【映画平行観賞のススメ】映画『Cloud クラウド』と『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』は続けて観ると深まる
『Cloud クラウド』監督 黒沢清
『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』監督 阪元裕吾
映画は並行して観るとさらに面白くなる
映画を沢山観る人が自然にやっている映画の楽しみ方に、「映画を平行して観る」というものがあります。様々な映画を観ていると、関係ない別々の映画の中に共通のテーマや気になる共通点のようなものが見いだせることがあります。
例えば、作り手が意識してるか無意識かにかかわらず、同時代の作品であれば、一見全く違うタイプの作品であっても、その時代共通の問題を描いていることはよくあります(もちろん、昔の作品と今の作品であっても、時代を超えた共通のテーマを描いていることは当然あります)。
その共通点に注目することで、それぞれの作品をより深堀りできるのはもちろん、様々な才能を持つ個々の映画クリエイターたちが共通して何に関心があり、どのようなメッセージを発信しているかという「映画状況」のような流れも味わうことができます。
大ヒット映画『ONE PIECEFILM RED』(2022,監督 谷口悟朗)は、見かけ上はAdoの歌の強さと、ウタ(CV 名塚佳織)のキャラクターの魅力を全面に出したアクション音楽エンターテイメント映画の名作です。
しかしその中では、搾取と差別を繰り返す世界政府と、弱者から収奪するのが当たり前の大海賊時代に虐げられた人々の絶望。そしてその弱い者に厳しい世界から逃げ出す手段として、人々を幸せにするために、ウタがある選択をしてしまう、というシビアなドラマが描かれています。
『みなに幸あれ』(2023,監督 下津優太)は、女の子が久々に田舎の実家に里帰りして怖い目に遭う、いわゆる「田舎ホラー」ジャンルの映画です。しかし、そのホラーな出来事の裏に、弱者の人権を奪い搾取する本当に恐ろしい世の中が広がっていた…。という、現代社会の歪んだ構造をホラーに置き換えて描いた名作です。
両作は、トップクラスの国民的大ヒットアニメ映画と、一般公募で大賞に選ばれたフィルムを元に長編にした単館系ホラー映画、という正反対の作品です。ですが実は、グローバル資本主義社会の荒んだ世の中と、それに直面し困窮する人の問題を描いた作品。という共通点があるのです。
転売ヤーが地獄に落ちる映画『Cloud クラウド』
シネフィル(映画大好き人間)は新作が公開されると全員観に行く監督。でおなじみの邦画最強監督、黒沢清の2024年3本目の新作『Cloud クラウド』は、転売ヤーをやってる菅田将暉が大変な目に合ってしまう犯罪サスペンス映画です。
『Cloud クラウド』の主人公 吉井(菅田将暉)は、真面目に工場勤務をする一方、隠れ副業として転売ヤーをやっている人です。転売ヤーは、限定商品などを買い占め、手に入らなかった人に高額で売る行為を揶揄する言葉です。
転売行為は、欲しい人の元に届かない、完売したイベントなのに空席ができる、など様々な実害があり、社会問題となっています。
しかしこの映画では、主人公 吉井の転売ヤーとしての働きぶりが、世間一般が思い浮かべるような単純な悪い奴としては描かれていません。彼は非常に真面目に仕事として転売に取り組んでおり、その全く悪意の無いサイコパスな頑張りがユーモラスにも感じられます。
職業としてモノを売っている人は、自分が売るモノそのものに何かしらのこだわり(「他店より安い」、食べ物なら「美味しい」、道具なら「便利」、インテリアなら「美しい」など)を持って仕事をしていることが多いでしょう。しかし、『Cloud クラウド』の主人公 吉井には、自分が売るモノに対するこだわりが全くありません。
潰れた会社からは、革新的なのに売れなかった特許医療機器の在庫を叩き値で買い取る。ブランド品のバッグは、それが本物か海賊版かの確認もせずに仕入れる。有名原型師による美少女フィギュアは、個人の玩具店に大金を払って買占める。とにかく売れそうなモノならなんでもいいのです。
吉井には「今のつまらない生活から抜け出して成功する」という感じの、漠然とした目標があります。働いている工場からは真面目な仕事ぶりが認められ管理職への昇進を持ち掛けられますが、1ミリも食いつかずに自主退職。本格的に転売ヤー業に取り組みます。
事務所 兼 倉庫の物件に引っ越しした際、不動産業者に職業を聞かれ、普通に「転売屋です」と答えるシーンは、吉井が悪意ゼロで真面目に転売屋をやっていることが伝わる名場面です(思わず笑ってしまいました)。
『Cloud クラウド』では、熱心に転売ヤーに取り組む吉井が、本人の知らないうちに世間の多くの人から憎しみ(ヘイト)を集め、恐ろしいトラブルに発展していく様子が描かれます。
真面目に仕事に取り組む男が狂う映画『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』
映画『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』は、阪元裕吾監督による女の子殺し屋コンビの活躍を描いたアクション映画の3作目です。
1作目『ベイビーわるきゅーれ』(2021)は、ミニシアター「池袋シネマロサ」や名古屋のミニシアター「シネマスコーレ」など、ミニシアター中心に全国10館だけで公開された単館系映画でした。
アクション監督 園村健介の手掛けた、邦画ではあまり見たことのない激しい殺し屋バディアクション。主人公「ちさと(髙石あかり)」&「まひろ(伊澤彩織)」によるコンビ(ファンからの愛称「ちさまひ」)の、強いのにゆるふわなキャラクターの魅力。そしてその「ハードさ」と「ゆるふわさ」のギャップによるユーモアの面白さが映画ファンの間で口コミで広がり、ヒットしました。
2作目『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』(2023)は、公開規模が拡大し新宿ピカデリーといった大きい映画館でも上映。
アクション&コメディ要素だけでなく、殺し屋の才能以外は乏しく社会不適合者ぶりを発揮する主人公二人と、金に困ってアルバイトで殺し屋をする兄弟(丞威 / 濱田龍臣 )が、どちらも生活に困窮する立場でありながら殺しあうことになってしまう哀しみも描き、より強い映画になりました。
その人気は高まり、2024年公開の今作『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』は、全国190以上の映画館で公開。アクション&コメディはさらにパワーアップ。メイン人物として前田敦子と池松壮亮というスター俳優も出演するなど、1作目と比べると規模の大きい映画になりました。
その池松壮亮が演じる最強の殺し屋「冬村かえで」の存在が、2作目でも描かれていた「日々の生きづらさを感じている人の苦しさ」というテーマをさらに強調。名作になりました。
真面目にPDCA回し続け狂人になった男
『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』の敵キャラクター「冬村かえで」は、特定の組織に入らない一匹狼。ダークな業界では「史上最強の殺し屋」と恐れられる男。この男は目標である「150人殺し」を目指し、たゆまぬ努力と鍛錬、反省と創意工夫の日々を送る凄い奴です。
実は「冬村かえで」も「ちさまひ」と同じく、他人と接するのが得意ではない側の人間です。その一面は、行列ができている売店で弁当を買った際に店員がお箸をつけ忘れたことに気付いても「お箸ください」の一言が言えない(かわいい)、というシーンに表れています。
しかし、彼の「仕事(殺し屋)」に対する真面目ぶりは、宮崎に観光のついでに殺し屋仕事に来た「ちさまひ」とは正反対の存在として描かれます。
「ちさまひ」らが潜入した「冬村かえで」の部屋には、「夢は近づくと目標に変わる」「自分との約束を守る」といった、紙に書いた自己啓発スローガンが壁中に無数に貼られています。
彼の仕事に対する真面目ぶりは、日々つけている「手帳」に象徴されます。手帳には、仕事(殺し屋)の中で起きた予想外のトラブルで手間取ったことの反省。感情的になってしまったことへの反省。使用したツール(拳銃など)はミッション達成に適切だったか? 食べ物は健康的か? といった、より効率良く仕事をするための自己分析/反省/ライフハックが何年分も書かれています。
つまり彼は、自己啓発書を読みまくったビジネスマンがPDCA※Plan(計画)/ Do(実行)/ Check(評価)/ Action(改善)のサイクルを回しビジネス効率化を目指すのと同じ姿勢で仕事(殺し屋)に真剣に取り組んできたのです。
そのように真面目に仕事に取り組んでいる「冬村かえで」ですが、映画の中では完全に狂ってしまった人として描かれます。彼は、どのダークな組織にも入ることはできず、唯一の協力者である一人の仲介人からも、頭のおかしいヤバい奴だと思われています。
「真面目に仕事だけしてると狂う」映画
ここで話は『Cloud クラウド』に戻ります。先に述べた『Cloud クラウド』の主人公 吉井も、実に真面目に仕事(転売ヤー)に取り組んでいます。しかし彼も狂っています。
映画の冒頭、潰れた会社から医療機器を買い取る交渉をするシーンで既に、そのあまりに事務的な無感情ぶりに、相手から「狂ってる」と言われます。
『Cloud クラウド』の吉井も、『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』の冬村かえでも、「真面目に仕事に取り組んでいるが狂人」という点が共通しています。映画なので両者とも犯罪者です。ですが、現実にもそういった「ヤバさ」の感覚はあるのではないでしょうか?
例えばですが、「プライベートの遊びの場でもずっと自分のビジネスの話だけしてる人」はヤバそうです。もし「趣味は読書と言ってる人の家に行ったら整理された自己啓発書1000冊とライフハックガジェットだけがズラリと並んでいた」ら、怖くてすぐに帰るでしょう。
『Cloud クラウド』も『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』も「真面目に仕事だけしてた男が狂う」映画なのです。
両作のメッセージ
『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』では、孤高の狂人である冬村かえでの対極にいる主人公コンビ「ちさまひ」は、二人だけの世界に閉じこもらず、分かり合えなかった同じ陣営の殺し屋(前田敦子)と、不器用ですが対話していくことで分かり合い、仲間になることでピンチを乗り越えていきます。
一方『Cloud クラウド』では、狂人は吉井だけではなかったことが次第に明らかになっていきます。吉井は狂人だが、プロ転売ヤー吉井にルサンチマンを感じ憎しみを爆発させる敵サイドも狂人。そんな狂人だらけの地獄の中でも、狂人のまま狂人の仲間を得て突き進む姿が描かれます。凄い映画です。
両作は、殺し屋アクションコメディと転売ヤーサスペンスという全然関係ない映画に見えます。ですが、「誰もが狂ってしまうかもしれない生きづらい世界で、仲間と生きていく」というような、共通のメッセージがあります。
このように、一見無関係の映画を平行して観ることにより、それぞれの作品をより深く味わうことができます。冒頭で述べたように、映画を沢山観ている人は自然にやっている楽しみ方なので、そういう方にとっては当たり前の話ではあります。
ですが、まだ沢山の映画を観ていないという方は、こういう視点を持って普段自分が観ないタイプの映画を観たり、自分の好きな映画と全く別の映画とを比較しながら観たりすると、映画の気づかなかった楽しさが見つかるかもしれません。
知らない面白い映画はいっぱいあります。映画は観れば観るほど面白くなります。皆さん、映画をいっぱい観ましょう!
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