相手の本も読むようになった。プルードン、バクーニン、オーエンなど。

 信じることが宗教ではないように思う。
疑って疑って疑い続けて、それでも私であり続けることって、なんだろう。残った私は、世の中の矛盾、弱い人は益々弱くなり、強い人は益々強くなるからくり。それは、その人だけが持っている特性などではないはずだ。誰と出会い、どう過ごしたか、何を考えたか、運や不運も丸ごと抱えて、人間はいる。そこには勝者も敗者もいない。
個性を持ち、人生を過ごした一人の人間の姿があるだけだ。そう思えるようになって来た。

 親鸞が、命を賭けてかいた書物がある。「顕浄土真実教行証文類」(略して「教行信証」という。)
教、行、信、証、真仏土、化身土の6章があり、殆どが七高僧の書いた文章の抜書きで構成されていて、その抜書きを解説することで親鸞独自の浄土思想を書き表わされている。その博学や他の僧侶の及ばない世界を描いている。更に、僧侶と言えば為政者に保護されているか、官位を授かっているが、親鸞だけは、官位も保護もない聖だった。自らを「愚禿釈の親鸞」と呼び、煩悩具足の愚禿と自らの心を見続けた聖だった。
 死ぬまで書くことを辞めなかった一人の聖。それが親鸞である。88歳にして、この分かりにくい「教行信証」を誰でも分かるように、何冊も解説文を作り、偈を作り、和讃を作り、人に伝えようとしていた人生。
 私も、親鸞のような人生は出来ないが、死ぬまで転がり続けること、私を表現し、人と作り上げることで、微力ながらも生きていきたいと願っている。

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